入江の魔人外伝【リバース・デイ別伝:裏切りの砲弾】

リカルド=サンとのコラボレーション作品 ※本筋はリカルド=サンの『リバース・デイ』参照 リカルド=サンのアカウントはこちら@entry_yahhoo
1
えみゅう提督 @emyuteitoku

入江の魔人外伝【リバース・デイ別伝:裏切りの砲弾】

2016-10-15 00:49:44
えみゅう提督 @emyuteitoku

生家を焼き、親友を殺め、ムサシが向かったのはパールシティに残る最後の爆破対象。「花火が見たい」という自身の我侭で作らせた試製自立型艤装№A、ヴィルヘルム。有効射程100㎞を越える長距離砲である。「そのままにして置いたらマズイと思って来てみれば…ひどいものね」

2016-10-15 00:50:59
えみゅう提督 @emyuteitoku

ムサシが目にしたのは赤サビと緑のコケ、それに茶色のツルが巻き付いた全長30mの巨大艤装だった。失敗作が行き着く当然の姿があった。「そういえば、貴女も聞き分けがない子だったわねぇ」ヴィルヘルムはその巨体こそピオンの我侭で設計されたものだが、本来は自立艤装開発の一環にあった。

2016-10-15 00:52:38
えみゅう提督 @emyuteitoku

深海棲艦は決して逆らわない従順な駒を求めた。巨大な設計で広く開いたスペースに中部拠点の技術の粋を詰め込んだ。そして、出来上がったヴィルヘルムには『全て指示通りに動く』だけしかできない自我が宿っていた。自我を宿す計画は成功し、戦術の目的は果たされなかった。開発は失敗だった。

2016-10-15 00:54:34
えみゅう提督 @emyuteitoku

しかし、全てが無駄に終わったわけではなく、固定砲台のノウハウは後に極東の友軍へ送付され、小型沿岸防衛砲塔設計の足掛かりとなる。全てが無駄ではなかったからこそ、解体されることすら許されず、錆び付いた醜態をさらし続けていた。「こんな薄汚いガラクタ、壊すまでもないわね、ウフフ」

2016-10-15 00:56:08
えみゅう提督 @emyuteitoku

「――Engage」ムサシの癖のある嘲笑を合図とするように、ヴィルヘルムのコンソールに灯りがつく。誰も廃棄すると命令しなかったからヴィルヘルムは壊れなかった。「まあ、生き汚い。不快よ失敗作、黙りなさい」「Mute認証.AutoGuidance不使用ニヨル誤操作ニ注意クダサイ」

2016-10-15 00:57:51
えみゅう提督 @emyuteitoku

ムサシが気紛れに口にした嫌味に、ヴィルヘルムは命令通り対応する。「あら律儀ねぇ…って、これ昔やったわね。ウフフ、私も貴女も変わってないわ。そうそう、あの時は…リリーが解除したのよね。後ろから走ってきて、音声案内をしてくれ、って」「Mute解除」「そうそうこの流れ!ウフフ!」

2016-10-15 00:59:05
えみゅう提督 @emyuteitoku

記憶通りのアナウンスを連ねるヴィルヘルムがおかしくてムサシは笑った。普段ならば飼い主につられて飛び跳ねるムサシの艤装は無線操作モードにあり、指示がなければ動かない。彼女の記憶の中にある後ろに立つ友人もいない、もう生きていない。彼女は、今は一人で笑いたかった。

2016-10-15 01:01:27
えみゅう提督 @emyuteitoku

「ウフフ、ああ可笑しい。失敗作を見ていると笑いが止まりません――っと」ムサシは、はたと緩んだ口元を隠すように手を当てる。「いけませんわぁ、ちゃんとお仕事しないとね」ムサシの額の角型電探が各艦隊の通信を拾い上げる。海に点々と広がる位置と、被害状況がムサシの知覚に書き込まれる。

2016-10-15 01:04:13
えみゅう提督 @emyuteitoku

「…どちらに傾いているというわけではないか。なら艦娘陣営劣勢ね」ムサシは拮抗する戦場を艦娘不利と判断した。自身が迎撃を主体とする六甲に属するからこそ、彼女は防衛線という城を崩すことの難しさを知っている。戦況を拮抗させてしまった艦娘陣営の敗北は見えていた。

2016-10-15 01:06:29
えみゅう提督 @emyuteitoku

「さあ、誰が英雄になるのかしらねぇ、ウフフ」『ピオン!返事をしてくれ!』「ん?!ああ、はいはい、こちらピオン、ってアリゾナじゃない」したり顔で戦況を眺めるムサシに、突如アリゾナからの通信が入った。『無事だったか!基地の機能が急に低下してしまったんだ。それに――』

2016-10-15 01:07:58
えみゅう提督 @emyuteitoku

『戦艦棲姫が…リリーが応答しないんだ。嫌な予感がする、本拠点はどうなっていた?』あら、勘がいい。「本拠点から出てきたばかりです。拠点は…燃えていました、リリーの亡骸も、ありました…」ピオンの言葉にアリゾナは息を飲んだ。本拠点と主力の亡失を同時に告げられたショックは大きい。

2016-10-15 01:10:01
えみゅう提督 @emyuteitoku

『それは…いや、今は友の死を悲しむ余裕すらない、無情なことだがな…。私に考えがある。今はどこにいる?』「ヴィルヘルムのコンソール前ですわ」『なんと行幸!それが私の考えだ、君ならヴィルヘルムを動かせるはずだ、目標は私の前方にいる敵司令部軽巡!援護射撃を頼む、決まれば、君は英雄だ』

2016-10-15 01:11:45
えみゅう提督 @emyuteitoku

「委細承知いたしました。“援護射撃”ですね」『頼んだ。君が歴史を変えろ』アリゾナとの通信が終わり、ムサシは一人になった。彼女の手がヴィルヘルムのコンソールを叩く。「発射準備に入りなさいヴィルヘルム」「――Passwordオ間違エナク.入力ニ失敗シタ場合1時間再入力デキマセン」

2016-10-15 01:14:01
えみゅう提督 @emyuteitoku

「パスワードは――」合言葉はヴィルヘルムが完成した時、アリゾナ、ピオン、リリーの三人で話し合われ決まった。今も忘れていない、ふざけた言葉。「――“家族”」「FAMILY…認証.操作ヲ受付マス.誤操作ニ注意クダサイ」「するわけないでしょう、錆びた鉄くずが生意気いわないで」

2016-10-15 01:15:52
えみゅう提督 @emyuteitoku

ムサシの両手がコンソールに置かれ、ヴィルヘルムはムサシの支配下に入る。彼女の艤装として、遠く離れた目標に照準を向ける。取り巻くツタが砲塔の旋回に千切られ、仰角が調整されるたびに錆びた金属音が不快な軋みを上げる。ムサシは“味方”を助けるために“仲間”に砲を向ける。

2016-10-15 01:17:58
えみゅう提督 @emyuteitoku

「――射撃準備完了」ヴィルヘルムの無機質なアナウンスが、用意が整ったことを告げる。ムサシの任務は飽くまで基地機能の破壊による援護だけだ。これは彼女自身の意志であり行動だ。自分勝手だからではなく誰かに決めてもらいから我侭を言い続けた、そんな臆病者の最初の望み。

2016-10-15 01:20:16
えみゅう提督 @emyuteitoku

「さようなら。アリゾナ」「――発射」ドン、と体を芯まで震わす轟音が響いた。発射の衝撃で、ヴィルヘルムを覆っていたサビやコケが、まるで抜け殻のように剥がれ落ちていく。降り注ぐコケラをかぶりながら、ムサシはコンソールから手を離す。「あら、ごめんなさいね。古いからかしらね」

2016-10-15 01:22:02
えみゅう提督 @emyuteitoku

「照準が狂ったわ――お疲れ様ヴィルヘルム、失敗作にしては上々よ」誰が狂っているのか、誰が失敗作か。

2016-10-15 01:22:21
えみゅう提督 @emyuteitoku

ムサシはヴィルヘルムに背を向け深く息を吐く。いかにアリゾナの装甲でも長距離砲が直撃すれば無事では済まない。象徴ともいえる最重要戦力が大破すれば、戦況は艦娘側に傾く――否、倒れ込む。勝敗は決した、後は何人が生き残るか。「…思ったより面白くない物ねぇ、英雄って」

2016-10-15 01:24:33
えみゅう提督 @emyuteitoku

ムサシは無線操作のまま微動もしない艤装に歩み寄り、通信機を起動し録音機能を立ち上げた。仲間への言葉を残し、艤装を自動操作に切り替える。自由に動けるようになったポンはさっそく尻尾を振って飼い主の前で伏せをする。丁度いい高さになったポンの頭をムサシは優しくなでた。

2016-10-15 01:26:09
えみゅう提督 @emyuteitoku

「江見提督の所に行って来てくれるかしら。大事な届け物だから、急いでね」ムサシの言葉を聞いてポンはより大きく尻尾を振る。主人の命令、大事なおつかい。「さ、いってらっしゃい。いい子」ムサシは最後にポンの主砲を二回優しく叩く。いつもの合図を受けポンは走り出した。

2016-10-15 01:27:23
えみゅう提督 @emyuteitoku

瓦礫やヤシの木を蹴散らしながら真っ直ぐ走っていくポンの背中に、ムサシは手を振る。「さようなら。ポンちゃん」さよならの意味、別れの言葉。少女はサビの落ちたヴィルヘルムの台座に腰をかける。彼女が思い返すのはパールシティで過ごした日常、笑わない日はなかった忌まわしき日々。

2016-10-15 01:29:18
えみゅう提督 @emyuteitoku

誰もが自分に逆らわない、どんな我侭も聞いてくれる生活。そこに自分の意志はなかった。我侭な思いは皆が与えた立場の言葉から生まれた感情。少女は、本当は誰かに叱って欲しかった。パールシティの友達は誰も逆らわなかった。本当は誰も【友達】じゃなかった。

2016-10-15 01:30:30
えみゅう提督 @emyuteitoku

自分の上に誰もいて欲しくない。自分が一番でありたい。自分の下に誰もいて欲しくない。一人ぼっちは絶対嫌だ。同じ場所に立つ人が欲しかった。極東の地で叶ったその願いすら、自分で捨てようとする。「ほんと…バカね。酷い、失敗作ね…最後まで自分の望みなんて――」

2016-10-15 01:32:10