名前を取り戻した男#2 辿り着いた場所◆1

目覚めるなり、同居人が別人になっていた。いつもと同じ顔、同じ声、同じセリフ……でも、一目でわかる。なぜなら、魂が違うから。冒険者コンビのエンジェとミェルヒの物語 全50ツイート予定 最初↓ 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

_名前を取り戻した男#2 辿り着いた場所

2016-06-09 17:12:43
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「とにかく真相が分かるまでこのテーブルからどきませんから」  街娘はそう言ってテーブルにつき、料理と飲み物の注文までし始めた。 「まずあなたの言い分を聞きたいな。根拠だってあるんでしょ? あなたの探しているメイオンってどんな人?」  エンジェはミェルヒに代わって聞く。 31

2016-06-09 17:19:12
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_ミェルヒは動揺しているようで、一言も喋らず目を合わせようともしない。街娘は、静かに自らの思い出を語り始めた。 「かつて同棲していた男の人がいました。名前はメイオン。1年前のことです。メイオンは優しくて、二人の生活は幸せそのものでした……」 32

2016-06-09 17:24:28
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「将来を誓うつもりでした。けれども半年前、彼はいなくなってしまいました。同じ名前、よく似た容姿の方はいましたが、彼はわたしの知るメイオンではありませんでした。探しました。きっとどこかにいると。そして、見つけたんです」  幸せな日々だったのは、回想する街娘の表情からもわかる。 33

2016-06-09 17:29:31
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_エンジェはそれとなく察した。ミェルヒに憑依した男がかつて何らかの理由で借りていた男に、この娘は恋したのだ。 「顔も容姿も名前も違うのに、あなたは感じるというの?」 「人間なんて、いくらでも顔や容姿、名前を変えられます。けれども、魂を変えることはできません」 34

2016-06-09 17:35:45
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_やがて酒と料理が運ばれてきた。鶏肉にソースを塗って炙ったもの、サラダは……しなびた瓶詰野菜の盛り合わせだ。エンジェは料理を小皿に取り分けて言う。 「しょうがない、今回は私のおごり」 「えっ、いいんですか」 「あなたの言い分が分かるからだよ」 35

2016-06-09 17:41:41
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_酒代はミェルヒが出すのに、何だか払いたくなったエンジェは自分の行動に苦笑する。  乾杯して、3人は黙々と料理を食べ始めた。さっきから一言も話していないミェルヒ、そして街娘は猛然と酒を飲む。ミェルヒは恐らく街娘の下へ二度と帰れないのだ。そして街娘は薄々それに感づいている。 36

2016-06-09 17:47:43
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_相当酔ってきたであろう街娘はジョッキを下ろして言った。 「顔をみせてください。もっとよく……ひっく」  ミェルヒも観念したようだ。黙ったまま街娘と見つめ合う。次第に二人の目が潤んでいく。視界の向こう側に、二人で暮らした全ての情景が浮かんでいるのだろう。 37

2016-06-09 17:55:59
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「はいかいいえで答えて。全部、忘れちゃったのですか?」  返答はなかった。ミェルヒは……メイオンは究極の問いから逃げた。エンジェはそれでも良いと思う。答えれば彼と街娘は不幸になる。ただの他人が最適解かもしれない。街娘は最後に優しく笑った。彼女は沈黙の奥にある答えに気付いた。 38

2016-06-09 18:00:04
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_そのまま街娘は酔いつぶれてしまった。どこに住んでいるかも分からず、エンジェとミェルヒは街娘をおぶって帰宅する。エンジェのベッドに寝せて、ミェルヒはソファに身を預けた。エンジェはいつものように紅茶を淹れる。 「ありがとう……今まで助かったよ」 39

2016-06-09 18:05:51
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「私は何もしてないけどね」 「いや……約束の時が来たんだよ」  ミェルヒは赤錆の鎧を名残惜しそうに撫でる。 「運が良かったと思っている自分が嫌だ。彼女の問いに、もう答えなくていい自分に……」  そう言って深くうなだれたミェルヒ。そのまま眠りにつく。彼は旅立ったのだ。 40

2016-06-09 18:15:53
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_名前を取り戻した男#2 辿り着いた場所 ◆1終わり ◆2(最終話)へつづく

2016-06-09 18:19:10
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【用語解説】 【瓶詰野菜】 灰土地域のほとんどの場所は作物の生育に適さず、少ない農地は麦を育てるのに利用されるため、生野菜の確保はかなり難しい。保存のきかない野菜は瓶詰や缶詰にされて流通する。そのような文化的背景もあり、逆に生野菜の青臭さが受け付けない者も多い

2016-06-09 18:25:20