多銃身回転砲人間#2 安らかなる時へ◆1

改造人間のゼシェルとフワンコは飛行船の格納庫で夢を語り合う。 「人生で一番楽しい日を作るんだよ」 フワンコの言葉に導かれて、ゼシェルは思い出作りを始める……彼の兵器が轟音で全てをかき消す前に。 全50ツイート予定 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

_多銃身回転砲人間#2 安らかなる時へ◆1

2016-07-14 19:12:47
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_二人はそこで意気投合して思い出作りに思いを馳せた。深夜だったが、翌日は休みで少しは夜更かししても支障はない。  すっかり目が覚めてしまった。飛行船の窓から見えるのは宝石箱を散りばめたような夜景。 「思い出かぁ、何にしようか」 31

2016-07-14 19:17:02
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「好きな物、好きなことしちゃえばいいよ」  フワンコはそう言って回転砲の蓋を閉じた。整備は終わりだ。楽しい自由時間が待っている。  格納庫の中はひんやりとしていて、油の匂いが満ちている。そこにいくつもの夢を浮かべる。 「そうだな……バニラがいいな」 「私と同じだ!」 32

2016-07-14 19:21:45
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「アイスクリームを作りたい。手作りのやつだ」 「イイネ! イイネ!」  フワンコは赤く光の灯る目をぱちぱちと瞬かせて喜んだ。ゼシェルはそれがまだ自分の生き方に見合うか確信が持てなかったが、夢を語るうちにフワンコの言うバニラフレーバーがとても……羨ましく思えてきたのだ。 33

2016-07-14 19:28:15
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_作るための材料は格納庫にあった。食堂のチーフに交渉をして、生クリームと砂糖、卵を貰う。ゼシェルは最前線で戦う特殊兵士であり、この程度の融通はしてもらえた。引き換えにチップも忘れない。 「作り方は知ってるの?」 「さぁ……生クリームを泡立てて凍らせればいいのか?」 34

2016-07-14 19:32:28
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_作り方は想像に任せ、あとはその場の工夫で何とかした。凍らせるために冷気の呪文を局所的に使用したり、回転砲の銃身に材料を入れたボトルを括り付けて、高速回転してかき混ぜたりする。 「あははっ、兵器でアイス作ってる! 最高じゃない?」 「ああ、最高だな!」 35

2016-07-14 19:40:30
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_そしてバニラアイスは完成した。二人で金属のプレートの上に、半分凍っていないアイスを盛り付ける。 「冷却の呪文ケチりすぎたかな……」 「大丈夫! 溶けかけがうまいのよ~」  スプーンで口に含む。ゼシェル。よく味を確かめる。これが、人生最高の味……それを思いながら。 36

2016-07-14 19:41:27
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「おいしい?」 「別に……普通だな。とびきり美味しいわけでもない」  ゼシェルはスプーンをプレートに置いた。ぽろりと涙がこぼれる。 「おれの生き方って、こんなものだったのか……? 他の人間は、帝都の一流ホテルで、これよりも上品で、おいしいアイスをいくらでも食べれる……」 37

2016-07-14 19:45:20
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「ゼシェル……」 「でもおれは、こんな油の匂いがすいる、薄暗い格納庫で……プレートに溶けたアイスを盛り付けた……」 「帝都のさ、誰がこんな格納庫に入れるんだろう。誰がプレートでアイスを食べれる? どれほどの人間がさ、アイスさえ手作りせずに死んでいくんだろう」 38

2016-07-14 19:49:51
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「ゼシェル、これはきっと素晴らしいことなんだよ。だって……」  フワンコの表情は読めない。けれども、接続された神経から彼女の気持ちはびりびりと伝わってくる。 「だって、私の人生最高の日を更新したんだもの」 39

2016-07-14 19:54:02
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「ああ、それは素晴らしいな」  ゼシェルはようやく眠気を感じて、アイスの片づけを始めた。フワンコもロボットアームで手伝う。そうして、二人は眠りについた。充電スタンドに立ったまま眠ったが……彼らの表情は安らかだった。 40

2016-07-14 19:58:59
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_多銃身回転砲人間#2 安らかなる時へ ◆1終わり ◆2(最終回)へつづく

2016-07-14 19:59:52
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【用語解説】 【生クリーム】 灰土地域にも牛のような生き物は存在し、科学文明であるエシエドール帝国によって品種改良された。乳牛の一種はホヤのような革袋の姿をしており、生クリームやバターに最適な脂肪分の異常に多い牛乳を分泌する。文明崩壊後もこういった改造家畜は脈々と受け継がれた。

2016-07-14 20:06:41