駆逐艦竹の見た『春風船団』
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……ふと、昔の嫌な記憶を思い出したよ。マタ30船団、通称「春風船団」のね。まあ、割かしちょこちょこ口にはしてるから何を今更、って話かもしれないけどさ
2016-05-24 20:35:23あれは確か1944年10月20日だったっけ、その頃のフィリピンはとにかく空襲の連続で、もちろん船にもかなり被害が出てたんだ。海軍艦船にしても、民間の輸送船にしてもね
2016-05-24 20:42:53アメリカはその頃にはレイテに突入する手はずを整えてたのか、実は19日以降はそんなに空襲も仕掛けちゃいないんだ。でも、日本からしたらそんな事分かりゃしない。何とか生きてる船を内地に帰そう、って事を決めたんだよ
2016-05-24 20:45:01そこでマニラの近くにいた大小12隻の輸送船を集めて台湾の高雄に疎開させる事になったんだ。そして護衛を任されたのは第一海上護衛隊の春風先輩と呉竹先輩、第三一特別根拠地隊の第20号駆潜艇、そして第三一戦隊のあたしの全4隻
2016-05-24 20:53:23集まった船の中には民間人や米軍捕虜を大勢載せた船やボルネオから資源を積んできた船、逆に内地から増援部隊を運んできて空っぽの船なんかもいたんだ
2016-05-24 20:55:46……待てよ、そういや給糧艦の鞍埼先輩や陸軍の砲艇もいたっけ。ああ、でもどっちが護衛でどっちが輸送だったか曖昧なんだよなあ……確か海軍籍の鞍埼先輩の方が護衛だったような
2016-05-24 20:59:38まあいいや。とりあえず、計17隻で組んだマタ30船団は、マニラを出て輸送船3列縦隊、護衛部隊は周りに配置、の形で出航したんだ
2016-05-24 21:02:07ただ、出航して3日経ってくると、どうも風が強くなってきたんだ。そのうち何隻かの船が隊列から落伍しだしたんだよ。あたしらが前に出ちゃうと、何かあっても駆けつけられやしないから避けたかったんだけど……
2016-05-24 21:04:12しかも南シナ海から北には、その頃アメリカがよりにもよって大量の潜水艦を配置してたんだよ。反撃部隊や増援部隊の撃沈、墜落した飛行機のパイロット救出……何にしても、そんな潜水艦のうじゃうじゃいる海域にマタ30船団は突っ込んじゃったんだ
2016-05-24 21:07:12最初に狙われたのは君川丸、昔特設水母をやってた優秀な船だったんだけど、そんな君川丸が一番に沈められた。続けてタンカーの菊水丸も撃沈。いきなり2隻の船を失う羽目になったんだ……
2016-05-24 21:11:47次の日も信貴山丸、天晨丸、大天丸、営口丸、黒龍丸、阿里山丸、第一眞盛丸と、立て続けに7隻もやられた
2016-05-24 21:14:12その中でも阿里山丸、この船は捕虜を沢山載せてたもんだから、当然多数の捕虜を死なせる結果になったんだ
2016-05-24 21:16:25中にはあたしに助けを求めて近寄ってきた捕虜もいたけど、知っての通りあたしはチビだし、しかも捕虜を見殺しにする風潮があったもんだから棒っきれで叩き返しちゃったんだよ。あたしにとって、まさに艦生最大の汚点だね……
2016-05-24 21:18:39勿論、護衛がただ指くわえて眺めてる訳はない。乱戦状態でみんな爆雷をばら撒いて潜水艦をやっつけてやろうとしたんだ。大艇とか栂先輩とかも増援で来たりしたし
2016-05-24 21:36:06で、最終的には春風先輩が一隻沈めたけど、それだけ。いや、春風先輩の戦果は凄いけど、行きに12隻いた輸送船の9隻、それも大型のはことごとく沈没して排水量換算なら97%くらい喪失した事になるのか、とにかく大失敗だった事は確かだね
2016-05-24 21:39:52もうでかい船団じゃ駄目、って事になって、これ以降は小規模船団中心の輸送に切り替わったんだ……どっちにしろ沈む時は沈んだ訳だから、いかに対潜警戒が杜撰だったか、って話になるんだけど
2016-05-24 21:41:58因みにこの時あたしの艦長だった田中弘国少佐、それから間もなく肺結核で退艦したんだけど、戦後になって捕虜監督責任を怠った件で戦犯として取り調べられる事になったんだ。まあ、救助を行うどころか、棒で追っ払ってんだからしょっぴかれても仕方ないかもしれないけど、でも……
2016-05-24 21:52:36とにもかくにも、船団護衛を大失敗に終えた上、とんでもない事をやらかしたマタ30船団の一件は、あたしにとっては最悪の記憶としか言いようがないよ……
2016-05-24 21:59:54