『いのちの選択』読書メモ

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tu-ta @duruta

(脳死者から)臓器を切り出すときに…麻酔や筋肉弛緩剤を投与…脳死者に深くメスを入れるだけで、脈拍や血圧が急上昇するばかりか、暴れ出して摘出手術どころではなくなってしまうからです。『いのちの選択』岩波ブックレットから

2011-02-06 23:20:23
tu-ta @duruta

『いのちの選択』岩波ブックレットから:「臓器移植によってしか助からない」という大前提自体が不確か…

2011-02-06 23:50:05
tu-ta @duruta

承前『いのちの選択』から)米国では、移植の順番を待っている間に亡くなってしまう患者を救おうと、脳死者だけではなく、植物状態の患者、大脳のない無脳児、重度の精神障害者や知的障害者や認知症の老人、このような確実に生きている人々を死者にして、移植臓器を増やそうとする議論が何度もなされ

2011-02-07 00:01:56
tu-ta @duruta

「十字軍症候群」とは、自分たちが「善」と信じるものを実現するためなら、どんな科学技術を使うもよし、どんな法律を作るもよしと考え…それによって被害を受け、苦難に遭う人がいても、自分たちに関係なければ「仕方がない」と切り捨て、あるいは無関心でいられるような心性『いのちの選択』から

2011-02-07 23:26:09
tu-ta @duruta

承前)脳死・臓器移植の倫理的問題を棚上げにして、新しい法律を作ることだけに努め、可決・成立すれば一件落着とした光景は、まさに「民主主義的野蛮」と呼ぶべきものではないでしょうか。(岩波ブックレット『いのちの選択』47pから)

2011-02-07 23:32:31
tu-ta @duruta

『いのちの選択』から:このように社会全体の動きを粗野に収めると、そしてその中に、脳死と尊厳死のつながりを置き直して眺めると、そこには「患者の権利を守る」のとは別の流れが…それはつまり、医療費の削減ないしは抑制のために、治療費がかかるだけで社会の役に立たない人間は死なせてもよい…と

2011-02-11 09:32:56
tu-ta @duruta

『いのちの選択』から:(脳死で臓器を提供した人の話も)臓器を受け取ったけれど失敗した人の話も、ご本人は死んでしまうので、けっして聞けません…その人たちの思いは誰も代弁できないし、わからない。49p

2011-02-11 09:37:24
tu-ta @duruta

『いのちの選択』から:本人が息を引き取るのを見なかった…摘出手術に立ち会うことは可能だと後で知らされ…なんで最初から可能だと言ってくれなかったのか、すごく腹が立っています…私のような家族に何ができるのか…全部ちゃんと最初に説明されないことに、手続き上の疑問をすごく感じます。51p

2011-02-11 09:47:09
tu-ta @duruta

『いのちの選択』から:息を引き取るのを見られなかったからかもしれませんが、脳死の場合は、何か途中でプチッと切られた感じがしています。51p

2011-02-11 09:48:59
tu-ta @duruta

『いのちの選択』から:メディアの中には「日本でも臓器移植をもっと広げるべきだ」「臓器移植が必要な人、特に子どもを見殺しにするのか」と言う人もいるようですが、私がそういうふうに言う人に会ったら、まず、あなたが死んで提供したらどうですか、と言いたい。(提供者家族の聞き取り)57p

2011-02-11 09:53:30
tu-ta @duruta

『いのちの選択』から:もう今度は絶対、同意しません…「あなたが今そうしたいと言っていても、最後の最後であなたの気持ちが聞けない以上、私はそんなことはできないし、そうしないというのを理解してほしい」と説得します(提供者家族の聞き取り)58p

2011-02-11 10:02:52
tu-ta @duruta

『いのちの選択』から:(提供者家族の聞き取り続き)(同意はできないが)でも自分自身の臓器は移植してほしい…というのも、臓器提供に同意したことが罪で、その罪を償えるのは…提供者になること…しかし、それは傲慢なことで、愛する人たちをまた罪に陥れることだとしたら、私はどうしたら…

2011-02-11 10:09:31
tu-ta @duruta

『いのちの選択』から:1、私が死んでもなお機能している器官があったら、摘出して移植してほしい。2、私の脳が不可逆的に機能を停止したら、私を殺してでも器官を摘出・移植してほしい 1は善意の申し出だが、2は「嘱託殺人」の依頼…天地ほど違う。大庭健 64p

2011-02-11 10:15:12
tu-ta @duruta

『いのちの選択』から:尊厳とは、生と死の双方を越える価値…だから、尊厳のためにということであれば、大事な選択は、生か死かではなく、尊厳ある生死か尊厳なき生死か…畏敬すべきは、死んだも同然の死んだ方がましな状態を生きる/生かす人々においてこそ、生や死よりも高き尊厳が輝き…67p

2011-02-11 10:28:59
tu-ta @duruta

『いのちの選択』から:…この意味で他者のための死は愛の表現と…。しかしそれは他者と正面から向き合う。非日常的な人格関係として成り立つものである。日常化し、ステレオタイプ化されたものではない。脳死・臓器移植における「愛」の内実は問われるべき…72p(土井健司)

2011-02-11 10:36:02