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「二刀流は難しい、普通の人にはできない」という疑問に対する宮本武蔵の回答

宮本武蔵の著した「三十五箇条」の第一条に現代でもよく見られる二刀流に対するよくある疑問とその回答が書かれていました。おもしろかったので現代風Q&Aに意訳して紹介。
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みんみんぜみ @inuchochin
この知恵袋、「日本刀は重くて片手では触れない、二刀流は武蔵だからできた超人技」としてる。ほかの似たような質問も似たような答えがベストアンサーになっていて、二刀流は普通の人には無理、という認識はメジャー。 detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_de…
みんみんぜみ @inuchochin
宮本武蔵の三十五ヶ条を読もうとして、最初の第一条を見たら、Web上で良く見る二刀流や片手太刀への疑問とそれに対する回答がされてるんだな。昔もあったのか

※三十五箇条についての参考↓

みんみんぜみ @inuchochin
宮本武蔵「尾張円明流」桜山家伝書の研究 ci.nii.ac.jp/naid/110008135… 尾張藩に伝わった三十五箇条を細川家等の三十五箇条と比較して解説してる。三十五箇条は「五輪書の前身だ」「いや五輪書より後に書かれた」と諸説あるけど武蔵流の伝書の一つとして有名。
みんみんぜみ @inuchochin
題して『宮本武蔵先生の二刀流Q&A』 Q:両手に一つづつ武器を持って使うなんて器用な事できるのでしょうか?両手で一つの太刀を持った方がよくありませんか? A:二刀流の練習において左手は特に意識して使う必要はありません。(続く
みんみんぜみ @inuchochin
続)私が二刀流としたのは片手で太刀を使う練習のためです。片手で太刀を使えれば、戦場や乗馬中、川沿いや沼地、石河原など足場が不自由な場所、屋内に立て篭もる場合やそれを襲撃する際、走り回る場合等に大変便利です。また他の武器や道具など、何か物を持っている時でも片手でなら太刀を使えます。
みんみんぜみ @inuchochin
Q:でも太刀は片手で使うには重くありませんか? A:片手で太刀を持てば最初は誰でも重く感じるものです。ですが練習すれば自由に使えるようになります。例えば弓を射るにしても初めは重くなかなかひけませんが、習えっているうちに強く引けるようになります。(続く
みんみんぜみ @inuchochin
続き)また馬に乗るにしても練習しなければ馬には乗れません。農民もたいへん重いスキや鍬を使って農作業をします。太刀も練習すれば必要な力が付いてくるものですので心配しないでください。 ただし、人により体格・筋力には差がありますから、自分にあった使いやすい太刀を購入してください。
みんみんぜみ @inuchochin
こんな感じ? 先のツイートのように武蔵は二刀流は片手で太刀を使えるようにするために稽古すると第一に書いています。これを解釈して野田派の主流派では特に明治以降「二天一流は二刀流ではなく片手剣法である」と言っています。ただし、(続く
みんみんぜみ @inuchochin
続く)ただし、この片手剣法というのは左手が空いているので、左手も使えるという事です。つまり左手に小太刀を持っていても片手剣法の一種という理解です。野田派19代目の大浦辰男はその著書で「西洋の剣と楯を持った剣術のようなものである」と二天一流の片手剣法を例えています。
みんみんぜみ @inuchochin
追記。武蔵は無二(一般には養父とされる)から二刀流剣術を学んでいます。無二の流派は関東や九州で慶長頃から江戸時代初期に広く伝わっていたようで各地に慶長頃の古文書が残っています。どれも二刀流剣術主体で極意に独特の十字形十手を使った十手取や白刃取と呼ばれる形がありました。

二天一流の一刀の形について

みんみんぜみ @inuchochin
「二天一流は方便として二刀流を称しているだけで実際は一刀などが多い」という言説を見かけますが、肥後藩校史料や師範家史料を見ると主流派の村上派は入門者は二刀太刀(有名な五方)の中段・上段より稽古を始め、順次下段・左脇・右脇と五本の形を伝え、一通り学んだ時点で(続く
みんみんぜみ @inuchochin
一通り二刀の形を学んだ時点で五輪書にある各種の術理をニ刀で稽古したようです。五輪書や三十五箇条の注釈書も伝わっていますが、それには五輪書にある術理を具体的にどのように二刀で使うかも書かれています。
みんみんぜみ @inuchochin
もちろん二天一流の打太刀(稽古での敵役、多くの流派で先輩や師匠がおこなう)は一刀ですから、稽古では一刀も使われますし、肥後の二天一流の伝承によれば宮本武蔵が使っていた一刀の技を元に三代目や四代目の頃に一刀の形が制定され、現在もその形が伝わっています。
みんみんぜみ @inuchochin
一刀の形ですが、村上派では二刀を修めた上級者のみに伝授されたようです。これに対して初期に村上派と別れた山東派では入門者はまず一刀の形より稽古をはじめ、一刀を修め終わった時点で二刀を学び始めたようです。このあたり派閥によって考えが違っていたようです。

コメント

Mook @HiroGome2 2016年6月27日
武蔵は父親がやってた十手術を剣術に活かすために二刀を始めたみたいな話を30年前の「剣道日本」の記事で読んだなあ。その十手も熊手みたいなので、相手の刀を絡めて隙を作って右の長刀で斬るというものだったとか。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月27日
HiroGome2 新免無二と武蔵の関係はよく解らなくて、実子説から養子説、ただ家を嗣いだだけで直接の面識はない説…もあるのですが、無二の流派である無二流は実手が表芸ではありましたが二刀はすでにあったそうです。二刀技法そのものは神道流や念流には古くからあって、無二と武蔵の二代でそれらを完成したというのが実際のようです。
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2016年6月28日
いつも思うのだが「二刀流」のtogetterだけでこんなにあるのがすごい http://togetter.com/t/%E4%BA%8C%E5%88%80%E6%B5%81 /
順三朗 @junzabroP 2016年6月28日
二刀流はそれ自体が目的なのではなくて片手でも刀を振るえるようにした後に考えられる剣術のバリエーションの一つにすぎないって考え方は面白いね
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月28日
gryphonjapan すいません…私が毎日のように話題にしてて、せみさんがたまにつきあってくれて…みたいな展開が多いです…。
ハチマキくろだ @hatimaki_kuroda 2016年6月28日
まとめにあるように、片手で太刀扱えるなら西洋みたいにもう一方は楯でいい気もしますけど、十手や小太刀のが便利なんでしょうか?
水霧💦 @AswatGost 2016年6月28日
自分は修羅の刻に出てきた武蔵や伊織の二刀流は常に二刀構えるものではないというイメージが理解しやすかったです。漫画の話ではありますが
たけ爺 @take_ji 2016年6月28日
hatimaki_kuroda 日本国内では、楯より小太刀・十手・脇差等の方が手に入りやすいからではないかと。 「楯を使えない 」というより「楯を入手する方法が少ない」
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月28日
hatimaki_kuroda まあそもそもをいうと、兵法(剣術)は戦場で使う前提の技術ではないので、戦場で使用するものである盾とかは使わないんだと思います。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月28日
junzabroP まあ、この武蔵の言からしてただのポジショントークで、武蔵は二刀で戦ってたと思いますけど。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月28日
このまとめの補足として…兵法三十五箇条は武蔵が晩年、死の間際の細川忠利に渡すために書いてた文書と言われているもので、その内容は五輪書とかなり共通しています。世間的にはこれをベースに五輪書が書かれたものと考えられています。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月28日
ただし兵法三十五箇条は武蔵に仮託されたもので、武蔵の死後、熊本の二天一流の内部で作られたものであるとする研究者もいます。私はそっちを支持していますが、どの道、このまとめの「此の道二刀一流と名付ける事。」に関する内容は五輪書も兵法三十五箇条もほぼ一緒なので、それはどうでもいいことです。むしろ自分に合った刀を使え、ということが明言されている分、兵法三十五箇条の方がより親切といえます。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月28日
あと、武道クラスタ的には自明で、だけど誤解されてそうなのでさらに書き添えると、武蔵は五輪書の方で、刀というのは片手で扱うものであるとしているのは、そもそもが日本刀は片手で扱われていたからで、室町時代の前半まではグラデーションはあれど、戦場にでないで普段の携帯では片手持ち拵えが多かったようです。別に無理に筋肉つけなきゃ使えないほどの重さでもなかったようです。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月28日
武道クラスタ的自明補足その2。せみさんは書かなかったけど、武蔵流の前身の無二の流派(無二流とも当理流とも云う)からして二刀なので、片手剣→二刀の流れではなく、成立段階で二刀であったのは間違いないです。というか、片手剣の修得に便利だよ、というのは、うちの流派は戦場とかでも応用が効くよ、という流派の宣伝文句で言ってるんじゃないか…?
消火器さん⋈@北陸金沢 @keychansan 2016年6月28日
つまり西洋で使われたマンゴーシュの様に使うべきなのか。マンゴーシュが流行ったのは日本では戦国時代だったルネサンス期。時期的にも合うな。案外実物を見ているやも知れん。
セバスチャン小林(裏) @Dongpo_Jushi_x 2016年6月28日
居合やってたけど、太刀はともかく打刀はまあ片手でも扱えなくはないな。ただ、片手だと相手の刀を受けるのが怖いかも。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月29日
補足っていうか、カン違いしている人が多いみたいなので書いとくと、武蔵が弓矢も鍬も重いけど扱ってたら力がつく云々は、単純に筋力がつくということだけではなくて、扱いに慣れる、技術がつく…というテクニカルな意味も含めてますので。五輪書を読むと武蔵は力任せに振ることや速く振ることを戒めている。実際、二天一流で使用される木刀は軽い。これは力に任せずに「正しく振る」ためのものだからです。筋力をつけるのが前提の術ならば、重い鍛錬棒などを制定したでしょう。
ええな@豚バラ🐽ばらまくニャ @WATERMAN1996 2016年6月29日
世界を見れば、剣を両手で持つのは珍しいのですよ。どの国どの地域でも、剣は片手で持つのが普通です。剣の重さもだいたい1kgくらいで日本刀がことさらに重いという事はありません。
Kawai_Yusuke @fiddler_K 2016年6月29日
二刀流の目的は片手で剣を扱うことかあ
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月29日
fiddler_K いや、多分、それは後付…。
みんみんぜみ @inuchochin 2016年6月30日
fiddler_K 宮本武蔵の二天一流が片手で太刀を使えるようにする事ために二刀流で稽古する、と書いているだけで、二刀流自体の利点や目的は別にあります。武蔵は別の書物で「二刀流は多人数の敵や建物に立て籠った敵と戦う際に二刀流は一刀より有利」ということも書いています。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年6月30日
もしかしたらこのまとめ読んで「武蔵の二刀の目的は片手遣いをするため」=「武蔵は実際は二刀遣いはしてなかった」と考える人もいるかもしれんけど、というかいるみたいだけど、戦闘技法についての解説である五輪書水之巻は二刀前提だし、現存の二天一流も(野田派以外は)二刀が基本です。あくまでこれは、二刀をやれば片手遣いもできるようになる、うちの流派にはこういう効能もあるよ、というウリ文句なのです。
歩弥丸(ふみまる) @hmmr03 2016年7月1日
無二の流派に十手の型があるのも『左手に持つものは剣じゃなくても良い』ということか
みんみんぜみ @inuchochin 2016年7月2日
SagamiNoriaki 野田派はむしろ二刀が基本だと思います。
我乱堂 @SagamiNoriaki 2016年7月2日
inuchochin あそこの解釈だと二刀は鍛錬のもので、試合では一刀なんだしたっけ?ちょっとカン違いしてました。
みんみんぜみ @inuchochin 2016年7月2日
SagamiNoriaki 野田派、村上派は入門者は二刀から学びはじめ、かなり上達してから一刀を学んだようです。試合は一刀で行っていた、とも言われてますが、実は私もその史料は見たことがないです笑
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