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大正時代の剣道書に出てくる対二刀流技術解説『両刀対抗法』とおまけの古流剣術における二刀流動画

大正時代の栃木県での撃剣大会記念に出版された?剣道技術書「竹刀之光」に書かれている対二刀流技術解説「両刀対抗法」、この内容が二刀流を強い強いと強調しているので抜粋してみました。 大正当時の栃木ではもともと地元に江戸時代から伝わっていた神道無念流、心明當流、信心流、直心影流などの道場によって剣道が教えられていました。なので武徳会の影響はあるとはいえ、いわゆる流派剣術、古流剣術の中で育った人による解説と考えてよいものと思います。 おまけとして現存する古流剣術の二刀流の動画まとめも。
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みんみんぜみ @inuchochin
流派剣術・撃剣時代の二刀流に関して面白い記述を見つけた。「二刀流は使えない、実際的ではない」説の方々に、江戸時代の剣術流派がまだまだ残っていた時代に修業した人たちの二刀流への理解の一例として読んでほしい気がします。バケツさんあたりも興味もっていただけそうな文章です。
みんみんぜみ @inuchochin
出展はこちら。毛束柳太郎『竹刀之光』大正12年(1923) dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid… p42の『(十六)両刀対抗法』をまとめてみました。
みんみんぜみ @inuchochin
『両刀対抗法』より抜粋 ・左手は普通は右手に劣るが左手の方が強い人がいる。二刀流は左が主で右が従であるので二刀流が得意なのはこういった左利きの人。ミヤモトムサシもそうだった。左の技は細かく敵を翻弄し、右で強烈な一撃を打つのである。 ・二刀流の強敵に対して一刀で勝つのは困難である。
みんみんぜみ @inuchochin
続き) ・何故なら十文字、横十文字、右上段左中段等々の二刀構えがあるが、これを一刀でやぶるのは困難である。 ・二刀に勝つには敵の構えを乱し、先を取る他に無い。二刀の構えには一遍の隙も無く、乱すことが出来なければこちらは逼迫し追いつめられるのは当然である。
みんみんぜみ @inuchochin
・そのため、こちらは色を振り(フェイントをかけるに近い意味)、様々な牽制して敵を動かし、そこに乗って勝つしかないのである。 ・敵はかならず左剣でこちらを翻弄してくる。それに乗ってしまうと右剣の強烈な打撃を受けることになるので、我は常に冷静に間合を取る事が必要である。
みんみんぜみ @inuchochin
二刀に対して間合を誤れば必勝の好機を得てもなお勝利は不鮮明である事を忘れてはならない。 以上 全編、二刀流の使い手がいかに手ごわいか、一刀で勝つことが難しいか強調しており、一刀の剣術の教科書というより二刀流の宣伝のようです。
現存する古流剣術における二刀流の形。
みんみんぜみ @inuchochin
古流の二刀流がどういうものか基本的には知られていないので、前に一回ツイートしたことがありますが、また似たようなツイートを。
みんみんぜみ @inuchochin
香取神道流の両刀。室町時代発祥の香取神道流にも二刀流は伝わっています。youtube.com/watch?v=uCNLHl… 左右に飛び違い、両手を順に降り出すような二刀流で二天一流とはかなりちがいます。
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みんみんぜみ @inuchochin
薙刀で有名な天道流の両刀。今は薙刀で有名ですが、創始当初は剣術主体の流派で、剣術の形も数十本あります。普通の刀より短めの太刀を使います。 youtube.com/watch?v=1nT6xE…
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みんみんぜみ @inuchochin
二天一流(野田派)。熊本の松永展永先生が伝えた系統です。肥後細川藩に伝わった二天一流は村上派・山尾派・野田派・山東派とありましたがそのうちの一派です。youtube.com/watch?v=umnVJN… 明治の熊本剣道家は野田派二天一流か新陰流(疋田陰流)のどちらかの道場出身の方が多い
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みんみんぜみ @inuchochin
鎮西高校剣道部による二天一流の演武。こちらも先ほどと同じ野田派ですが、明治以降に別の師範によって伝わった系統なので形がすこしちがいます。youtube.com/watch?v=NIKdH-…
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みんみんぜみ @inuchochin
こちらは二天一流(山東派)。大正昭和と活躍した山東派の伝承者、青木先生の系統です。青木先生は第二次大戦前と戦後で違った技を伝えました。こちらは戦前派の系統になります。演武は26分42秒あたりから。youtu.be/sElpME_ipXA?t=…
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みんみんぜみ @inuchochin
こちらも二天一流(山東派)。古武道協会に参加している岩見前宗家の演武です。岩見宗家は青木先生が戦後に熊本で教えた系統です。youtube.com/watch?v=8Pxha0…
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みんみんぜみ @inuchochin
心形刀流の二刀流。江戸時代初期に多数の流派を学んだ開祖によって創始された流派ですが、学んだ流派の中に”武蔵流”がありました。居合刀で演武されているのでしょうか。youtube.com/watch?v=fx3pcV…
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みんみんぜみ @inuchochin
福岡黒田藩に伝わった一角流十手術の二刀?の技。右手に十手、左手に鉄扇でおこなっています。youtube.com/watch?v=pu38CV…
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みんみんぜみ @inuchochin
二刀流ではないですが、福岡黒田藩に伝わった神道夢想流杖術の対二刀流の技。開祖夢想権之助は宮本武蔵に一度破れ、二度目には二刀流を打ち破ったという話があります。youtube.com/watch?v=1lsz5D…
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みんみんぜみ @inuchochin
他には無比無敵流杖術、神道流剣術、新陰流にも対二刀流の技があります。また大石神影流、小野派一刀流外物、鹿島新當流、柳剛流、柳生心眼流などに二刀流の技がありますが、動画が無いものがほとんどなので今回は紹介できません。

コメント

亜山 雪 @ayamasets 2016年6月17日
ナイフならともかく、日本刀を片手で振り回すのは大変じゃないかな。
みんみんぜみ @inuchochin 2016年6月17日
ayamasets まったく技術も知らない素人だとたいへんな事でも、技術を身に付ければとくになんてことはない、ということは多いので二刀流もそれと同じだと思います。体も鍛えるわけですし。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月17日
ayamasets 片手で振り回せる日本刀使えばいいと思いますよ。実際、室町前期くらいまでは太刀は片手で振り回せるもの多かったようです。日本刀が両手持ちの拵えオンリーになったのは、江戸時代以降じゃないですかね。
亜山 雪 @ayamasets 2016年6月17日
武術としての日本刀剣術というカテゴリですかね。戦争では弓矢、槍、銃が主役で、刀は戦争以外での護身用だったんじゃないでしょうか。そこで二刀流が活躍する可能性はあったでしょう。すごく鍛錬が要求されそうですが。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月17日
ayamasets 刀が戦場でどれだけ使われていたかについては、ケースバイケースだと思います。あと室町時代から戦国時代までにかけては自力救済の概念が強いので、頻繁に殺し合いだのがされていたようで、護身のためにも刀は必要だったでしょう。二刀流がとても難しい、というイメージはありますが、実践者の方々に取材したり記録を見た限りではさほど高難度というわけでもなさそうです。
nekosencho @Neko_Sencho 2016年6月17日
まあ、国外じゃ片手で扱う刀剣が一般的なわけだし、片手で扱えないという道理はないですよね。
たちがみ @tachigamiSama 2016年6月17日
「日本刀は両手で扱うもの」が一般層に広く支持されているのはなぜだろう かく言う自分もこうやって誤解を解く努力をしている人らがいなければそう認識していただろうけど
タツコマはネコ科猛獣に襲われてしまった @TATukoma1987 2016年6月18日
欠点は1発の威力が落ちるので甲冑を付けた相手との対戦の際は有効打を与えられない可能性が上がる点。利点は手数が増える点と一刀流では不可能な角度からの攻撃。全ての武術に言えることだが、達人級になると使用者自身の強さが勝敗を決定づけるので、二刀流だから強いとか武器持ってるから強いとかではなくなるらしい。装備による多少の有利不利は、達人となると技術でカバーできちゃうらしい。
タツコマはネコ科猛獣に襲われてしまった @TATukoma1987 2016年6月18日
ayamasets 一刀流でも敵の攻撃を避ける際に片手を離して振り回す事態は考えられてますので、そもそも片手で振り回せないとならないようで。黄金期と言われた鎌倉時代は馬上から振り下ろすこと前提で刀作られてましたし。
Oddball @0ddbaII 2016年6月18日
柄の長さからいって基本両手持ち。片手でも使えたろうし、使う人もいただろうけど、片手持ちが基本になったり片手用の刀が作られるほどポピュラーではなかったということでは。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月18日
TATukoma1987 甲冑つけた相手同士で戦う剣術ってのはそもそもあんまないのではないですかね。介者剣術ってのはどうも戦前から戦後にかけての柳生の先生が作った言葉らしいですし、実態としてはそういうのはなかったんじゃないかっていう…いやまあ、武蔵流系統ので、甲冑武者相手を前提として内腿を狙う技…みたいなのあるところあるんですが…別にそこは甲冑きてなくても…
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月18日
0ddbaII 柄の長さが両手持ち前提になったのは江戸時代からですね。南北朝くらいはやたらと柄の長いのとかあったようですが、基本的に片手持ち前提ですよ。刀は。現代の刀工関係でも、刀は片手持ち用というてる人はいます。刀剣クラスタの人には、なんで日本刀は両手持ちなのかという話してた人もいて…
みんみんぜみ @inuchochin 2016年6月18日
TATukoma1987 まとめにあるこのツイートは読まれましたか?https://twitter.com/inuchochin/status/740561491451994112 「二刀流の構えには隙がなく攻め難い」と剣術・剣道の指導者が言っているわけです。また、左手に翻弄されて右手の強烈な一撃を受ける、とも。もちろん強い弱いは個人によるでしょうが、二刀流の強者を打ち破るのは一刀ではなかなか難しいと指導者クラスが書いてるのです。
みんみんぜみ @inuchochin 2016年6月18日
TATukoma1987 甲冑を強く打っても攻撃が利かないのは刀だけでなく薙刀や槍でも同じです。別に二刀流だから効かないわけではなく、甲冑とはそういうものだと思いますが。甲冑相手の技として諸流につたわっているものはマビサシ(顔面、目)を突く、左手でクサズリを上げて片手で突く、などです。基本的に剣術(一刀、二刀に関係なく)の多くの技は完全装備の甲冑相手を考えて作られていないと思います。
Oddball @0ddbaII 2016年6月18日
SagamiNoriaki 時代時代で流行り廃りも進歩もあったでしょうから、何時代の話してるんだって事になりますな。基本片手持ち前提と言うのは絵画とかで裏付けがある話なんですか?古流の型で片手の型が多いとか?にしても両手になったのが江戸時代というのは遅い気がします。茎が短いタイプの刀はもしかしたら片手用の短い柄の拵えだったのかなとは思った事がありますが。
タツコマはネコ科猛獣に襲われてしまった @TATukoma1987 2016年6月18日
inuchochin 香取神道流の一刀流には兜を割る技術ってのがあるから攻撃力について指摘したんだよなあ。 https://www.youtube.com/watch?v=yFTG94EbevA 剣術の多くの技が甲冑相手を想定していないってのは結果的に肯定ですね。多くの場合、「手首や脚部を攻撃して行動不能にしちゃえばいいや」って考えの様ですし。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月18日
0ddbaII そこらは太刀の拵えが現存するのは片手持ちが多いとか、平安時代は片手→南北朝は柄の長いのが流行り→室町後期に両手持ち打刀→戦国末に一部で片手打ちと言われる片手用打刀が流行り→江戸時代はほぼ全部両手持ち拵え…くらいの感じで。ここらは局地的なグラデーションはあるみたいなんですけどね。確か鎌倉時代の絵で両手持ちのがあったりとか。とはいえ、そもそも世界的に見たら両手持ち剣の方が少数派だし、サイズ的には日本刀の二尺とかそこらは片手持ちのものなので。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月18日
0ddbaII 能楽の中世芸能の殺陣などもほぼ片手持ちです。歌舞伎もそうですから、演劇的な演出の要請である可能性もあるし、現実の剣技を必ずしも反映していないかもしれませんが、とある曲は柳生流から取り入れたそのままがほぼ残っていたりするそうです。新陰流は本来片手遣いだという伝書もあるとか、両手持ち太刀の技は卜伝が作ったとかいう伝承もあるそうです。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月18日
0ddbaII 合戦太刀は長いのも色々とありますが、基本的に携帯される刀のサイズはあんまり変化はないようですし、片手太刀の古刀を拵えを変えて両手持ちにしていることも多いようです。武蔵が五輪書で「両手で刀を持つのは実の道ではない」というのは、そういう歴史を踏まえてのことかと。「殺しにくいのなら両手に持ち替えればいーし。さして手間かからんだろう」と付け加えてるあたりが、リアリストなんでしょうけど。
なると帝国@新連帯ブレイクブレイブ頒布中 @narutoteikoku 2016年6月18日
日本刀子供のころだが持ってすごく重かった記憶が そんなもん二つ振り回したら重心が散って隙が増えそう&体力すぐなくなりそう
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月18日
TATukoma1987 んー…それ、兜割りの技術やのうて、兜を着ていると上段に振りかぶれないから…と解説されてますわ。狙ってる箇所も腕みたいですし。甲冑相手だから遠心力云々とも言われてるけども。確か甲冑着こみ時の伝が幾つかあるけど、基本、天真正伝香取神道流も平服の剣術だったんじゃなかったかしら…江戸時代の荻生徂徠も、いきなり面打つのは平和な頃の剣術って書いてたと思う。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月18日
narutoteikoku 日本刀って一口にいっても、どうも刀の重心はその時々の流行りで違ってたり、使い手が鍔の重さを変えたりで、個人個人で調整してたりなんてこともあったみたいです。片手遣いが多くされてた頃の刀は柄の方に重心があり、扱いやすいようになってて、両手持ちに使う刀は切っ先よりで、威力が出やすいとかいう話もありますわ。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月18日
TATukoma1987 おっと。続きも見たら面も狙ってましたね。けどよく聞いてると、遠心力云々は甲冑を着てると上手く振れないから威力をつけるために…という風に解する方が妥当じゃないかしら。
オムニ P @OMNI_P 2016年6月18日
私は武術畑ではないのですが、一口に日本刀と言っても時代や造りで持った感じは大分違います。美術刀剣の鑑定要素にも「持ってずっしりと重い刀を造るのはこの刀工」みたいな要素があるくらいです。 続く
オムニ P @OMNI_P 2016年6月18日
何故こうなるかというと、上でも指摘されていますが重心の関係です。具体的には、戦国末期の俗に片手打ちと言われる刀は、元の厚さ(重ね)に対し、先端に行くに従い重ねが薄くなるようになっており、手元重心です。これは片手打ちの名前の通り、片手使用を想定した造りだと思われます。 その他に刀装具があり、特に鍔の大小はかなりの重量差になります。
オムニ P @OMNI_P 2016年6月18日
逆に、特に持って重く感じる(先端の身幅も重ねも元に比して落ちていない)刀は江戸時代中期以後に多いです。恐らくは剣術の変化と関係しているかなと思います。 また、示現流で有名な薩摩系の刀工も重い部類に入ります。薩摩は拵も鍔を小さく作るため、打ち込みの威力を重視した刀を指向したのかもしれません。ご参考までに。
seidou_system @seidou_system 2016年6月18日
フェンシングも二刀流の型があるのに競技だと一刀流になるのはなんでだろう。二刀流の剣術競技団体とか作れば流行るんだろうか。
みんみんぜみ @inuchochin 2016年6月18日
TATukoma1987 結果的に肯定の意味がよくわかりませんが、一刀、二刀に関わらず剣術は合戦で甲冑を着て使う事を主目的にしたものではないですから、兜云々はあまり二刀流の有効性に関係無いと思いますが。
みんみんぜみ @inuchochin 2016年6月19日
OMNI_P 室町時代発祥の名流、中条流の小太刀が刃が二尺三寸、柄五寸でまさに片手打ちの刀(稽古ですから木刀)を使って稽古していたようです。小太刀といっても後の小太刀術のように短い刀ではなく、大太刀に対する表現としての小太刀だったようにも思えます。
オムニ P @OMNI_P 2016年6月19日
inuchochin なるほど、他に刀の造り込みとしては、寛文新刀も反りが殆ど無い棒状で、元幅と先幅に差を付けています。この辺りも持って重いという感じではないですね。 本論とは少しズレますが、新選組(というか近藤や沖田のような天然理心流系)において、近藤が虎徹を求めたり、沖田が清光(乞食清光と言われるが子細は不明)を使っていたのは、長さが手頃で突きに適した寛文新刀を求めていたのかなあと、個人的に思っています。
みんみんぜみ @inuchochin 2016年6月19日
OMNI_P 刀の事はよく知らないので勉強に成ります。やはり剣術の技術と刀の変化はある程度相互に関係がありそうですね。竹刀剣術の次代になると(竹刀に近い)直刀が求められた、木刀も直刀になった、という話はたまに目にします。
オムニ P @OMNI_P 2016年6月19日
inuchochin 竹刀の隆盛は18世紀前半だったと記憶しているので、寛文新刀(1660年前後)よりも後なのですよね。寛文新刀の反りが浅くなった理由は色々な説がありますが、普段差として反りが強すぎると何かと不便だったとか、剣術で突きが流行ったからというのがあります。竹刀剣術の影響を大きく受けていると思われるのが幕末期の刀で、反りが無い上に長寸化し、さらに先端を幅と重ねを落とさないのでかなり重くなります。
みんみんぜみ @inuchochin 2016年6月19日
OMNI_P なるほど勉強になります。寛文の頃と云うと針谷夕雲や神谷伝信の晩年近くですね。普段差し~というのはなにかありそうに感じます。
オムニ P @OMNI_P 2016年6月19日
inuchochin あ、もう一つ、居合が流行って戦国期の刀の磨上げ状だと、反りが強すぎて返って使いにくいという話もあったような<寛文新刀 寛文新刀江戸物は本当に反りが無いのですが、大坂物は比較的姿が良いですね。一般的に想像する日本刀はこの辺りに近い気がします。
みんみんぜみ @inuchochin 2016年6月19日
OMNI_P 居合!それは興味深いです。ちょうどその頃、江戸で居合が流行って(これは事実)田宮、関口、伯耆の三大流派が全国に一気に広まったんじゃないかと史料から推測しています。関口流二代目で江戸で居合を広めた関口氏業、伯耆流二代目片山久隆などが寛文前後に江戸で居合を教えています。
オムニ P @OMNI_P 2016年6月19日
inuchochin なるほど。実際、寛文新刀の前を慶元新刀というのですが、これは太刀の磨上げ姿に近く、定寸ですが結構反りが強く、身幅も先が落ちない感じなのですよね。この直後に全く反りが無い寛文新刀が流行するので、やはり実用上で何らかの要求があったのかなと思います。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月19日
seidou_system そこらはフェンシングも剣道も、普段に携帯してたのが剣一本だった頃に確立したものだからじゃないですかね。技法としてはあるけど、あくまで本道ではない、余技的な。
バケツヘッド@27日甲冑戦闘訓練会。 @Baketu_head 2016年6月20日
香取神道流の左脇差の下段振は面白いですねえ。早速来週にでも実戦投入してみます。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年7月10日
Baketu_head あ、そういえばこの下段、どうなりました?
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