【 #執務室はお茶の時間 その3】なのです前日譚(前編)

いまでこそ良き相棒の提督と初期艦電だが、かつてその間に何があったか 後編はそのうち書く
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蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

やけに無機質で小さな部屋、その中央に置かれた診察ベッドのような所で私は目覚めた 傍らには白衣を着た老年の男性、彼は手元の書類に目を落としている 私が半身を起こすと、それに気付いた彼がこちらを向いて口を開いた 「おはよう、気分はどうかな?『電』くん」 #なのです前日譚

2014-12-03 20:12:23
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「・・・おはようございます」 「うむ、調子は悪くないようだね、重畳重畳」 白衣老人の嗄れた声を聞きながらベッドから降りようとしたところで、自分の右手とベッドの支柱が手錠で繋がれてることに気付く よく見ればベッド自体もボルトで床に固定されている #なのです前日譚

2014-12-03 20:15:28
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「これは・・・?」 「ああ・・・それはまあ、お互いの幸せの為の処置だよ、大して気にすることでは無い」 いや、手錠というのはそれなりに『気にするもの』だと思うのだが そんな戸惑いを無視して老人は続ける 「ところで電くん、君は君自身が何者か分かっているかね?」 #なのです前日譚

2014-12-03 20:19:33
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

その言葉が引き金になったかのように、頭の中に様々な情報が溢れ出した 艦娘という生き物、深海棲艦との戦い、提督という人間、数え切れない艤装、それらを用いた戦い方、暁型駆逐艦である自分 そして、古い古い戦争の記憶 「ええ・・・全て認識しています」 #なのです前日譚

2014-12-03 20:24:40
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「それは良かった!面倒な説明をしなくて済む!」 綻んだ顔の老人を見ながら、しかし私は自分の中にある奇妙な『違和感』に戸惑いを感じていました なるほど私が『電』なのは認識した、しかし同時に私がどうしても『電ではない』ような感覚もあるのだ #なのです前日譚

2014-12-03 20:29:39
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

私のそんな戸惑いに気が付いたのか、老人は綻んだ顔をやめてこちらに向きなおった 「どうやら自分自身の違和感に気付いているようだね、電くん」 老人の眼光が鋭くなります 「私はその説明をするためにここにいる」 #なのです前日譚

2014-12-03 20:33:57
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

老人が説明することには この世界では、深海棲艦と戦う提督のために何体もの『電』が造られている 当然、電だけではなく他の艦娘も同様だ しかし稀に、それぞれの艦娘に定められている本来の『規格』に当てはまらない者が造られてしまうことがある それが、私だというのだ #なのです前日譚

2014-12-03 20:38:42
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

『規格外』となった者は、もうその艦娘として鎮守府に着任することはできない しかしその代わりに、そんな者達だからこそできる特殊任務を、大本営直属の機関の一員として行うことになる 「・・・と、そういうわけで、君にもその機関の一員として働いてもらうわけだ、電くん」 #なのです前日譚

2014-12-03 20:41:35
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「・・・ふたつ、質問をよろしいでしょうか?」 「なんなりと言いたまえ」 「私はどこが『規格外』だったのでしょうか?」 「ふむ・・・それに関しては大きく二点ある、ひとつはその性格だ、本来『電』として持っているはずの性格を君は持ち合わせていない」 「性格、ですか」 #なのです前日譚

2014-12-03 20:43:30
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「そう、性格、本来『電』というのは気弱で大人しい艦娘として規格が定められている、語尾に『なのです』という言葉が付くという具体的なチェック項目もあるくらいだ」 「なのです・・・ですか」 「なかなか面白いだろう?そして規格外である理由の二つ目、それは『戦闘力』だ」 #なのです前日譚

2014-12-03 20:47:18
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「君は駆逐艦としての艤装を扱う能力が定められた値よりも低い、しかし驚くべきことに、逆に艦娘がおよそ使うはずのない別の武器との適性が異常に高いんだ」 「その武器とは?」 「おおまかに言ってしまえば『暗器』として扱われる武器全般だ、こんな規格外は非常に珍しいよ」 #なのです前日譚

2014-12-03 20:50:50
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「なるほど・・・『電』という名と体でありながら、その実ほとんど違う中身というわけですね」 「その通りだ、繰り返しになるが、ここまで大きく規格から外れた個体は非常に珍しい」 「・・・では二つ目の質問をよろしいでしょうか?」 「話したまえ」 #なのです前日譚

2014-12-03 20:52:42
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「そんな私が行うことになる任務とは、なんなのでしょうか?」 「それについては正式に最初の指令が出ているから、まずはその説明をしてやろう」 「お願いします」 「君の最初の任務、それは・・・」 老人が手元の書類を私に手渡します 「1人の『提督』を殺すことだ」 #なのです前日譚

2014-12-03 20:56:13
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

某日、タウイタウイ 標的となる提督の初期艦娘になるべく、私はここにやってきた 私が殺さなくてはならない提督の情報は、既に大本営から聞かされている 名前は確か、そう、『蝦夷貂提督』 無害な初期艦の振りをして提督に近づき得意の暗器で殺せ、という任務だ #なのです前日譚

2014-12-03 21:24:11
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

暗殺が成功したらすぐに大本営に戻り、また新たな任務に付くように、というように聞かされているが、「なぜ提督を殺さなくてはならないのか」という質問に対しては、「敵方に寝返る可能性がある」というフワフワした理由しか返ってこなかった #なのです前日譚

2014-12-03 21:29:02
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

なんとなく釈然としない状態であったが、『規格外』である自分が生きていくためには大本営の指令をこなしていくしか無いのだ、と自分に言い聞かせて歩を進めた しばらく歩き、標的の提督がいる鎮守府の門の前まで辿り着いた 一呼吸して、門を叩く #なのです前日譚

2014-12-03 21:33:47
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「はいはーい、こんにちはー」 出てきたのは軍服姿で眼鏡をかけた1人の男 無精髭のせいで年齢が掴みにくい、若いようにもみえるし中年にも見える、どことなく狸のような風貌だ 左手には何故か湯呑みが握られていて、中のお茶はまだ湯気を立てている、淹れたてだろうか? #なのです前日譚

2014-12-03 21:39:02
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「今日からあなたの書記艦をやる電なのです!どうぞ宜しくお願いします!」 『電』として定められた口調で話すが、相変わらず慣れない語尾だ 「あー!君が電か!ようこそ我が鎮守府へ!といってもまだ何もないんだけどねー、とりあえず上がりなよ」 #なのです前日譚

2014-12-03 21:41:58
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「自己紹介が遅れたね、俺は蝦夷貂、ここの提督をやってる、まだ着任したばっかりだから俺自身いまいちよく分かってないことが沢山あるんだけど、まあ一緒に頑張りましょうや」 愛想は良いが冴えない狸、印象としてはそんな感じだ とても殺さなくてはいけないようには見えない #なのです前日譚

2014-12-03 21:45:07
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

へらへらと笑う提督と他愛もない会話をしつつ、案内されるがままに執務室に通された 「・・・和室?・・・なのです?」 「ああ、俺の趣味というか主義でね、『死ぬときは畳の上で』って決めてるからさ」 そう言ってまた笑う よかったな、その願いを叶えてやろう #なのです前日譚

2014-12-03 21:51:51
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

こんな軟弱な男が敵方に寝返るなど考えにくいが、案外そんな謀をする者というのは表向きはこういう人間を演じるものなのかもしれない そんなことを思いながら、いつこの男を殺すかを考える とうの提督は呑気にお茶など飲んでいる、そんなに好きか、めでたい奴め #なのです前日譚

2014-12-03 21:55:58
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

この三日間ほど蝦夷貂提督の近くで動向を探っていたことで分かったことがある どうやら彼は、私が最初に感じた印象ほど軟弱ではないらしい 「隙あらばさっさと殺す」というスタンスでこの三日間を過ごしていたが、基本的に彼には油断や隙のある瞬間が殆ど無いのだ #なのです前日譚

2014-12-07 15:59:11
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

「ならば寝込みを襲えば」と、深夜に彼の寝室に忍び込もうと思ったのだが、これに関してはますます不可能なことが分かった 彼は寝るときに蚊帳を使っている、これ自体は南方鎮守府だから当たり前なのだが なんとその蚊帳に鈴を付けていたのだ 用心深すぎる #なのです前日譚

2014-12-07 16:04:18
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

そんなこんなで殺す機会に恵まれないまま三日が過ぎたが、その三日間も決して無意味ではなかった 油断も隙も無い彼ではあるが、唯一、お茶を淹れて飲むときだけは気が緩むようなのだ 更にお茶を淹れる瞬間は右手に急須、左手に湯のみ、というように両手が塞がる #なのです前日譚

2014-12-07 16:07:43
蝦夷貂提督@お茶の相手は北上さま @green_teabreak

ここだ、このタイミングしか無い、このタイミングで殺すのだ 提督がお茶を淹れるのは1日に6回 起床時、10時ごろ、昼食時、15時ごろ、夕食時、就寝前だ 私はその中でもまだ体が思うように動かないであろう起床時のタイミングを狙うことにした 決行は、明日 #なのです前日譚

2014-12-07 16:11:03