【古代の貨幣?】スパルタの「串形オボロス」について

備忘用。「特別展 古代ギリシャ」でも展示されている「串形オボロス」は貨幣なのかどうかを検討しました。 本ツイートでは古典文献を確認した上で、古代のスパルタでは鉄製の貨幣は使われていたでしょうけれど、貨幣が串型だったかは怪しいという結論に至りました。
歴史 スパルタ 貨幣 プルタルコス オボロス 古代ギリシア 鉄貨
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【特別展 古代ギリシャ 展示作品リスト】
http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4687
(このリストの143番に「串形オボロス貨」というものがあります)

【図版出典】Wikimedia Commons 「Obolos2」

リンク Wikipedia オボルス オボルス(obolus)はドラクマの1/6の価値があるギリシアの銀貨である。 プルタルコスによると、スパルタ人は4チャルコイの鉄製のオボルスを持っていた。 また、オボルスは重さの単位でもある。 古代ギリシアでは、1オボルスはドラクマの1/6、およそ0.5グラムとされていた。 古代ローマでは1オボルス、1/48オンス、またはおよそ0.57グラムとされていたがローマ共和国のコインとしては決して発行されなかった。現代のギリシアでは、1オボルス、0.1グラムと決められている。 古代ギリシアでは葬儀の際、死者の口の
アザラシ提督 @yskmas_k_66
スパルタの、あるいはラコニアの比較的新しめの研究をきちんと追いかけていないからなんともと言ったところだが、スパルタの鉄貨って「棒状」のものを使用したという見解が今は優勢なのか…?
アザラシ提督 @yskmas_k_66
スパルタでは鉄貨の使用はあったらしいけれど、主にアルテミス・オルティア神殿で見つかっている棒状のものが本当にプルタルコスやポルックスが言う「鉄でできた棒状の貨幣」だったかは怪しいんじゃなかったか。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
昨日の夜も呟きましたが(twitter.com/yskmas_k_66/st…)、スパルタの「棒状鉄貨」について、ちょこっと書いておきますね。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
まず、古代地中海世界における鉄貨の使用ですが、古い時代には鉄が交換手段になったとアリストテレスは言及しています(『政治学』1257b31-41)。古典史料に見出せるものですと、例えばビュザンティオンでは古典期において鉄製の貨幣が流通していたようです(アリストファネス『雲』247)

ビュザンティオンの鉄貨については、このほかにもアリストファネス『雲』249行目への古註も参照。

アザラシ提督 @yskmas_k_66
ビュザンティオンのほか、クラゾメナイ(現在のトルコ西部、イズミル近郊にあったポリス)でも一時的に鉄貨が使われていたようです(アリストテレス『経済学』1348b18ff)
アザラシ提督 @yskmas_k_66
で、スパルタの場合ですが、確かにスパルタにおける鉄貨使用はプラトンの『エリュクシアス』(400b)、ポリュビオスの『歴史』(6.49)にそれぞれ書かれています。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
どうもこうした鉄貨の使用や、あるいは貴金属貨幣の忌避は、前7世紀に伝説的な立法者であるリュクルゴスが制度として定めた…と古代の著述家たちは捉えたようです。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
(さっきのツイートの根拠となる史料の補足)クセノフォン『ラケダイモン人の国制』7.1-6, 14.1-3; プルタルコス『モラリア』226c-d; 同『リュクルゴス伝』9; ユスティヌス『抄録地中海世界史』3.2
アザラシ提督 @yskmas_k_66
そして、ここが肝心なところですが、スパルタ人が【棒状】の鉄貨を用いたことを見出せる史料もあります。プルタルコスの『リュサンドロス伝』17章と、ポルックスの『オノマスティコン』7.105です。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
考古学的には、スパルタのアルテミス・オルティア神殿で、鉄の棒状の遺物が見つかっています(Dawkins, R.M.(ed.), The Sanctuary of the Artemis Orthia at Sparta, London, 1929, pp. 391-393)。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
ほかに、古代世界の幾つかの遺跡からも鉄の棒状の遺物が見つかっています。それらはだいたい紀元前8世紀〜紀元前6世紀くらいに年代決定されます。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
なるほど、「スパルタの貨幣は鉄で、しかも棒状で出来ていた。それらは重く、持ち運びに不便なので、経済活動は自ずと小規模化し、質素な生活をスパルタ人は送っていた」…と言えるかもしれません。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
しかし、この見解には問題があります。それは ①鉄の棒が貨幣だとする証言(プルタルコスとポルックス)が後代のものであること。 ②棒状ではなく別の形状を示唆する記述が他にあること。 の2点です。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
(加えて、スパルタ人の生活・経済活動を古典史料からどれほど正確に描き出すことができるかという問題がありますが、ここではスルーします。長くなりますし…。)
アザラシ提督 @yskmas_k_66
さて、スパルタの貨幣が「棒状」であるとする古代の史料は、いずれもローマの時代になってから書かれたもので、紀元前に書かれたプラトンやクセノフォンやポリュビオスの著作からは「貴金属の忌避」「鉄貨の使用」までは確認できても、肝心の形状までは判然としません。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
また、後代の辞書によると、スパルタの貨幣はその呼称から「丸いお菓子の形」をしていたと考えることもできます(ハルポクラティオン s.v. Πέλανος; ヘシュキオス s.v. Πέλανος; 『スーダ』s.v. Ἀνάστατοι, Πέλανοι, Πέλανος)。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
さらに、ホウジェゴやカートリッジといった研究者はこうした古典文献や考古学の成果を踏まえつつも、ギリシアの各地で見つかる鉄の棒状のものがそもそも「貨幣」であるとは証明できないとしています。
アザラシ提督 @yskmas_k_66
(文献補足1)Howgego, C., Ancient History from Coins, London & New York, 1995, pp. 14-15.
アザラシ提督 @yskmas_k_66
(文献補足2)Cartledge, P., Sparta and Lakonia, 2nd. ed, London & New York, 2002, pp. 148-149.
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コメント

@izanamu 2016年7月12日
オネアミスの翼か。
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