即興花人 蟹の句

ダンゲロスSSDMSet2のエピローグあんど。 即興花人シリーズ番外編でっす。 http://www.pixiv.net/series.php?id=662027
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東和瞬 @honyakushiya

ここは千年の都「平安京」。千代(ちよ、せんだい)を経て人類が地球から銀河系へ版図を広げてなお、日本人の心の中に存在を占め続ける心の揺り籠である。たとえ夢の中にしか有り得ないとしても確かに息づき、平安貴族は今日も変わらず歌い続けている。 「蟹衣(かにころも)――」 「やぁっ!」

2016-05-24 19:10:32
東和瞬 @honyakushiya

向かい合う二人の平安貴族、その表現はここが平安京という前提をおいて必然と捉えるべき事象といえる。 だが、御所の内、帝が身を休ませる清涼院夜御殿にいと近いこの場所にて誰が平然としてあろうか。ゆえに一人は皇族に連なる女王、またの名を正一位摂政宮「口舌院焚書」ということはすなわち必定。

2016-05-24 23:28:51
東和瞬 @honyakushiya

今一人が歌留多の世界に名を留める女王(クイーン)、正三位大宰帥(だざいのそち)「口舌院五六八」であっても驚きはすまい。 当初清涼院に昇らせるために従五位下筑前守を打診したのだが、共に贈った歌が悪かったらしい。詳しくはこの下の句を吟じいただきたい。 「報いを待てや 伊呂波筑前」と。

2016-05-24 23:50:34
東和瞬 @honyakushiya

上の句は由あって伝わっていないが、歴史家はあまりにも直截的過ぎて後の世に残すことを憚られたと推測する。 それが己の手足の長さを猿のようだと気にする親戚へさる太閤に向けられた憎悪の歌から本歌取りして作った短歌であるとするならば、あまりにもはしたなく貴人のなすべき行いとは思えないと。

2016-05-25 00:03:35
東和瞬 @honyakushiya

正三位大宰帥と言えば、殿上人を越えて公卿の内に入れられるほどの高位高官である。実朝や信長の例に倣えば、このことを物を知らぬ山猿に高みに昇らせて自滅を待つ、いささか回りくどい呪殺ということで「位打ち」といった。 いささか勘違いされがちだが、都落ちした道真公を連想するのも十分である。

2016-05-25 00:12:18
東和瞬 @honyakushiya

さて――外野の勘違いを糺すのも翻訳者の務めである。 そもそも口舌院と言えば俗に詐欺師の家系として有名であるが、高位公家「清家家」のひとつ「花山院」は花山天皇の御所を由来としたという。このことからわかる通り並行世界、様々な≪系≫の宇宙を見回してみれば名族としての口舌院家は存在する。

2016-05-25 00:37:56
東和瞬 @honyakushiya

いっこくらい平安時代口舌帝が即位した宇宙があってもいいはずである。 とあれ、銀河規模の詐欺師である口舌院焚書がこのようなところでイメージ戦略をとちるはずもない。焚書は育ちがいい詐欺師である。本性が陰険だとしても自称知識人共に回りくどく悟らせるような真似はしない。真実はひどく単純。

2016-05-25 00:43:21
東和瞬 @honyakushiya

はじまりは、焚書が皇位を取ったろうと決意した時直面した問題、頼るべき一族の少なさであった。足りないならよそから持ってくればいい、そう判断した焚書はかつて父が母を詠んだ時のように口舌院を召喚することにした。 そうして拉致って来た五六八の何気ない一言がすべてを変えた。

2016-05-25 00:49:55
東和瞬 @honyakushiya

「ち、わーったよ、貧乳」 「ひ……、ん、new――?」 当時からしてちびっこであった焚書にとって、当時(三年前)からして巨乳であった五六八の一言は思わず世界観の違う外来語を使わせるほどの青天の霹靂であった。無意識のうちに五六八の胸元を視界から外していた焚書は魂で叫んだという。

2016-05-25 00:58:41
東和瞬 @honyakushiya

「うるせぇえぇえええええええ! このア、オゲザルRHプラスマイナスゼロがぁぁあああああああああああ!!!」 胸元を見て絶望して視線を落とし、目に入った両手の青い光を見て出来合いの罵倒を叫ぶ。美少女に生まれてこの方十四年間好き勝手生きてきた口舌院焚書にとってはじめての挫折であった。

2016-05-25 01:03:16
東和瞬 @honyakushiya

そして平城京は大火に包まれた――! 「お、やんのかコラ」 即座に臨戦態勢に入った五六八と焚書の戦いは一昼夜にも及んだッ! 戦いは夢の平城京を破壊し尽くし、帝に遷都を決断させたという。 ちなみに先の官位のくだりはこの時のケンカを断片的に知った侍従の作り話というのが焚書の見解である。

2016-05-25 01:12:21
東和瞬 @honyakushiya

真実があまりにもみっともなさすぎたので、これを是とされたのである。 ところで、この惨劇は五六八と焚書のキャラが存外に近すぎたというのが原因であろう。つまり戦いは同じレベルでしか発生しない――。 話がいささか脱線しすぎたようだ。問題を蟹の句に戻そう。

2016-05-25 01:18:22
東和瞬 @honyakushiya

ダンゲロスSSドリームマッチ 口舌院焚書エピローグSS シリーズ番外編『即興花人 蟹の句』

2016-05-25 01:19:29
東和瞬 @honyakushiya

俗に畳の上の殺し合いと称されるエキストリーム競技カルタはよく混ぜた百枚の札から互いに二十五枚ずつ無作為に抜き出して互いの体の前面に貼り付け、読み手が読み上げるカルタをできるだけ素早く取り合う格闘技である。 口舌院の乙女二人は競技人口二〇億人を越える銀河で有数のカルターであった。

2016-06-02 17:52:53
東和瞬 @honyakushiya

そもそも詐欺師の家系である口舌院は「騙る」。 音が似通ったカルタに通じていて何の不自然があるだろうか。銀河系かるたクイーン、口舌院五六八は完全熟達者を母に持つ口舌院焚書をねじ伏せ、幾度も頂点に立つ。 五〇音を統べ、すべての攻撃を無効化する名前の支配者が光熱の炎帝を降した。

2016-06-02 18:00:13
東和瞬 @honyakushiya

音が光の速度を上回る。それは物理法則では、理系の宇宙ではありうべからざることであり――、前世紀、紙の物語にあった劇的さである。 快音は同時――! 大山札を狙い、互いの頬は平手で打たれた。

2016-06-02 18:24:31
東和瞬 @honyakushiya

「蟹衣 脱いで泡手(あわて)に みなしけるかな すべる指先 織る歴史なる」 蟹衣を脱いで慌てたところも見届けましょう 指先は滑っても君は歴史を織るのだろう。  とある蟹の姫を歌ったこの歌は彼女の人となりを示したものと言われています。 そして、対となるのが次の歌。

2016-06-03 11:47:09
東和瞬 @honyakushiya

「蟹衣 袖を挟みに もちかへて 縁を刻むか 蓮月(れんげつ)のよに」 蟹衣から袖を出すより鋏に持ち替えると言うのはその縁を刻むためなのでしょうか、まるで蓮月のように容貌を変えて。 ※太田垣蓮月:江戸~明治初期の歌人。絶世の美人としても知られたが、言い寄る男を嫌って姿を変えたという

2016-06-03 11:55:18
東和瞬 @honyakushiya

織り手となるか鋏み手となるか、決めるのは「かにころも」に続く六音目。 読み手の夢幸みことが続けた唇の動きは縦に続く、したたかに打たれたは互いに同じ。腕に纏う青い炎はもちろん五六八、負けじと焚書も赤い炎で着火した。 二人は同じく攻めがるた。どうとも揺るがぬ長身に倒れこむ矮躯に。

2016-06-03 12:04:26
東和瞬 @honyakushiya

果たして、互いの陣に一枚ずつという運命戦を制したのは――。 それは唇を噤んだ焚書が何よりも雄弁に語ってくれた。 「「ありがとうございました」」 たっての死合いも戦い終われば日本人固有の所作で仕舞となる。美しい所作で深々と礼を下げ、それから。 「キィー! 悔しいぃー!」 叫んだ。

2016-06-03 12:10:29
東和瞬 @honyakushiya

おうや、これから全銀河を統べようというのに雑魚っぽいと思われた読者諸姉諸兄のご感想も正しかろう。 ただ、これも気の置けない親戚付き合いと言うのだからご容赦いただきたい。 「それじゃ、例のものを渡してもらおーかい」 無傷で終わらないは常のことだが今回ばかりは賭けカルタであったのだ。

2016-06-06 10:31:49
東和瞬 @honyakushiya

懐痛むが仕方がない。渋々『口舌院百人一首』を文箱から取り出し、手渡す。 「ひいふうみいよお……ちっ、なんだしけてんなあ。まあいいや」 何が不満なのか、カツアゲするような台詞を吐いてこの輩は……。 今更ながらこいつを休日限定とはいえ、召喚することにした自分を殴りたいと焚書は思った。

2016-06-06 10:41:03
東和瞬 @honyakushiya

「よっし、次は花カルタな?」 また巻き上げる気かと焚書は呆れつつ、今日は別の話をするつもりで呼び立てたと文句を言った。この間殺されかけたことは積極的に忘却しつつ、空気を詠むつもりがないのは両人ともに同じことなのだからお互い様である。 ちな振袖は江戸時代から出現した装束である。

2016-06-06 10:50:14
東和瞬 @honyakushiya

京童どもに囀られまいかと、心配する繊細さとは焚書も無縁の身だが、付き合いで同じ格好をするに至ったのは先方の賭け札に口舌院家所縁の袖扇を所望した引き換えと言っていい。 正味断られると思っていたのだが、一瞬だけ真剣味のある顔をした後に「いいぜ」と了承したのは意図あってのことだろうか?

2016-06-06 23:21:21
東和瞬 @honyakushiya

「次の“言葉”選びは慎重にしなければいけないので私も口に出させていただくわ五六八さん? よくぞこの焚書様に打ち勝ったわね、私を殺す権利はあげないけど褒美に言論を好きにしていいわ」 「いらねーよあんなオッサン、うるせーだけだし」 即答だった。うるさいのは認めよう。

2016-06-06 23:37:46
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