『第一部』「ダークネス・ゲイシャガール・スクランブル」E・メリープ&W・ドラゴン作 

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永江さん @Nagae_san

『第一部』「ダークネス・ゲイシャガール・スクランブル」E・メリープ&W・ドラゴン作 

2011-11-02 21:15:23
永江さん @Nagae_san

ついにこの時がやって来たのだ、と永江は思った。  駅から己が住処である博麗荘に向け、ビール四杯の酩酊を楽しみながらふらふらと歩き出した頃から薄々と感じていた事だった。 飼い犬の遠吠えと、自動販売機の低い唸り声と、原動機付き自転車の不機嫌なエンジン音と、街頭に群がる虫の羽音。

2011-11-02 21:16:30
永江さん @Nagae_san

そういう深夜の町並みにつきもののBGMに混じる、押し殺された不自然な足音と吐息。背中に突き刺さる視線。そして隠し様もない気配。  変質者である。  今、現在進行形で変質者に後をつけられている。  永江は乙女である。三十路前の干物女である。その人生において初めての経験であった。

2011-11-02 21:17:43
永江さん @Nagae_san

 会社の男どもに顧みられるどころか女性として見られているのか疑問を呈したくなる今日この頃、そんな自分をこの変質者はいっぱしの女として狙ってくるのか。  おお、変質者!何という物好き!

2011-11-02 21:19:10
永江さん @Nagae_san

 ……これでようやく自分も同僚達の「昨日バスの中で痴漢に遭っちゃってぇー」というあの井戸端会議に参加できる資格を得られるのかと永江は胸を熱くする。  と、同時に永江の頭に浮かんでいたのは愛読している女性誌の先月号に載っていた赤裸々な告白記『私を付け狙う年下の男』のことであった。

2011-11-02 21:20:22
永江さん @Nagae_san

もし今つけてきている変質者が好みのイケメンであったら――おお、ジーザス! しかし永江は酔ってはいても現実的な女でもあった。実際的な問題として何処の馬の骨とも知れない男に尻を触られる羽目になるというのは勘弁願いたかった。

2011-11-02 21:22:29
永江さん @Nagae_san

 同僚と共に牛角でたっぷり食べたカルビのニンニク臭い吐息で深呼吸すると、誰か知り合いに連絡してみようと鞄からケータイを取り出した。  先程別れた会社の同僚達、友人、家族、アパートの管理人もしくはその住人達。  しかし酔った永江はエア彼氏に電話する事にした。架空の番号にダイヤル。

2011-11-02 21:24:05
永江さん @Nagae_san

「助けてアントニオ!変な人につけられてるの!」と棒読みに叫んだ。アントニオは永江の愛読しているハーレクイーン小説の主人公で、ガンで死んだイケメンだった。  しかし変質者はそれで逃げたりはしなかった。逆に走り出すと永江へ向かって駆けてきた。  

2011-11-02 21:25:39
永江さん @Nagae_san

永江は振り返り薄暗い街灯の黒い人影を見るや「ぎゃぁー!お助けェ」と大好物の時代劇に出てくる町娘めいた叫びを上げた。  時代劇中ではこの辺りでスポットライトの輝きと共に眠狂四郎が登場するのだが、やんぬるかな現実はそれほど甘くはなかった。  ああ、ごめんなさいアントニオ――。

2011-11-02 21:27:38
永江さん @Nagae_san

――永江の胸に今は亡きエア彼氏への想いが去来した、まさにその時である。  パッと暗闇にライトが光って周囲がまばゆい光に包まれた。 「そこまでよ!!」  永江の目には、逆光の中で紅く鈍く輝くバイクと、その車体に備え付けられたサイドカー、そしてその側車の上で仁王立ちする人影が見えた。

2011-11-02 21:29:09
永江さん @Nagae_san

――小柄だった。小娘だった。全身を包むのはフリルのついた白いドレススカートであり、マントを羽織っていた。だせぇ。  そのコスプレめいた衣装でチビ助は、とうっ!とその側車から飛び降り、ニンジャめいたダッシュで変質者に向かって走り出した。サツバツ!!

2011-11-02 21:30:56
永江さん @Nagae_san

腕を体の前で十字に組んで、うおぉぉぉぉ!不夜城レッドォォォォ!!と叫びながら体当たりを繰り出す。  なんだこれは、と永江は酔った頭で周りを見渡す。これはドッキリなのかしら。それとも何か朝の九時頃からやっている大きなお友達向けの番組の撮影か何かか。

2011-11-02 21:33:00
永江さん @Nagae_san

「貴様がこの平和な幻想町で婦女子を夜な夜な付け狙う悪党か!今夜はこんなにも月が赤いから本気で殺すわよ!」  何事かとおんおんと吠え出した番犬のコーラスをBGMに、完全にマウントポジションを取ったチビ助が変質者に遠慮なく拳を叩き込む。  おお、ジーザス!

2011-11-02 21:35:06
永江さん @Nagae_san

その様子を呆気に取られて眺めていると目の前にバイクが静かに寄ってきて、それにまたがるライダーが話しかけてきた。 「大丈夫かしら?」  その女は相棒がそうであるようになぜかコスプレめいた面妖な装束をしていた。ゲイシャ・メイドである。

2011-11-02 21:36:22
永江さん @Nagae_san

その軟弱な属性とは正反対に、彼女自身の体、全身から発せられる雰囲気は剣呑極まりなく、研ぎ過ぎたツーハンデット・カタナ・ブレード・ツルギのようだった。スマートな動作でポケット銀の懐中時計を取り出すと、当然のように言った。 「家はどこかしら?もう夜も遅いし家まで送るわ」

2011-11-02 21:39:43
永江さん @Nagae_san

『第一部』「ダークネス・ゲイシャガール・スクランブル」 エピソード1 終わり

2011-11-02 21:41:21