昔のTwitterは良かった?

昔のネット(Twitter)は平和で安全で,凡庸な意見が排除されることなく,小さなコミュニティの閉じた世界が構築できたというのは現実か幻想か.
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 2009年8月にTwitterにアカウントを登録した時点では,確か日本語化も完全ではなく,携帯電話のブラウザからモバツイ(だったかな?)経由でアクセスしていた.まだスマートフォンの時代では無かった.始めた当初は当然ながらフォロー/フォロワー数が少なく,機器やソフトの能力と機能不足もあり,TLが”流れる”状況では無かった.年を追うごとに使い勝手が向上し,それと同時にフォロー/フォロワー数が増えてTLの流れは速くなる.小さなクラスタがライフゲームのように近づいて離れて,融合して希薄化して,多層化して再帰する.その変化の中で人々のネット上でのコミュニケーション能力とモラルは劣化したのか,向上したのか.

怒らない白井(仮想軒と須雷堕は除く) @tatsuvar

パソコン通信の時代から、同好の志が集うSIGの中においても意見の違い等により人と人は衝突を重ねて来た。実社会の延長であるネットの上では、実社会以上に議論のルールに紳士的なものが求められる。新規加入者は返信が届くだけで怯む。文字だけのコミュニケーションは対面のそれより難しい。

2016-05-27 20:09:20
怒らない白井(仮想軒と須雷堕は除く) @tatsuvar

受け手がどう感じるか、どう読み違えるかを予測して、誤解なく、感情も正しく伝える為の記述法を鍛え直す必要がある。それでも誤解が生じるので、その際には認識の溝を埋める為に、互いに慎重に意見を述べ合う。大抵の問題は解決する。禁忌は、その諍いの元を解消せずに直情的に反応してしまうことだ。

2016-05-27 20:15:37
怒らない白井(仮想軒と須雷堕は除く) @tatsuvar

パソコン通信にしろ、fj にしろ、喧嘩は絶えず、それをシグオペやモデレーターが調停(それが本来の役割では無いが…)する。勿論、喧嘩ばかりではなく、建設的な熱い議論が、熟達者たちの手により、喧嘩一歩手前の寸止めで、ボコボコ殴り合いながら進むさまは壮観だ。腹は立っても怒りは沸かない。

2016-05-27 20:21:05
怒らない白井(仮想軒と須雷堕は除く) @tatsuvar

勿論、その昔の時代から、仲良しクラブは存在していた。ボードの性質として、その場ではお互いに対して過剰なまでに優しく接する集まり。それらが住み分けされていた。mixiの時代も状態に変わりは無かったのでは無いだろうか(ネットを離れていた時期なので詳しくない)。

2016-05-27 20:24:41
怒らない白井(仮想軒と須雷堕は除く) @tatsuvar

Twitterで何が変わったかと言えば、その住み分けが難しくなったことた。アカウントに鍵を掛けて仲良しグループの閉じた世界を作るしかない。では仲良しグループの外は修羅の道かと言えば、そうではない。紳士協定を守れない輩が現れたらブロックすることで存在を視界の外に追いやる事はできる。

2016-05-27 20:30:08
怒らない白井(仮想軒と須雷堕は除く) @tatsuvar

ネット上のコミュニケーションの可能性を信じ、期待する身として人々が変革するといった過剰な期待は抱いていない。徐々にルールが浸透し、一定の濃度まで高まる事はあっても100%は有り得ない。その前提で、誤解が生じれば認識の溝を埋めるべく対話を求め、応じて来た。無駄な感情の発露は抑えて。

2016-05-27 20:34:57
怒らない白井(仮想軒と須雷堕は除く) @tatsuvar

携帯端末の普及による利用者の増加がサイバーカスケードを良くも悪くも引き起こし易くなった。でも裾野が広がった訳では無い(fjはアカデミックに偏っていたが)。大多数の者の対話スキルは以前と大きく変わらない。多少、マナーの向上が割合として増加したと思う。

2016-05-27 20:40:10
怒らない白井(仮想軒と須雷堕は除く) @tatsuvar

(しかし利用者が増えたので規範を守れぬ者の人数は増えただろう)。昔は良かったと言うのは、無責任か視野が狭いとしか思えない。ネットの可能性を信じるならば、紳士的な振る舞いをもって範を示そうと志すべきだろう(私か徹底できていると云う訳ではない)。正しくディフェンスする術を習得して。

2016-05-27 20:47:04
怒らない白井(仮想軒と須雷堕は除く) @tatsuvar

これまた私はネットを離れていた時期なのでよく知らない世界なのだが、2chに顔を出すことでもあったのなら、そこはTwitter以上の修羅の道であったでしょう?と、私は思う。以上。

2016-05-27 20:49:56