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  • ponkotsuyamada
    自分と異なる意見、自分の気に食わない意見だからといって圧殺していいわけはなく、公共の福祉に反しない限りで最大限尊重しなければならない。でも、だからといってその「気に食わない」と思った自分の意見を圧殺する必要もないと思う。何かを好む権利と同程度に何かを嫌う権利もあるはず。
  • ponkotsuyamada
    「何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ」なんて言葉がいい台詞として流布してるけど、「何が嫌いか」というのは「何が好きか」と同じくらい大事な感性だと思います。わが親愛なる友人の「誰かと仲良くなるには、好きなものではなく許せないものが似ていなければならない」という言葉は極めて真実。
  • entices
    RT @ponkotsuyamada: 〜「何が嫌いか」というのは「何が好きか」と同じくらい大事な感性だと思います。わが親愛なる友人の「誰かと仲良くなるには、好きなものではなく許せないものが似ていなければならない」という言葉は極めて真実。
  • ponkotsuyamada
    何が嫌いかを勝手気ままに言い散らせばそりゃあ角は立つけど、何かを嫌う感性そのものを恥じる必要はないと思うのです。心の底から「嫌いなものは何もありません」と言えるのなら人生幸せだけど、そんなん聖人君子だろうと不可能だし。
  • lxxe
    RT @entices: RT @ponkotsuyamada: 〜「何が嫌いか」というのは「何が好きか」と同じくらい大事な感性だと思います。わが親愛なる友人の「誰かと仲良くなるには、好きなものではなく許せないものが似ていなければならない」という言葉は極めて真実。
  • mercury_c
    @ponkotsuyamada 前半の好き嫌いは個々の作品等への意見で後半は倫理観等の問題だと私は読み取ったのですが合ってますか?
  • ponkotsuyamada
    ならば、何が嫌いか、何が受け入れられないかをしっかり意識して、君子危うきに(なるべく)近寄らずを実行していくのが、幸せに生きるための次善の策じゃなかろうかとかなんとか。社会と個人(自分)は、別次元で同程度に大事なものだと思うのですよ。
  • __pietro_
    RT @entices: RT @ponkotsuyamada: 〜「何が嫌いか」というのは「何が好きか」と同じくらい大事な感性だと思います。わが親愛なる友人の「誰かと仲良くなるには、好きなものではなく許せないものが似ていなければならない」という言葉は極めて真実。
  • ponkotsuyamada
    @entices 似たようなことを思ってらっしゃいましたか!好きを叫ぶマイノリティに比べ、「なんだかな」と思うマイノリティへの風当たりが強いような、そんな気がするのです。何かを嫌う事だって、健全な精神活動なのに、と。
  • ponkotsuyamada
    @mercury_c 後半の「許せない」には倫理観の側面も強いですが、単純な好悪の問題もあると私は思っています。理屈になっていない部分の好き嫌い、生理的な部分での好き嫌いというのは、倫理と完全に一致するわけではないかな、と。
  • entices
    @ponkotsuyamada わーすいませんRTさせていただきました!山田さんほどハッキリと上手く言葉にできなかったため無駄に角を立ててきてしまった部類の者です。対象をきちんと認識した上で嫌う事は全然悪い事ではないと思うんですよね。有り難うございます勇気づけられました
  • ponkotsuyamada
    @mercury_c 合わない嫌い(「許せない」)を我慢するより、合わない好きを我慢する方が遥かに付き合いが楽、というのが私と友人の共通見解です。
  • mercury_c
    @ponkotsuyamada あ、なるほど。「嫌い」のまとまりって広くはあっても弱い気がしていたので。合わない嫌いは確かに苦ですね
  • ponkotsuyamada
    @mercury_c 合わない嫌いの方が「我慢」になると思うんですよ。合わない好きならスルーで済みますけど。まあ自分が好きなものを力説している時にあからさまにスルーされたら、そんな人と仲良くなれるとも思えませんがw
  • nano_endow
    @ponkotsuyamada 許せないもの・嫌いなものが共通というのが重要というのはとても同意。好きは「底上げ」嫌いは「足切り」。
  • ponkotsuyamada
    @entices 何かを嫌いになる自分をちゃんと認めることは、大事だと思います。誰かにあてつけるためでもなく、それで自己表現するためでもなく、ただ「なんか気に食わないな」と思う感覚。深夜の戯言がお力添えになれたのなら光栄です!
  • mercury_c
    @ponkotsuyamada 合わない嫌い(というか嫌いの幅が広い)友人はいますが、好きの方が合うから仲良くやれてます。それと私の周りにそこまで「嫌い」を押し出す人がいないので考え方として聴いていて面白い部分もあるんですね
  • ponkotsuyamada
    @nano_endow まさにそれですね。自分が好きじゃないものを我慢することはできても、自分の許せないものを我慢することは非常にストレスフルだと思います。好きを共有できればもっと近づけるけど、嫌いが共有できなければそもそも近づけない。
  • ponkotsuyamada
    @mercury_c その友人の方は、自分の「嫌い」をきちんと認められているのかな、と思います。「嫌い」も感情的に語りさえしなければ、自分とは違うものであろうと、というか、だからこそ興味深く聞けますし。
  • moo__o
    @ponkotsuyamada 『H×H』の「その人のことを知りたければ何に対して怒るか知れ(うろおぼえ)」的な言葉を思い出しました。「好き」を語る行為の裏には社会的偽善的欲求が見え隠れする場合が多々あるので、まずは「嫌い」を共有できる人のほうが安心です。唐突な@ごめんなさい。
  • ponkotsuyamada
    @moo__o 友人は、「好きはうわべだけど、嫌いは根っこ」と言ってました。好きは取り繕いやすいけど、嫌いはなかなか我慢することはできないというのはその通りだと思います。
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