シムーン感想:後半の岡田麿里と西村ジュンジの交代での脚本は非常に良かった。つまり岡田麿里が徹底的に登場人物の内面に照射、変化を描き、西村ジュンジはそれを受けてカタルシスが有るイベントを徹底的に描く。これが2クール目になってずっと続く。
2010-03-07 04:30:56シムーン感想:そして、岡田麿里登場(12話)からの残り14話という話数は、コール・テンペストの人数に非常に効率良く割り振ってあった。具体的に言うと、12~16話の4話でリモネ、ドミヌーラの2人を異世界に送り、それによってより人物の内面に接近出来るようになった。
2010-03-07 04:33:50シムーン感想:また、16話において2人を異世界に送る(正確にはタイム・トラベル的なものだが)事による視聴者への刷り込み、アムリアの伏線を回収という効果もあった。
2010-03-07 04:35:19シムーン感想:前にも呟いたが、マミーナの心理変化=友愛の精神の誕生→素直な願望の吐露→戦闘→選択を迫られる→友愛の精神の誕生ゆえの死による他者の救済という決断→死を迎える→アーエルの死への感情の吐露へとつながる所はゾクゾクした。
2010-03-07 04:39:03シムーン感想:で、あれがそれまで中身がすっからかんだったアーエルの弱みをネヴィリルと視聴者見せた所が、アーエルの人間性(感情)の付与にもなっている所も良かった。あれで一気にアーエルの内面部分の掘り下げが可能になったと言える。
2010-03-07 04:41:33シムーン感想:また、岡田麿里の脚本がキャラクターにもたらす「身体性・女性性のリアリティの付与」は、人間全員が女性として生まれ、後に性別を選択するという世界観と呼応してより精度を濃いものにしているのではないか。
2010-03-07 04:44:25シムーン感想:ここで最初の方に戻る。つまり岡田麿里の女性性の強調と、物語的な快楽をもたらす西村ジュンジの二人が弁証法的にアウフヘーベンした結果として『シムーン』という優れた作品が誕生したと言える。
2010-03-07 04:46:47シムーン感想:ちなみに最終話は若干蛇足の部分があった。「永遠の少女」の強調の為に「成長する身体」を描いているのはいいけれど、そう対比するならば、最終話でやたら前面化していた後者と同じくらいには前者の方も物語的に押し出す必要があったかもしれない。
2010-03-07 04:50:03シムーン感想:そうすることによって両者のコントラストを強くし、『シムーン』自体のメッセージ性も強くなるのではないか。
2010-03-07 04:51:49シムーン感想:言うまでもなく『シムーン』におけるメッセージは、否応なく訪れてしまう「思春期における成長してゆく身体」を受け入れつつも、その中で「その時にしか感じ得なかった何か」を特別なもの、永遠のものとして登録するという、まさに「物語」に他ならない。
2010-03-07 04:55:14シムーン感想:その意味において、『シムーン』とはつまり物語を語るメディア自体を、メタ的に描いた作品とも言えるのではないか。
2010-03-07 04:59:30シムーン感想:つまり『シムーン』は、90年代の「エヴァ」「ナデシコ」系列のアニメ群のような、メタ的な疑問(「アニメとは、オタクとはetc」の雰囲気そのものを作品内物語に取り込むという自問的な手法を継承しているとも言える。
2010-03-07 05:01:11シムーン感想:少女たちは作品内において、私たちの世界がこうあった「かも」しれない、あるいはこうあって「欲しい」という願いと共に「翠玉のリ・マージョン」に賭ける。つまり「翠玉のリ・マージョン」がもたらす「かもしれない」の可能性は、美少女ゲームのシステムに繋がる部分がある。
2010-03-07 05:07:01シムーン感想:つまり「翠玉のリ・マージョン」は現時点の保守可能性と再生可能性、つまり「セーブ」と「ロード」の概念を担保している。それは時間が否応なく流れる現実の世界において、誰しもが望むであろうシステムを顕在化させたものであるが故に、少女たちはテンプスパティウム=神に祈るのだ。
2010-03-07 05:11:10シムーン感想:という感じで、僕の『シムーン』の感想はこんな感じです。何か意見があればリプライ下さい。長文ポスト失礼しました。あと、一連のポストはtogetterにまとめます。良い作品でした。
2010-03-07 05:13:08@kain1173 興味深い感想でした。岡田麿里脚本では「かけがえのない時間は永続しない」ことが必ず明示されますが、作中ではかけがえのなさそのものがドラマとして描かれる。このことは様々なインタビューで語られていますが、『シムーン』は戦争の行方が後景に退くのでそこが明確だと思います
2010-03-07 05:23:31@yishioka 返信ありがとうございます。僕は『シムーン』における戦争は「いつか終わりゆくもの」つまり人生自体を圧縮して少女に見せるギミックとして描かれており、そして実際に和平調停を結んで終わってしまいますが、(続きます。すいません!
2010-03-07 05:31:18@yishioka その始まり→終わりの物語内の小さな物語が少女たちに「いつか終わってしまう」人生について更に深く考えさせることになり、より「永遠のなにか」への願望を強くするものとして機能していると考えています。『シムーン』における戦争は、その意味でも非常に効果があったと思います
2010-03-07 05:33:16@yishioka 長々とリプライしてしまい、申し訳ありませんでした。拙い文章を読んでいただき、ありがとうございました。
2010-03-07 05:33:50@kain1173 いえいえ。その通りだと思います。そしてリ・マージョンの重要性もそうした「願い」に由来しています。ご存知かもしれませんが『PLANETS』6号の岡田麿里インタビューでそのへんについて語られています。
2010-03-07 05:41:28@yishioka 情報ありがとうございます。確かにリ・マージョンについて言及するのを忘れていました(汗。「PLANETS」の6号は未読なので、通信販売で購入後、読んでみようと思います!
2010-03-07 05:48:07シムーン感想追記:「リ・マージョン」についても、先程の始まり→終わりとして挙げた『シムーン』という物語の中の物語である「戦争」、の更に内側の物語=『シムーン』の本質的な構造を引き出す為の「踊り」による刻印の生成という物語として機能しているのではと考えています。
2010-03-07 05:53:39シムーン感想追記:つまり始まりと終わりがある物語すなわち「舞踊」、によって刻まれる永遠の「紋章」。逆説的に言えば、始まりと終りがある=時間が流れるところでしか、永遠は存在出来ない。そうした構造が、舞踊→紋章によって端的に示されているのではないか。
2010-03-07 05:58:50