ヴォイドアクセラレーター#1 追い込まれた部屋◆2
_ゼミールはボロボロのソファの上で目を覚ました。いつの間にか毛布が掛けられている。ソファも毛布も油が染み込んでいたが、不思議と今日は柔らかく暖かく思えた。 「ミシュス……何しているんだ?」 目に飛び込んだのは、助手の奇妙な姿。 11
2016-07-17 21:26:56_実験室の真ん中にマットを敷いて胡坐をかいている。そして半眼で静かに呪文を唱えていた。身を起こしたゼミールに気付いて、ゆっくりと顔をこちらに向ける。 「何って……予知の練習」 ミシュスは良い予感がするという。ゼミールは寝起きのコーヒーを入れようと、棚を漁った。 12
2016-07-17 21:32:11「いい予感か……何だろうな」 「きっと例の実験をすると、成功するってことだよ」 ゼミールの手が止まる。しばらく逡巡した後、コーヒーの壺を見つけて棚から取り出す。手のひらサイズのコーヒー壺をじっと見つめるゼミール。 「いつかは、やらなくちゃな……」 13
2016-07-17 21:37:42_ためらっている一つの実験があった。まず、ヴォイドアクセラレーターは疑似的に魔法陣を構築する技術である。 魔法陣と言うのは、魔法使いが何でも自分の思い通りにできる空間である。それを魔法を使うことなしに実現しようというのだ。暗黒物質ヴォイドを利用して。 14
2016-07-17 21:44:25_魔法陣内部では、魔力が異常な加速状態にある。それは魔法使いの高度な感情によって引き起こされるが常人には無理だ。そこでヴォイドアクセラレーターがこれを実現する。そのためには一つの実験が必要だった。 すなわち、ヴォイドを利用した魔力加速実験である。 15
2016-07-17 21:48:59「魔力の加速実験は危険だ……ヴォイドの精製が不十分かもしれない。それに未知の領域が多い魔力を強制的に加速させたら、何が起こるか分からない」 「それをわたしがやれば、一番いいんじゃない?」 ミシュスはまるで掃除当番のように気軽に言う。ゼミールにもそれは分かっていた。 16
2016-07-17 21:53:52「いいのか?」 「いいよ。どうせ、被験者を雇うお金もないんでしょ?」 それを聞いたゼミールは内心喜んだことに愕然とし、しばらく目を伏せて言葉を出すこともできなかった。魔力がもし暴走して何かが起こったら? それの保険のために雇用費用はどうしても高くなる。 17
2016-07-17 21:59:00「今からがいいよ」 コーヒーの壺を持ったまま何もできなくなったゼミールをよそに、ミシュスはてきぱきと準備を始めた。試作のヴォイドアクセラレーターを引っ張り出し、調整をする。 それは、黒い半球がついた革製の小手の形をしている。 「嘘だろ?」 18
2016-07-17 22:03:12_ミシュスはヴォイドアクセラレーターを両手に装着し、計器のスイッチを次々と入れていく。 「大丈夫、わたしがあなたの止まった時を加速させるから。だって、今日はよい予感がするんですもの……さぁ、ヴォイドアクセラレーター、起動!」 両手を掲げるミシュス! 19
2016-07-17 22:08:06_慌てて止めようとするゼミール。しかし、その動きはあまりにも遅く……それが実験を求める自分の内心を感じさせる。 次の瞬間ミシュスの身体が黒いカビに包まれて、一瞬で消滅した。コーヒーの壺が落ちて割れる。後に残ったのはミシュスの服と……1対の小手だけだった。 20
2016-07-17 22:13:34【用語解説】 【予知】 世界には運命があり、それを垣間見るのが予知である。世界の運命を司る秩序の神々と運命を捻じ曲げる混沌神の、パワーバランスと予知者への影響力によっては失敗することも多々ある。予知を行う際のペナルティとしては、自分の運命が混沌側に傾いていくというものがある
2016-07-17 22:21:02