騎士とお菓子とイノシシの森#1 狩りに行こう◆1
_ザリガニ騎士団の午後はいつもまったりとしている。優しい秋の日差しが背中を温める中、近くの渓流で釣りをする騎士の姿も見える。野営地は涼しい森の中にあった。灰土地域南南西部、温帯の森が心地よい場所であり、避暑地として人気も高い。 森の香りに、甘い匂いが加わる。 1
2016-06-23 19:54:41「今日のクッキーの出来は、何点でしょう? ヒント。今回は砂糖の分量を間違って多くしちゃった」 「私は甘いのが好きだから120点ね」 二人の男女がオーブン……4つの足が生えている魔法仕掛けのオーブンの前に座っている。一人は金髪の少年、もう一人は長身の女騎士。 2
2016-06-23 19:59:07_オーブンを開けて、焼き立てのクッキーを一つ齧る女騎士。ブルブル震える四足オーブン。女騎士は目を閉じて味わう。 「どう?」 「120点ではないね」 残念そうな顔を見せる女騎士に、少年は不安になる。直後、満面の笑みを見せる女騎士。 「130点だよ」 3
2016-06-23 20:03:29_少年は喜びでいっぱいになるが、喜びを表すのが恥ずかしくて顔を伏せた。そのとき、顔色の悪い技師が痩せた手足をひょろひょろと振ってやってきた。 「ルムルム、お爺がお呼びだよ」 少年……ルムルムは明らかに喜びの表情を曇らせる。暗い木々が風でざわざわと揺れた。 4
2016-06-23 20:08:56_ルムルムはお爺……ザリガニ騎士団の長の元へと歩いていく。その足取りはとぼとぼと気の進まないようだ。森の中の野営地の真ん中、武器や蔵書を保管する場所。5台の馬車が止まっており、そのうちの一台、武器庫にお爺はいた。 お爺は馬車の縁に腰かけ武器のチェックをしている。 5
2016-06-23 20:13:26_くすんだいぶし銀の板金鎧。顔は兜の奥で見えないが、しわの深い老人の顔であることは知っている。兜の顔に張り付くような赤いザリガニの細工。 「おお、来たのか。手伝ってくれんかの」 ルムルムは返事もせずに荷台に乗り込み、作業を始めた。少年でも何をすればいいか教えられている。 6
2016-06-23 20:18:47「シリンダーの破損は見逃してはならぬぞ。インプラントと違い、不調は目で見るしかない」 老騎士は背中を向いたまま忠告を続ける。ルムルムも、背中を向けて言われたとおりにチェックする。 「騎士って、めんどくさい。砂糖の分量を間違えても死なないお菓子の方がいい」 7
2016-06-23 20:23:36「……お前に謝りたいことがある」 思わぬ台詞に、ルムルム少年は驚いて振り向く。老騎士は背中を向けたまま続ける。 「お前を騎士にしようと思ったことを……孫の人生を勝手に支配しようとしたことを、謝りたいのだ」 森に吹く風が止まり、痛いほどの沈黙。 8
2016-06-23 20:29:58_ルムルムが口を開く。 「なんだよそれ」 彼は騎士団の団長を継ぐ者として期待されていた。過酷な訓練、自由時間は少なかった。最近、お菓子を作ってみないか? と言われた。他にも様々な道を提示される。その意図が分かった。 「なんだよそれ、僕に騎士は無理だっていうのかよ」 9
2016-06-23 20:35:12「……今日はこの話は無しにしよう」 口では嫌だと言っても、実際に騎士になれないと知ると、激しい劣等感がルムルムを襲う。老騎士は話題を変えた。 「そうだ、せっかく森に来たのだ。イノシシを狩りに行こう。いろいろな経験をするんだ、その中で自分の好きな道を見つけるといい」 10
2016-06-23 20:40:23【用語解説】 【板金鎧】 素材によってはTシャツでも衝撃消散の魔法を織り込んでメイスの一撃に耐えることができる。そこでなぜ板金鎧が生まれるかと言うと、素材には大量に使えば使うほど効果が増幅されるものがあるためで、金属系の素材を大量に身に纏う方法として板金鎧が生まれたのである
2016-06-23 20:51:23