その魔法を空に向かって放て#1 学び舎の春◆1
_アルコフリバスはこの春という時期に憂鬱になる。彼は霞がかった空を見上げ、物思いにふけっていた。 「今日はよろしく頼むよ、アルコフリバス」 不意にかかる声。彼は振り向かず、山羊のような白い顎鬚を撫でた。校舎の前、運動場につむじ風が吹く。 1
2016-08-11 19:23:48_赤いシャツに黒いスーツ。白い髪と顎鬚。眼光は虎の様に鋭い。けれども、いまはどこか慈悲を感じさせるまなざしだった。まるで傷ついた兎を前にしたように。再びアルコフリバスにかかる声。 「今年の新入生は波乱の予感だぞ」 そこでようやく振り向く。 2
2016-08-11 19:27:31_校舎の入り口には黒い詰襟に黒いスカート、黒いタイツの娘が立っていた。学帽を被り、顔の前に白い布を垂らして表情は見えない。帽子と垂れ布には大きく五芒星の赤い刺繍。両手には白い手袋、やはり五芒星の刺繍。 「4号魔王、お前は空しくならないのか?」 アルコフリバスが問う。 3
2016-08-11 19:32:03「何故?」 4号魔王は無感情に問い返す。アルコフリバスは視線を空に戻した。 「毎年、この学び舎には若者たちが皆目を輝かせてやってくる。多くは目の輝きをそのままに卒業していくだろう。だが、そのうち何人かはすっかり目を曇らせて学校を去る……それがワシは辛い」 4
2016-08-11 19:36:33_ふふっと笑う4号魔王。 「あなたもその何人かの一人だったから……かな?」 「かもしれんな」 「いつものあなたなら暴言を返してくれると期待したのだがね」 「クソ暴言は売り切れだ。それより本題に入るぞ。今年の学生はそんなに危険なのか? 帝都を脅かすほどの……」 5
2016-08-11 19:41:17_帝都には支配者がいる。それは21人の魔王だ。魔王は時には人員を入れ替え、多くは不老不死となり、帝都を支配し続けている。帝都全域に魔法のルールである魔界を張り巡らし、秩序を保っている。その秩序を脅かすものは予知を行って若いうちに摘み取るのだ。 6
2016-08-11 19:45:57「ああ。ただ、予知は予知だ。どうだ? あなたの見立ては」 不確定要素を扱う予知は術者が多いほど確実性が上がる。そしてアルコフリバスはそういった術者の一人だった。 「予知は得意だが……本人を見てやった方が確実だ」 そう言って校舎の中へ入っていくアルコフリバス。 7
2016-08-11 19:50:52_振り向いたが、魔王はついては来なかった。アルコフリバスは一つの教室の中に立ち入る。中では生徒たちが魔法の授業を行っていた。数人の学生が振り向き、視線を教壇に戻した。 (なるほど、クソ優秀な生徒ばかりだな) 予知は彼らの輝かしい未来を示す。 8
2016-08-11 19:55:09_今日は授業の初日らしい。魔法の授業もそこそこに、教師が学生たちに授業の感想を聞いて回る。 一人の男子学生が指名され、勢いよく立ち上がった。 「ルアニトル、君は何のために魔法を使いたい?」 教師のありふれた質問。 9
2016-08-11 20:01:02_少年……ルアニトルは目を輝かせて答える。 「はい。僕はこの魔法の力を、人々の幸せのために使いたいと思っています!」 それを見たアルコフリバスは頬に一筋の涙を流した。そんな自分に動揺して、涙をぬぐうこともできなかった。 10
2016-08-11 20:05:43【用語解説】 【帝都の支配者】 帝都には形式上の皇帝が存在する。それは永劫皇帝を冠するスムートハーピィ、グラセウ・ナリアである。彼女は不老不死化され、帝城の奥深く安置されている。彼女は姿を見せることもなく、権力は21人の魔王が握る。
2016-08-11 20:11:28