海賊と王女の話

ほぼ自分用
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けっと @myonyomu

@sq_tale 「丁度良かった。オマエ、本読むだろ」 と、『機械の女』は言った。 彼女はいつだって唐突だ。ご飯の時も、甲板の掃除を命ずる時も、船の進路を決める時だって、唐突に、なんの前触れもなく決めてしまう。 私はそれが苦手だった。

2015-06-30 01:50:09
けっと @myonyomu

@sq_tale 今この瞬間だってそうだ。私はただ、物資の搬送確認を終えたことを伝えに彼女の部屋に入っただけなのに、彼女はまたいつもの思い付きで私の仕事を決めようとしている。 だらしなく組んだ脚を机に乗せ、椅子を揺らしている彼女には、きっと、配慮というものが存在していないのだ。

2015-06-30 01:53:53
けっと @myonyomu

@sq_tale 実際に、彼女は私のほうを見ることもなく、不躾に言いはなったのだから、的を得てはいよう。正確には、片手に持った古めかしい本越しに私のほうを向いているのだが。 「ええ、少しなら」 「ん」

2015-06-30 01:56:39
けっと @myonyomu

@sq_tale 彼女は本を少し下に下ろすと、ちら、と、こちらに目線を合わせた。 大きな黒縁の眼鏡をかけている。絶望的なまでに似合わなかった。 まったく。 この女を『機械の女』ジュリエッタと呼んだのは一体誰なのだろうか。 こんなに人間味のある人なぞいないというのに。

2015-06-30 02:00:07
けっと @myonyomu

@sq_tale 「この本なんだけどさぁ、何書いてあるのかまったくわかんないんだよね」 彼女はひらひらと本を上下に振りながら言った。その表情はもう見るのもうんざり、といった様子だ。 「先日乗せた考古学者の方に見せれば良いじゃないですか」 「あいつぁ降りたよ。今さっきな」

2015-06-30 02:04:09
けっと @myonyomu

@sq_tale 人の流れも確認しとけよ、と、彼女はへらへらと笑いながら言う。 貴女の一存で減ったり増えたりする乗員をいちいち数えてられません、と、喉まで出かかる言葉をぐっと抑えこみ、私は答えぬまま腕を組んだ。 「それに、アイツにゃムリだな。専門の言語体系と違いすぎる」

2015-06-30 02:07:42
けっと @myonyomu

@sq_tale ではなぜ私に、と言いかけたところで、本の表紙に目が行った。 煤けて見辛いが、しかし、見覚えのある言語だった。 「……Das Logbuch 」 「そ、航海日誌だ。オマエんとこお抱えだった海賊のな。報告の義務なんて適当に済ましゃいいのに、律儀なこったな」

2015-06-30 02:16:54
けっと @myonyomu

@sq_tale 私の国ーーもう別の国となっているがーーは、少々特殊な国で、周囲を海で囲まれた島国であるものの、常備軍として海軍を持っていない国だった。 ではどうやって防備を整えるかというと、必要になった際に近辺の海賊と契約を結び、防衛軍とする体制を取っていた。

2015-06-30 02:21:13
けっと @myonyomu

@sq_tale 無論、戦の際には通常の軍とは比べ物にならないほどの私掠行為が横行する。それを見逃すこともまた、言外ではあるが、契約のうちに入っていた。 また、戦以外でも、利害関係にある国の海域での私掠行為すらも見てみぬふりをし、自らの手を汚さず国力を削る施策をとっていた。

2015-06-30 02:28:20
けっと @myonyomu

@sq_tale 「あの国の女王は悪鬼である」などと、どこに行っても聞かされた。 当たり前だろう。 周辺国家との良好な関係を築くそぶりすら見せないようなその施策は、まさに悪魔の所業に等しい。 女王ーー母は、言わせておけ、と笑っていたけれども。

2015-06-30 02:31:34
けっと @myonyomu

@sq_tale その海賊のうちの一人、水上では敵無しと言われた機械の女が持っているその航海日誌は、どう見ても彼女が書いたものではない。他の海賊が書いたものだろう。 母はあらゆる権限を海賊たちに与える代わりに、いくつかの義務を強いた。その一つが、航海日誌の提出だった。

2015-06-30 02:35:08
けっと @myonyomu

@sq_tale 「オマエんとこの言葉ほんとわかんねえんだよ。ヒルダのヤツ、内容秘匿のためかなんだか知らんが、公用語でもいいだろうが。しかも律儀に暗号なんて使ってやがる」 「で、私なら解読できると」 「ヒルデちゃんは察しがいいねえ」 にっ、と、彼女は悪戯をする子供みたいに笑った。

2015-06-30 02:39:47
けっと @myonyomu

@sq_tale ……無茶を言う。 大体、王族だからといって、母が使っていた暗号なんてわかるわけもない。そもそも、それはきっと文官の誰かが作ったものだろうし、今や散り散りになった彼らを探した方が手っ取り早い。 ……きっと、彼女にそう言ってもオマエがやれの一点張りだろう。

2015-06-30 02:44:17
けっと @myonyomu

@sq_tale 「……わかりました。気は進みませんが、やってみます」 「助かるわ。んじゃ、あとよろしく」 機械の女はそう言うと、猫のようにしなやかに身体を起こして、机の上に立ち上がった。 「ほい」 ひょい、と、まるでボールを投げるかのように私に日誌を投げて渡す。

2015-06-30 02:48:09
けっと @myonyomu

@sq_tale 「何かわかったら報告すること、あと、"ロッカー"……オマエの国じゃ何て言うかわからないけど、そんな感じの単語があったらその辺見とくこと」 「了解(ヤヴォール)」 「固いんだよオマエんとこの了承はよ。あいよ、とかでいいじゃんか」

2015-06-30 02:54:46
けっと @myonyomu

@sq_tale 彼女は机から飛び降りると、ぶつぶつと文句を言いながら部屋から出ていった。 まったく。 文句を言いたいのはこっちの方だ。

2015-06-30 02:56:12
けっと @myonyomu

@sq_tale さて、と。 不躾に渡された分厚い書物の表紙を開くと、黴のような、埃のような、つんとした匂いが鼻筋を焦がした。 嫌な匂いでは、ない。かつて城にいたころ、古いお伽噺を開いたときのことが、頭をよぎる。 物語の始まる匂いだ、と、誰かが小声で囁くような感覚があった。

2015-07-06 00:50:05
けっと @myonyomu

@sq_tale 一枚、二枚とページをめくる。異常なし、異常なし、異常なし……事務的な報告、そして、風向きと海流、今後の進路。時折、酒が飲みたい、という愚痴。 半分ほど進んでも、内容は変わらない。 「……」 はっきり言おう。 時間の無駄だ。 これ以上読み進めても、きっと何もない。

2015-07-06 00:54:46
けっと @myonyomu

@sq_tale そんなことを思っていたから、 「風馬ノ月12日 灰焦がしだ。21-74-7。群がっている。ロッカーか?」 この文章を見つけたのは、偶然か、はたまた運命か何かが悪戯をしたのだろう、と思う。 だって、私はそのページで調査を打ち切ろうとしていたのだから。

2015-07-06 01:03:00
けっと @myonyomu

@sq_tale そんなことを思っていたから、 「風馬ノ月12日 灰焦がしだ。21-74-7。群がっている。ロッカーか?」 この文章を見つけたのは、偶然か、はたまた運命か何かが悪戯をしたのだろう、と思う。 だって、私はそのページで調査を打ち切ろうとしていたのだから。

2015-07-06 01:03:00
けっと @myonyomu

@sq_tale そんなことを思っていたから、 「風馬ノ月12日 灰焦がしだ。21-74-7。群がっている。ロッカーか?」 この文章を見つけたのは、偶然か、はたまた運命か何かが悪戯をしたのだろう、と思う。 だって、私はそのページで調査を打ち切ろうとしていたのだから。

2015-07-06 01:03:00