人造究極生命体のダイエット計画【短編】

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――人造究極生命体のダイエット計画

2015-07-12 16:19:37
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浅いプールが部屋の中に広がっている。緑色の培養液だ。深さは10センチ程度。滑り止めの施された通路が格子状に渡されている。赤や青や緑のチューブがいたるところに張り巡らされたここは、ルーデベルメ工廠の人造胚培養施設だ。まだ研究段階であり、情報は極秘である。 1

2015-07-12 16:24:18
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人造胚とは、虚兵計画の根幹をなす研究分野である。最強の兵士を人工的に量産する虚兵計画。いままでその素体は人体実験によって一般人を改造する他なかった。それはあまりにも非効率であり、失敗のリスクを伴い、品質のばらつきを生む悩ましい問題であった。 2

2015-07-12 16:27:56
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そんなわけで、人造胚とは虚兵の素体を人工的に大量生産するという大事な技術である。現在管理している人造胚は3つ。コードネームはオットー、ソフィア、カレン。男性型一人に女性型二人である。彼らの先輩はみな寿命を迎えている。今回はその一人、ソフィアの話である。 3

2015-07-12 16:32:21
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研究チームリーダーのガダルは研究員たちをその培養室に集めていた。視線の先には照れ笑いを浮かべるソフィア。研究員たちは気まずそうにプールに浸かるソフィアを見下ろす。人造胚は手足の無い、人間のトルソと頭、そして髪の毛だけのシンプルな生き物だ。たくさんのチューブと繋がれている。 4

2015-07-12 16:35:51
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ソフィアの美しい銀髪。そして深紅の瞳には3つの瞳孔があり、レーザーのような光線がぴかぴかと飛び出す。人造胚の特徴だ。それは見る者に畏敬の念を抱かせる。まるで神の使徒のような崇高さすら纏っている。問題はソフィアが……明らかに、太り始めているのだ! 5

2015-07-12 16:40:06
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ガダルは研究員に向かって言う。「みんな、そろそろ私も我慢の限界だ。最初は体調の僅かな変化かと思ったが……これは明らかに太っているんじゃないか? 人造胚の食事は完全にコントロールされている。ということは、誰かがご褒美のシロップを彼女にやたらと食べさせているということだ!」6

2015-07-12 16:43:15
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研究員たちは慌てて弁明する。「そんな!」 「やってません!」 「無実です!」 ガダルはソフィアに聞く。「どうだ、誰がやったか話す気になったか?」 「ソフィア、しらないもん」 ソフィアは答えない。その方が彼女にとって得なのだ。ただプールに浸かるだけの毎日。 7

2015-07-12 16:50:23
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そんな毎日の中で、ご褒美として貰える香料付きシロップは人造胚にとって唯一の人生の楽しみなのだ。ありがたい「協力者」を裏切る真似はするまい。ガダルは再び研究者たちを見た。「よろしい。だが、私は確実な証拠を握っているのだ。いま正直に告白すれば、減給は勘弁してやろう」 8

2015-07-12 16:56:14
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研究員たちに動揺が走る。この中に、犯人がいるのだ。ソフィアの表情も曇る。恩人の「協力者」がいま断罪されようとしているのだ。「皆にバレるのが怖いか? だが、罪を認めるのは紳士として当然の行いだ。さぁ、あと10秒待とう。自分がやったと白状するのだ」 9

2015-07-12 17:01:04
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やはり、誰も口を開かなかった。気まずそうな目で互いの顔色を窺うばかりだ。ガダルは10を数え終えた。「よろしい。では、向こうのモニターを見ろ」 そう言ってリモコンを操作してモニターに動画を再生する。それは隠しカメラに撮られた動画だった。一同に動揺が走る。 10

2015-07-12 17:05:03
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隠しカメラは暗視モードで撮影を続けていた。やがて暗い培養室の扉が開き、誰かが中に入ってくる。ペンライトを手に、周囲を警戒しながら歩く若い女性研究員……全員の視線が彼女に集まる。彼女は自分が隠しカメラに撮られていたことを知って、ガタガタと震えていた。 11

2015-07-12 17:08:42
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「い……異議ありです!」 「何が違うのかね? こうして証拠がはっきりと残って……」 「違います! 犯人は他にもいます!」 「何!?」 女性研究員は他にもシロップを与えていた者がいると言う。それは犯人ならではの、「同業者」の気配を察知していたということだ。 12

2015-07-12 17:14:33
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「おかしいと思ったんです。ばれないように、ちゃんとカロリー計算して太らない量のシロップを上げていたんです。私が怒られるならいっしょに断罪されてもらいます」 そう言ってポケットから写真を取り出す。彼女の独自調査の資料だ。意味深なミーティングに全てを悟って持ってきたのだ。 13

2015-07-12 17:17:26
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シロップボトルの写真にはっきりと指紋が映っていた。もう一枚の写真は指紋データだ。何かあったときのために、職員は指紋データを提出しなければならない。二つの写真が示すもう一人の犯人とは……。「指紋をふき取ったボトルから後日検出しました。その間は使われていないはずです」 14

2015-07-12 17:21:06
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「ね、ハスル君」 女性研究員はハスル……いちばん若い新人研究員を見る。まるで心臓を突き刺されたようにハスルの身体が震えた。二枚の写真は指紋がハスルのものだと示していた。つまり、ハスルがボトルを使ったのだ。「ず、ずれていたから直したんですよ。几帳面で……」 15

2015-07-12 17:23:44
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「1週間連続で?」 さらに写真を出す。ハスルは観念した。だが、タダでは観念しなかった。「そっちなその気なら、俺だって証拠がある。聞け! この録音機を! ソフィアとの会話がしっかりと納められて……」 「何を! それなら俺だって……」 「私だって!」 16

2015-07-12 17:27:42
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とうとうその矛先はガダルへも向けられた。「あれ、この証拠って……」 「これリーダーじゃない?」 「本当だ! リーダーもシロップあげてたんじゃないか!」 「自分もやっておいて犯人探しか!」 「卑怯者! 卑怯者!」 「ということは……全員あげてたんじゃねーか!!」 17

2015-07-12 17:30:49
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ガダルは白状する。「すまん……俺は人造胚たちの笑顔が……シロップをもらって喜ぶ顔が嬉しくて……つい……でも、太るのは健康に悪い。まぁ、今回は皆の人造胚への愛を鑑みて、水に流そうじゃないか。誰も罪には問わない。いいね?」 18

2015-07-12 17:33:44
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しかし皆は騙されなかった。「リーダー卑怯! 自分がやり玉に挙がった途端、水に流すって……」 「罪をなすりつけようとしたくせに!」 「卑怯者! 卑怯者!」 「卑怯リーダーよ!」 「やめてえええええ!!」 ソフィアの声。ソフィアは赤い涙を流して訴えた。 19

2015-07-12 17:36:58
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「ソフィアがわるいこだから! ソフィアおやつがまんするから……けんかはやめてぇ!」 それを聞いた研究員たちは我に帰り、みな涙を浮かべてソフィアに謝った。そして、やはり全ては水に流すことになったのだ。 20

2015-07-12 17:39:48
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そして人造胚におやつのシロップを上げる係は当番制になり、人造胚が見ている前では喧嘩することをやめて平穏な日々に戻ったという。 21

2015-07-12 17:42:51
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――人造究極生命体のダイエット計画 (了)

2015-07-12 17:43:20