ある王様の物語

2010/8/29 @windcreatorさんがリアルタイムで語ってくれた物語
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とおる6th @windcreator

王様は死にました。原因はわかりません。私はお城に仕えているので知りました。誰にも言ってはいけないと言われました。私はみなから頭が悪い子だと言われるので、聞きました。何故でしょうか。すると、教えてくれました、うちの国では次の王様が決まるまで葬式は出来ないんだ。次の王様が喪主になる。

2010-08-29 04:20:41
とおる6th @windcreator

ところでちょっと旅に出ることになったんだけど、ついて来てくれる? 彼は続けて言いました。私は城に仕える者です。自分では判断できませんので、長様にお尋ねしました。すると長様は光よりも早く旅支度を整えて、私に厳命されました。彼に仕えて一切を滞りなく、この城まで無事に帰ってくるように。

2010-08-29 04:30:22
とおる6th @windcreator

私は幾度も彼に給仕したことがありました。幾度もお茶を掛けたこともあります。幸い彼は、怒るだけの方ではなく笑ってくださる方でしたので、二人旅は苦になりません。私としては掃除も料理も宿で済ませる生活に、大変暇を持て余すばかりで、色々な方と話される彼の事をずっと観察しているのでした。

2010-08-29 04:43:34
とおる6th @windcreator

あちらからこちらへ。彼は地図の上で私に旅路を説明してくださいましたが、よくわかりませんでした。どうやら、この国の古い街や村の長たちに会って「王様は死にました」を言いに行かねばならないらしいです。伝令の方だったとは、今知りました。そう言うと彼は笑って言いました。私も、今教わったよ。

2010-08-29 04:53:03
とおる6th @windcreator

私は彼の隣で、様々な人に会いました。長老と呼ばれる白髪の方も、若頭と呼ばれる逞しい方も、姐様と慕われる美しく大きい方もいらっしゃいました。彼は、誰にも変わらない物腰で「王様は死にました」を伝えていきました。酒を飲む方や、涙する方や、ため息を吐く方など様々でした。旅はまだ続きます。

2010-08-29 05:02:39
とおる6th @windcreator

地図には彼が書き込んだ文字や印が増えていきますが、相変わらず私にはわかりません。そして相変わらず暇です。暇なので、彼から難しい言葉や文字を教わりました。彼は私のために日記を一冊買ってくださいました。なのでこうして、かつての私はここにいます。いつかの私が読んだらどう思うでしょうか。

2010-08-29 05:07:36
とおる6th @windcreator

街から村へ、村から山へ。山から川へ、川から海へ、再び街へ。私は彼の隣でたくさんの人と出会い、たくさんの景色を見つめ、たくさんの言葉を知りました。そして、十一人の賢者への伝令が終わった時には、再び月が丸くなりかけていました。彼が帰るよと言った時、私は初めて自分の言葉を知りました。

2010-08-29 05:17:48
とおる6th @windcreator

「私は今までお城しか知りませんでした。あなたのことも、知りませんでした。今、私は、まだまだ知らないということを知っています。まだまだ知りたいと、思っています。あなたは、何故私を伝令の付き添いにしたのでしょう。私は、今、生まれて初めて自分のために疑問しています。何故でしょうか」

2010-08-29 05:21:46
とおる6th @windcreator

彼は笑って言いました。お城に帰ろう。帰ったら、何もかも説明するよ。でも、帰らないと何も説明できない。伝令役は、君のおかげで滞りなく済んだ。お城では、私たちを待っている人がいるんだ。急げばまだ、満月の前に帰れる。きっと、今の君なら、答えを出せると思う。私には出せない君だけの答えを。

2010-08-29 05:26:35
とおる6th @windcreator

私には何もわかりません。私はただ、城に仕えるだけの女です。そのはずでしたが、今は掃除も料理もしていないので、ますますわかりません。それでも城は近づき、月は太ります。遠く、美しい町並みと城が見えて、彼は呟きました。「ただいま……さん」あまりにも小さい声で、私にも聞こえませんでした。

2010-08-29 05:36:22
とおる6th @windcreator

城に帰ると、葬儀の準備が慌しく進んでいました。後は、王位継承の儀を済ませれば国中に「王様は死にました」と伝令が走るのだそうです。伝令役の彼も葬儀の準備に忙しそうです。帰ってきてからの私は、長様に命じられて彼の給仕や身の回りの世話役にされました。朝から夜まで常に傍にいなさい、と。

2010-08-29 05:43:42
とおる6th @windcreator

満月の日に葬儀は行われました。何故か私は、着たこともない綺麗な生地の黒いドレスを着せられ、伝令役の彼の後ろに控えていました。彼は壇上で高らかに「王様は死にました」と言いました。続けて、「されど我が国は死なず、我は十一の賢者より国を任されし者なり」、と。彼は振り返り、私を呼びます。

2010-08-29 05:52:57
とおる6th @windcreator

「十二人目の賢者がここにいる。彼女が証人として我が王位を認めるならば、王冠を私に与えるであろう」彼はそう言って跪きました。私は今までの事とこれからの事を考えました。どうやら暇だと感じていたのはただの勘違いのようです。私は静かに先王の王冠を手に取り、彼にだけ聞こえる声で聞きます。

2010-08-29 06:01:47
とおる6th @windcreator

「何故、私なのでしょうか?」

2010-08-29 06:02:21
とおる6th @windcreator

彼は私にだけ聞こえる声で答えます。「君だけは、城に仕えながら本当に何も知らなかった。私の名も、王子であることも。そして、君は誰よりも知っていた。自分が何も知らないということを。今では、更に知らないと思っている」私には彼がいつもの顔で笑っていることがわかりました。だから、言います。

2010-08-29 06:08:35
とおる6th @windcreator

「私は何も知らない者です。何もかも知りません。ですが、この方の笑い方や怒り方、話し方や教え方を知りました。そして私は、もっと知りたいです。この方がどんな王様になるのか、王様が何をするのか、何のために王様がいるのか。だから、私はこの方に王冠をお預けします。そして、ずっと傍にいます」

2010-08-29 06:12:43
とおる6th @windcreator

葬儀は静かに終わり、彼の言葉と私の言葉を携えた伝令が国中に走っていきました。長様は葬儀を終えた私に深々とお辞儀をした後、頑張りなさい――命令ではないけれど、と初めて笑顔を見せて去っていきました。私は何故かお妃様と呼ばれて彼と同じ部屋に押し込められ、少し途方に暮れています。

2010-08-29 06:19:10
とおる6th @windcreator

煌々と満月が空に昇った頃、新しく王様になった彼は部屋に帰ってきました。色々と王様は忙しいんだ、と言うので明日からは私も一緒に傍にいようと思います。私はいくつか言いたいことがあったのですが、夜も遅いので一つだけ確かめることにしました。「何故私がお妃様と呼ばれるのでしょうか?」

2010-08-29 06:23:53
とおる6th @windcreator

「必要だから。僕には、何もかも知らない君が必要だったんだ。そして、君が『私』の傍にいると言ってくれたから」その答えは、わかりそうでわかりません。妃とは、王の妻のことだったように思いますが、傍にいればそれでいいのでしょうか。彼はいつもの笑顔で私を抱きしめました。「これから教えるよ」

2010-08-29 06:32:48
とおる6th @windcreator

私は今でも何も知りません。あれから彼の傍で多くの人々と出会い、多くを知り、学びましたが、やはり私はまだまだ何も知りません。彼の子を生み育ててもなお、やはり私には知らない事の方が多いままです。それでも、彼の傍で問い続けています。何故なのでしょうか、と。彼は変わらずに笑って答えます。

2010-08-29 06:40:24
とおる6th @windcreator

私の王様は死んでいません。でも、私は知っています。いずれ彼も死んでしまうと。その時までには、私は何かを彼に『教える』ことが出来るでしょうか。何一つ知らなかった私に、何もかもを教えてくれた彼への恩返し。それとも彼は笑って言うでしょうか。あの夜と同じように「傍にいてくれればいい」と。

2010-08-29 06:47:29
とおる6th @windcreator

私にはわかりません。でも――信じています。彼の笑顔だけは、誰よりも私が知っているのだと。

2010-08-29 06:50:46
とおる6th @windcreator

王様は死にました。原因はわかりません。しかし、偉大な王は誰よりも穏やかな笑顔で息を引き取りました。常に傍にいて王を支えたお妃様は、王の死後、旅に出たと聞きますが、行方は知れません。ただ、王様の遺した地図とご自分の日記だけを手に、国中を回って人々を助けているとの噂です――了

2010-08-29 07:03:44