中里先生のてんかん学入門〜社会的・医学的背景の日韓対比から

中里先生の韓国と日本のてんかん医療の差異に関するツイートを元に、 てんかんという病気の背景としてまとめました。 あくまで私の研究室のゼミ資料としてまとめたものなので、 学生の理解と研究の方向付けのためやや恣意的な解説を入れていますが、 続きを読む
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●「てんかん」に対する偏見や差別を無くすための韓国の医学会の動き

N Nakasato @nkstnbkz

韓国でも癲癇(てんかん)は差別用語なので使わないことを決めたそうだ.新しくは脳電症! 去年から韓国脳電症学会になったそうな.決めるまで大きな議論があったとのこと.そのまま使うかどうかはともかく,日本でも考えなければ.場合によっては,うちの分野名称もまた変更か!!!!

2012-01-16 21:52:02

(山川解説)
 てんかんという病気は昔から大きな差別と偏見にさらされてきました。医学が発達する前は、狐憑きなどに代表される憑き物が憑依したものだと誤解されていたぐらいです。
 てんかんは漢字で「癲癇」と書くのですが、「癲」には「狂う」、癇には「興奮、いらいら」などの意味もあるため、最近ではこの病気を表すときにこの漢字が用いられることは少なくなっています。
 このように、医学会ではてんかんに対する差別や偏見を無くすため、国内外で様々な活動が行われていますが、上記の韓国の決定はそのなかでも極めて重大なものと言えるでしょう。

 ちなみに、有名人にもてんかん患者は大勢います。陸上選手のフローレンス・ジョイナーや、古くはソクラテス、ナポレオンもてんかん患者だったと言われています。全人口の1%が罹患すると言われているだけあって、とても身近な病気なのです。



●総合病院・大学と地域医療の連携の重要性について

N Nakasato @nkstnbkz

ソウルのLBI先生「地方から出てきた,てんかんの患者さんをモニタリングして,診断つけて治療方針を決めても,すぐにはもとの病院に戻りたがらない.経済力にもよるが,外来患者は増えるばかり」どの国でも同じか.だからこそ,意識的に地域連携を考えないといけない,と思った.

2012-01-17 10:12:26
N Nakasato @nkstnbkz

ソウルのHSB先生「韓国では,その疾患治療でもっとも権威ある病院を探して受診しようという気持ちが強い.てんかんを持つ方が,地方から集まるのは良いが,治療方針が決まった後,ホームタウンの病院に戻そうとしても戻りたがらないのが問題だった」(続く)

2012-01-17 22:39:00
N Nakasato @nkstnbkz

続き)その結果HSB先生は週に5日,みっちりと,てんかん外来をやることになり,学会にも行けない,研究もおろそかになる,家庭も犠牲になりかねない状況になったとのこと.でも最近,少しずつ状況が改善してきた.その理由は(続く)

2012-01-17 22:40:49
N Nakasato @nkstnbkz

続き)毎日外来で忙しかったHSB先生だったが,最近ようやく,彼のお弟子さんが増え,韓国中で活躍するようになった.昔のお弟子さんたちに患者さんを紹介して,戻せるようになったので,すこしずつ人間らしい生活ができるようになったとのこと.まぁ,地域連携の重要性だな,と思った.

2012-01-17 22:42:59

(山川解説)
 てんかんは脳の神経回路網の異常に活発な活動が発作を引き起こす神経系疾患です。その診断には脳波計やCT・MRI等の画像診断装置のように非常に高価な医療機器が用いられます。それに加えて、経験と知識の豊富な医師や検査技師の力が必要で、そのような医療従事者の養成のために医学部や医学会は非常に大きな労力を払っています。
 このような理由から、高価な装置を多数備え、また知識と経験が豊富な医師・研究者を多数擁する大病院に患者さんが集中することになります。
 一方地域のかかりつけ医にこそできる医療もあります。患者さんは診察のために遠くまで出かけたり長い時間待つ必要もなくなりますし、医師も一人一人の患者さんにより密接に関わることができます(※決して大病院が患者に密接に関わっていないという意味ではありません)。特に、てんかんのように長く付き合わなければいけない病気の治療においては、その治療の質を長い期間維持するためにもこの医師と患者の密接な関係はとても重要です。
 てんかんのような患者数が多く、また診断が困難な難治性疾患の診断・治療においては、大学病院や国公立の総合病院などの大病院と地域医療(いわゆるかかりつけ医)との連携は必要不可欠ですし、そのためのてんかん専門医の養成も極めて重要なのです。

 ちなみに、弊学がある浜松市は周産期医療のモデル都市になっていて、妊婦さんの診察はかかりつけ医(地域の開業医)で、分娩は浜松医療センターや聖隷浜松病院、浜松医大等の大病院で行われているそうです。これも大病院と地域医療の上手な分担の一つでしょう。



●てんかんの外科治療、診断の難しさ、そして学術的面白さ

N Nakasato @nkstnbkz

韓国では,てんかんモニタリングユニットの数も実績も増えつつあるのだが,てんかん外科を行える施設はむしろ減ってきているらしい.脳神経外科医が,てんかんに興味を持ちたがらないのだ,とHSB先生.写真をみて白いところを切除する単純な思考を好む外科医が多い,と嘆いていた(続く).

2012-01-17 22:47:14
N Nakasato @nkstnbkz

続き)韓国とは逆に,日本では,てんかん外科に興味をもつ脳神経外科医は増えている.MRIなどの画像で簡単に手術適応を決められないところが,てんかん外科の難しい点だが,かえってアカデミックな意味では,脳外科医の向上心を刺激しているのではないか,と私は思った(続く)

2012-01-17 22:48:55
N Nakasato @nkstnbkz

韓国では専門医重視で博士号は軽視.日本では博士号をとろうとする医師はまだ多い(減りつつあるが).将来,臨床でバリバリやるにしても若い時代の数年間,研究に没頭するのは大切だと私は思う.てんかん外科はもちろん臨床医学だが,研究的要素が満載なので,日本では興味をもつ外科医が多いのでは?

2012-01-17 22:53:03

(山川解説)
 てんかんは極めて罹患率が高い一方、世界中で難病に指定されているほど治療と診断が難しい病気です。その分、世界中で非常に研究が盛んにされており、てんかん専門の学会、国際会議、論文誌も多くあります。
 決して患者さんの不幸を喜んでいるわけではありませんが、研究者としては、難しい研究テーマほど研究のやりがいがあると感じるものですし、難しい病気にこそチャレンジして苦しむ患者さんを救いたいと思うものです。
 そういう意味でも、日本ではこの難しい病気にチャレンジする医師・研究者が多いように感じますし、それは日本のアカデミア、そして患者さんにとっても大きな利益になることだと私は考えています。

 ちなみに、私は医用工学の研究を始めてまだ4〜5年の若造なのですが、医学系の学会に参加して一番驚いたのは、その充実した教育制度です。教育講演はとても全部回りきれない程たくさんありますし、教育セミナーも丸一日かけてその分野の権威が丁寧に講義してくれます。自分の学生の頃を振り返ると、こんなに勉強を楽しく感じるとは思いませんでした。



●てんかんの診断・治療の分業

N Nakasato @nkstnbkz

アメリカや韓国では,てんかん医療の分業化が進み,診断する神経内科医,手術する脳外科医が明確.まるでアメフト.日本では診断から手術まで全部脳外科医,という施設は少なくない.利点・欠点どちらもある(続き)

2012-01-17 22:54:58
N Nakasato @nkstnbkz

分業化しない日本式の利点は「巧みの技」が進歩すること.すべてをこなせる「てんかん外科の達人」が生まれる.反対に欧米や韓国での分業化の利点は,大量の患者さんを治療できること.一人の靴職人が優秀でも,リーボックの流れ作業の工場ほどたくさんの靴を作ることはできない.

2012-01-17 22:57:18
N Nakasato @nkstnbkz

てんかんの診断から治療まではステップが多い,直列のステップなので,そのうち,どの段階がてこずっても,全体のペースが落ちてしまう.外来患者が多くても,発作モニタリングができない日本の多くの施設,モニタリングがたくさんできても外科医の手術枠が間に合わない韓国の某病院など.

2012-01-17 23:01:13

(山川解説)
 欧米、特にアメリカではてんかんの診断と治療において医療従事者の分業制が進んでいます。てんかん治療に関わるだけでも、外来診療、脳波診断、画像診断、神経内科、外科、術後管理など様々な役割があるわけで、極めて合理的なやり方であると言えます。加えて、この分業制はスペシャリストの養成も比較的容易です。
 一方、日本のてんかん専門医はマルチタレントです。場合によっては、というかかなり多くの割合の専門医が前述の全ての分野の専門知識を持っています。外科医なのに薬の処方が上手すぎてなかなか手術適応にならない、という程の先生も何人か知っています(もちろん患者さんにとってはその方が幸せでしょう)。
 ただし、このようなマルチタレントの専門家の養成は極めて困難で、先に述べたような充実した教育プログラムと、そして何より本人の血のにじむような努力が不可欠です。加えて、アメリカでは複数の医師で分担するような仕事を1人でこなすわけですから、当然仕事のデューティも重くなります。
 このような医師の負荷を減らすような医療機器・医療診断技術を開発するのも、医用工学の研究者の重要な使命の一つであると私は考えています。

 ちなみに、歴史上最初の医用工学の研究は、1902年にオランダのアイントーベンが弦線電流計(微弱な電流を可視化する装置)を使って低ノイズな心電計測を行ったものです(というか私がそう思い込んでいるだけかもしれません)。この研究により心電図という極めて重要な医療診断技術が確立され、アイントーベンは後にノーベル賞を受賞します。また、電子工学では有名な差動増幅回路も、mV・μVオーダーの微弱な生体電位を計測する目的で生まれたと言われています。このように昔から医学と工学は密接な関係にあり、昨今よく言われる「医工連携」は両分野の発展のためには当然無くてはならないことだと考えています。