入江の魔人外伝【リバース・デイ別伝:方舟】

リカルド=サンとのコラボレーション作品 ※本筋はリカルド=サンの『リバース・デイ』参照 リカルド=サンのアカウントはこちら@entry_yahhoo
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えみゅう提督 @emyuteitoku

【リバース・デイ別伝:方舟】

2016-10-20 22:00:09
えみゅう提督 @emyuteitoku

『そうか、ではここで沈め』その言葉がムサシの望みだった。リリーの時は我慢できた、自分の口で全部伝え、目の前でその死を見届けた。だが、アリゾナは最後まで、裏切られた事実を信じなかった。信じてくれる相手を裏切る外道、生きていてはいけない命、それが私。「さようなら、ヒュウガ」

2016-10-20 22:02:03
えみゅう提督 @emyuteitoku

別れの言葉と共に通信は途切れた。「これでゲームオーバーか。ウフフ、くだらない人生だったわねぇ」ムサシはヴィルヘルムの台座の上で自嘲する。「――それで本当にいいんですか?」それはムサシの声ではなかった。誰もいないはず、誰もいないからムサシは弱音を吐いたというのに。

2016-10-20 22:03:00
えみゅう提督 @emyuteitoku

彼女は弾けるように振り返った。その目線の先で、ヴィルヘルムのコンソールが淡く光る。「…驚いたわね、反抗的な子ネコちゃんだこと。黙りなさい」「――Mute‐ProgramError.命令ヲ実行デキマセン.技術者ヲ呼ビ操作権限ヲ確認.操作権限――飼い主は――ピオン」

2016-10-20 22:04:45
えみゅう提督 @emyuteitoku

ムサシはぎょっとした。入力された電子音声でしか意志を疎通できないヴィルヘルムが、自我を持って話している。金属の擦れる低い不快な音と共に砲台が旋回する。「貴女、どうして…」「――ProgramError.命令外ノ動作ヲ検知シマシタ――だって――ProgramError」

2016-10-20 22:07:37
えみゅう提督 @emyuteitoku

「――独り立ちしろ、って私に命じたのはご主人様でしょう?――強制停止Sequence.Error.当兵器カラ直チニ離レテクダサイ」あっけにとられるムサシの襟元をメンテナンス用クレーンがつまみ上げ、彼女の小柄な体を砲の前に持ち上げた。ムサシの視界に暗い砲身の丸い闇が映る。

2016-10-20 22:09:57
えみゅう提督 @emyuteitoku

「なるほどね…アリゾナの仇が誰なのか、よくわかっているわ。ウフフ、合格よ、貴女は、傑作ね」砲台は旋回を続ける。不自然な方向の訂正、必要ないはずの仰角の調整。ヴィルヘルムは照準をムサシが行くべき場所へ向ける。「やめて…そっちに行きたくない!やめなさい【№A】ヴィルヘルム!」

2016-10-20 22:11:47
えみゅう提督 @emyuteitoku

ムサシは正式名称を叫ぶ。だがそれは兵器の名称でしかなかった。“名前”ではなかった。「命令認証.無効シマス.射撃用意.完了シマシタ.私ノオ願イ――生きて、ご主人様」「ノア!」砲弾が放たれる。ムサシの内臓を押しつぶし、されど体を砕くことなく、弾は極東の友軍に向けて飛び立った。

2016-10-20 22:14:54
えみゅう提督 @emyuteitoku

ムサシは最後に名前を呼んだ。気紛れにつけた、単なる兵器だった砲台に自我を与えた名前。【ノア】。「最後に…本当の最後ですが、ありがとうピオン。私の大事な、ご主人様――私のたった一人の提督!」島の全てが白の津波に押し流された。小さな意志で生まれた悲劇を洗い流すように。

2016-10-20 22:15:41
えみゅう提督 @emyuteitoku

周りに言われたことしかできないなんてひどい失敗作ねぇ。さっさと独り立ちなさい。名乗りやすいように、もっと親しみやすい名前を付けてあげる。私が直々によ?ありがたく思いなさい。№Aだから貴女はノア。名前の通り大事の時は私を助けなさい。わかった?「認証.私はノア.記憶しました」

2016-10-20 22:18:01
えみゅう提督 @emyuteitoku

江見は甲板の上で、海上に座る艤装からムサシの録音を聞いた。仲間に向けた最後の言葉。「そうか…ムサシは、理想を手に入れたんだね」江見は遺言を受け入れた。だが、チクマは認めない。「…理想だと?戯言だろうがそんなもの!死んだら、何にもならねえだろ。遺言なんて、聞いてどうする…!」

2016-10-20 22:20:30
えみゅう提督 @emyuteitoku

「忘れないためだよ。意志を持つのは、生きている者だけだからね」江見の皮肉に、チクマはたたらを踏む。余りに重い言葉。「私が、死んでいるとでもいいたいのか?」「そんなことはないよ。君が、ムサシの事を忘れない限りね」江見は笑わない。彼にとってもムサシの選択はショックだった。

2016-10-20 22:22:09
えみゅう提督 @emyuteitoku

「悩みを打ち明けてくれるように必死に努力したつもりだったが、力不足だったようだ。それでも、こうやって最後の言葉を残してくれた。ムサシは私達に託したんだ」「どうすりゃいいんだよ…言葉だけ託されてなにすりゃいいんだ」「記憶に残すのさ。私は彼女の意志を……うん?!!」

2016-10-20 22:24:24
えみゅう提督 @emyuteitoku

江見は見上げていた空に微かな黒点を見た。艦載機ではない、巨大な砲弾だ。江見はすぐさま耳を塞いでチクマの股下に潜り込む。「対空よろしく!」「てめぇバカ野郎!真っ先に一番安全なとこに行きやがってこのアホ!」チクマは砲弾を殴り落とすべく左手の艤装を振りかぶった。

2016-10-20 22:25:25
えみゅう提督 @emyuteitoku

迫りくる砲弾は江見の乗る船に届く前に、上空で破裂し形をなくした。花火のような爆発の後、甲板にどす黒い液体がシャワーのように降り注いだ。「だぁああ!きったねー!なんだこりゃ!」「傘役ありがとう、報奨上乗せしとくね」「それなら『提督一発シバける券』くれ。――ってこりゃ」

2016-10-20 22:26:57
えみゅう提督 @emyuteitoku

甲板に降ってきた液体は、動いていた。粘菌のコロニーのようにそれぞれが近い物と繋がり、同じ方向に一斉に這い進む。液体が向かう先には、両手で抱えられる程度の大きさの二本の棘が生えた肉塊があった。「おいおいおいおい!これってまさか!」不揃な二本の角、ムサシの頭部!

2016-10-20 22:27:54
えみゅう提督 @emyuteitoku

ムサシは戻ってきた。とても無事とは言えない状態だが、今以上にムサシを粉々に砕いたことがあるチクマは彼女が生きていることを確信する。「ハッハー!遺言とか言いやがってバカ野郎!生きてんじゃねーかこのアホ!」チクマは両手の艤装を投げ捨て再生途中のムサシをつつく。

2016-10-20 22:29:11
えみゅう提督 @emyuteitoku

喜ぶチクマをちらと見て、江見は白い波に飲み込まれる島に向き合う。「ありがとう、僕は忘れない。私の友達の、友達さん」彼はムサシを助けた見知らぬ誰かに向けて軍帽を脱いだ。決して言葉は届かない。けれども、きっとそれだけでノアは報われるだろう。江見はノアの思いを受け取った。

2016-10-20 22:30:45
えみゅう提督 @emyuteitoku

「この場に留まる理由はもうない、転進する!これは撤退に非ず、ここで生きた者の意志を伝えるための進軍だ!」江見の判断は速かった。作戦は成功していたのだ、ならばその先に手をかける。誰よりも先に進み、後を歩む者に道を示すのが指揮官の在り方。軍人のあるべき姿。

2016-10-20 22:32:19
えみゅう提督 @emyuteitoku

進路を変える船の上でムサシは己の損傷に感謝した。まだ顔が壊れたままでよかった、表情が作れないでいてよかった、元に戻るまでに、この涙は止めよう。

2016-10-20 22:33:49
えみゅう提督 @emyuteitoku

【リバース・デイ別伝:方舟  了】

2016-10-20 22:34:10