漫画家・松田未来氏「どんな絵でも、物語でも、誰かの「気に障る」リスクは根絶できない」

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PMFむつらぼしΣ @MiyaPPOTEZ540

富野御大、まさに正論「僕は条例に決して賛成ではないが全面的に反対ではない。公共に向けての表現はおのずとある品位というものがなければならない」公共に向けて=アニメ作品の事でしょうね  http://p.twipple.jp/G7yNH #hijitsuzai

2011-02-09 17:04:53
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松田未来 コミティア146 C50b 「翼駆人アラン 第Ⅵ章」 @macchiMC72

@MiyaPPOTEZ540 作り手側が品位を持つべきという論は、当の作り手側が言う限りは正論です。仰る通りです。ですが、他人に強制したり、法律にしたり、押し付けがましくなれば急に色褪せます。品位なんて人・時代によって振れ幅が大きすぎますからね。

2011-02-09 17:16:12
松田未来 コミティア146 C50b 「翼駆人アラン 第Ⅵ章」 @macchiMC72

富野監督は「ジャリ番」と蔑まれてきたロボットアニメを作り続けてきた人ですから、あの人でないと言えない重みのある正論だと思います。決して外野が作家に対してぶつけたり、ましてや法律で画一に規定していいことじゃない。

2011-02-09 17:21:58
松田未来 コミティア146 C50b 「翼駆人アラン 第Ⅵ章」 @macchiMC72

何度も言いますが、どんな絵でも、物語でも、誰かの「気に障る」リスクは根絶できないのです。だから、作家は世に自分の作品を出すにあたっての覚悟とリスクを求められると同時に、表現の自由という担保を必要としている。

2011-02-09 17:26:18
松田未来 コミティア146 C50b 「翼駆人アラン 第Ⅵ章」 @macchiMC72

自由というのは一般的にイメージされる野放しの自由ではなく、非難・批評されることをも含む“自由”です。かつて「エスパー魔美」という藤子・F・不二雄先生の作品の一エピソードにおいて、画家である魔美の父親が美術評論家の酷評に対して放った台詞があります。

2011-02-09 17:35:13
松田未来 コミティア146 C50b 「翼駆人アラン 第Ⅵ章」 @macchiMC72

「公表された作品については、見る人全部が自由に批評する権利を持つ」「どんなにこき下ろされても妨げることは出来ないんだ」「それが嫌なら誰にも見せないことだ」(「くたばれ評論家」より)

2011-02-09 17:40:07
松田未来 コミティア146 C50b 「翼駆人アラン 第Ⅵ章」 @macchiMC72

「剣鋭介(注:評論家)に批評の権利があれば」「ぼくにだって怒る権利がある!」「あいつはけなした!ぼくはおこった!」「それでこの一件はおしまい!!」(「くたばれ評論家」より)

2011-02-09 17:43:37
松田未来 コミティア146 C50b 「翼駆人アラン 第Ⅵ章」 @macchiMC72

とまあこの一連のやりとり、作家としての覚悟と同時にお互いに言いたいことを言える「担保」があるからこその台詞です。もし作品を批評することに対して法律の後ろ盾が生じたらどうでしょう。ある人はいいと思っている作品(表現)が法律ではダメと規定されたとき、このやりとりは出来なくなります。

2011-02-09 17:48:31
松田未来 コミティア146 C50b 「翼駆人アラン 第Ⅵ章」 @macchiMC72

良識や品格を法律で強く規定することは、作品を批評する権利も失わせる側面があります。不快に思っている作品を「不快だ」という権利も立派な「表現の自由」の中に含まれていることを、規制に賛成する方は忘れているのかも、と思う時があります。

2011-02-09 17:52:27
松田未来 コミティア146 C50b 「翼駆人アラン 第Ⅵ章」 @macchiMC72

同時に描き手側も、常にこの表現がどう受け止められるかを考えながら世に作品を送り出すことが求められるでしょう。そして、あがってくる批評に対して受け止める覚悟も必要かと思います。

2011-02-09 17:56:14
松田未来 コミティア146 C50b 「翼駆人アラン 第Ⅵ章」 @macchiMC72

ただし、それは決して法律で強制されるべきではない、と考えています。

2011-02-09 17:57:37