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『ギリシア神話の森』について気になったことを一言二言

忘備用のまとめです。 内容としては、①この本の感想、②運動競技の際、選手たちは裸になったか、③古代に夜間航海はあったか、についてです。 「人文」カテゴリではなく、「歴史」カテゴリの話題かもしれません(汗)
人文 古代ギリシア ギリシア神話の森 夜間航海 オリュンピア祭
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アザラシ提督 @yskmas_k_66
届いた。 丹羽隆子『ギリシア神話の森』彩流社 2016 pic.twitter.com/brmsEPdnGR
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《感想》

アザラシ提督 @yskmas_k_66
さて、この『ギリシア神話の森』ですが、内容としてはギリシア神話の登場人物や有名なストーリーを、壺絵やレリーフを補足する形でドラマチックに解説する、いわゆる入門書です。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
壺絵やレリーフなど、古代美術の図版のサイズは小さいですが、点数はけっこう充実しているように思います。補足説明では、のちの西欧文学への影響や神話学・哲学の解釈も含めて解説してくれているので、わりと新鮮かなと。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
といった感じで、図版と補足説明が良い具合に華を添えており、とてもオススメです。良質なギリシア神話入門書がまた一冊、といった印象を持ちました。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
さて、これから仕事なので…、そうですね、読んでいてちょっと気になった箇所は帰宅後に纏めて書きますね。

《運動競技の際、選手たちは裸になったか》

アザラシ提督 @yskmas_k_66
それでは、夕方にツイートしましたが(twitter.com/yskmas_k_66/st…) 『ギリシア神話の森』を読んで気になったことをひとつふたつ挙げようと思います。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
まず、42頁註5に「(オリュンピアでは)神々に奉納する競技祭が前七七六年に創設され、四年に一度、各種の運動競技や音楽、詩歌などの技が競われた。(中略)四つの代表的な競技祭が伝えられるが、いずれの競技祭においても神々に奉納する運動競技は全裸で行われた」とあります。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
確かに、古代の壺絵とかを見ると、競技者はだいたい素っ裸で走っていたり、ボクシングをしています。 pic.twitter.com/dXDHSkVMqC
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図版出典: Wikimedia Commons 「Greek vase with runners at the panathenaic games 530 bC」、「Boxers Staatliche Antikensammlungen 1538」

アザラシ提督 @yskmas_k_66
古代美術における裸の競技者といえば、ちょっと前に上野の西洋美術館でも展示された、円盤投げの像をご覧になった方も多いのではないかと思います。(『大英博物館 古代ギリシャ展』99頁) pic.twitter.com/Gj3KmqcR3M
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アザラシ提督 @yskmas_k_66
でもなぜ裸なのかというと、それなりに理由はあります。例えば、ある作家が哲学者ソロンの口を通じて語らせるものによれば、「若者たちを裸にする」ことで、「暑さをはねのけ寒さにも耐えられる」ような、健康な体を作ることができるというのです(ルキアノス『アナカルシス』24ff)
アザラシ提督 @yskmas_k_66
健康になるかどうかはいいとして、まぁ、古代の祭礼における体育競技は基本的に裸でやるもの、というのは確かでしょう。ただ、【ギリシア世界において競技祭なるものがはじまった当初からそうだったか】と考えると、そうでもないように思います。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
まず、ホメロスから引用していきましょう。パトロクロスの葬送競技において、エペイオスとエウリュアロスが拳闘で戦った際には、両者は裸ではなく、きちんと褌をしめています(ホメロス『イリアス』23.685)
アザラシ提督 @yskmas_k_66
また、オデュッセウスが乞食のイロスと拳闘で戦うことになった時も、「オデュッセウスはぼろ布を腰に巻いて《大事なところ》を隠し、太くて立派なふたつの脚を見せた」といいます(ホメロス『オデュッセイア』18.66-68)。つまり、ホメロスの世界では、裸で拳闘をしていたわけではありません。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
では、オリュンピア祭が創設されて間もなくの頃はどうだったかというと、パウサニアスによれば「競技会では一般に選手たちは古式に則ってまわしを締めていたものだが、(メガラ人の)オルシポスは素っ裸でオリュンピアのスタディオン競走を走って優勝した…」
アザラシ提督 @yskmas_k_66
(承前)「どうやらオリュンピアにおいても、男はまわしを締めて走るより素っ裸のほうが走りやすいことに気がついて、わざとまわしがはずれるようにやったものらしい」(馬場恵二訳) といいます(パウサニアス『ギリシア案内記』1.44.1.)
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オルシポスは紀元前720年にスタディオン走で優勝した人のようで、「競技祭では最初は誰もが褌をしていたが、彼ははじめて裸になった」という碑文も残っています(Inscriptiones Graecae VII 52)
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別の伝承によれば、初めて裸で優勝したのはスパルタ人アカントスだったようです。また、前5世紀においては、褌をつけて競技を行う習慣が廃れてから、さほど年月は経っていないと捉えることもあったようです(ディオニュシオス『ローマ古代史』7.72; トゥキュディデス『歴史』1.6)
アザラシ提督 @yskmas_k_66
これらの史料を額面通りに読むならば、“競技祭は最初は褌か何かをしていたが、いつの頃からか裸でやるように変化した”…と解釈できるように思います。

裸になっての運動の起源や理由が不明瞭であることや、伝説を記した史料についての諸問題はMiller, S.G., Ancient Greek Athletics, New Haven, 2004, pp. 11-12; 上野愼也「競技とギリシア文化」桜井万里子・橋場弦(編)『古代オリンピック』岩波新書 2004年、61-65頁を参照。裸に関わる古典史料については、同じくミラーによる簡単なコメントを付された史料集があります(Miller, S.G., Arete: Greek Sports from Ancient Sources, Berkeley, 2004, pp. 16-22)

アザラシ提督 @yskmas_k_66
ちなみにですが、ぐっと古くなって紀元前1500年頃のアクロティリの壁画の拳闘図では、少年たちが褌らしきものをしめているのを確認できるかと。 pic.twitter.com/G3Fz4R3v0V
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図版出典: Wikimedia Commons 「Young boxers fresco, Akrotiri, Greece」

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コメント

今日が終わりの始まりの日 @__blind_side 2016年6月15日
古代ギリシャの運動競技って最初からスッポンポンでやっていたものだと思っていたけど、脱いでやるようになったのはある程度時代が経過してからだったとは…。
Kawai_Yusuke @fiddler_K 2016年6月15日
「“競技祭は最初は褌か何かをしていたが、いつの頃からか裸でやるように変化した”…と解釈できるように思います」
アザラシ提督 @yskmas_k_66 2016年6月16日
__blind_side コメントありがとうございますm(_ _)m プラトンによると、かつて裸で体育をする事は恥ずかしい事と捉えられていたようです。ただ、裸の方が体育をする上で良いと考えるようになって以降、そういった感情は無くなっていったみたいですね(プラトン『国家』452C-D)。とはいえ、今回ツイートに使った古典文献もそうですが、証言が少ない前8世紀の事を、何百年か後の世代のギリシア人が「あの時はこうだった」と語っている事なので、実際はどうだったかを再構成するのは難しいです(^^;
今日が終わりの始まりの日 @__blind_side 2016年6月16日
yskmas_k_66  証言(資料)が少ない時代について後世の人がああだった、こうだったと語る(語り合う)のは古代ギリシャも現代も変わらないのは面白いですね。
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