多銃身回転砲人間#1 楽しい日にしよう◆3
「思い出を作るって、何するんだよ」 眠りにつこうとしたゼシェルだったが、フワンコからの興奮したシグナルを神経に受けて目が覚めてしまう。 スタンドとの接続を解きフワンコに従う。フワンコは周りで働いている作業用人造胚にテレパスを送った。 21
2016-07-13 19:55:44_格納庫の作業用人造胚はカチャカチャとロボットアームを動かして仕事をしている。 「よし、チーフは夜更かしを許可するって。いまから人生で一番楽しい日を作るんだよ。人生で一番だから楽しいに違いないよ」 「そんなもんしようと思ってできるものかよ」 ゼシェルはため息をつく。 22
2016-07-13 19:59:50「おれがいままでどんな辛い生き方をしてきたのか……そして、それが今後も続くということも分かっている。なのに、今からどうやって一番楽しい日を作るんだよ」 目がすっかり覚めてしまったゼシェルは、右腕の回転砲を整備し始めた。左手だけで器用に分解する。 23
2016-07-13 20:04:57「世界中の誰よりも楽しい日を味わうことはできないよ。そんなの誰にだってできないもの。楽しさって誰かと競うもの? あなたの一番はあなたの中にある。あなたと言う道の頂点が必ずどこかにある」 フワンコはロボットアームで整備の手伝い。ゼシェルは押し黙ったまま作業を続ける。 24
2016-07-13 20:09:44「そういう楽しい日がフワンコにはあるのか?」 「あるよ」 試運転で高速回転する銃身を見ながら言う。 「1か月前。私がまだ出荷される前の話。培養槽に押し込められてさ、兄弟たちは成長したやつから次々と貰われていく……」 25
2016-07-13 20:14:30「なかなか私の順番が回ってくなくてさ、私が最後になっちゃったんだ。培養液も古くなってて、一緒に処分されるところだった。処分の日を前にしてさ、施設のひとが私におやつをくれたんだ。特例だって」 ゼシェルはそこで片眉を上げた。 「おやつ? どんな凄い……」 26
2016-07-13 20:20:40「人造胚のおやつといったら、砂糖水じゃない。それに、バニラの香りを付けてくれたの……私はそのとき、自分の生きてきた理由を見つけた。生きていて一番嬉しかった。だから私はもう自分の生き方に満足できたの」 「そんなの……」 27
2016-07-13 20:25:12_ゼシェルの作業の手が止まる。深くうなだれて、工具を握りしめる。 「ただの香り付き砂糖水が人生かよ……そんなの悲しすぎるだろ……」 「いいえ、悲しくないよ。私が悲しくない、誇りに思ってることをどうしてあなたは悲しむの? 憐れむの? そして、見下すのかしら?」 28
2016-07-13 20:29:45(見下す……?) 口の中が渇く思いがした。ゼシェルを見下ろす目……彼の生き方をつまらない、悲しいと憐れんで見る目を感じた。 (おれは……おれを傷つける視線と一緒に、おれ自身を見下していた……) 見下ろす先には、小さく震えている自分。 29
2016-07-13 20:34:59「私は誰一人として生き方を見下したくない。憐れんだら、彼らの……いや、自分の尊厳を傷つけてしまう。それは私自身を傷つける刃だから」 ゼシェルは静かに作業を再開し、ぽつりと呟いた。 「おれは憐れまれる存在じゃない」 「そう、その意気よ」 30
2016-07-13 20:39:26【用語解説】 【作業用人造胚】 労働力として先にロールアウトされた人造胚の量産モデル。蜘蛛のように細長いロボットアームを自在に動かし、様々な作業を行う。人造胚は半年程度で死んでしまうが、ロボットアーム一式は再利用が可能である。培養中に高速学習され、熟練した状態で出荷される
2016-07-13 20:47:29