2012-02-25 03:28:49
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為末大さん「我慢と部活動と鬱について。」

為末さんの意見について賛同したないようが多かったため作りました。
by tubaske
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  • おはようございます。今日は【我慢と部活動と鬱】について
  • 昨日の返信で、部活動は我慢を覚える事と、人とうまくやっていく事を学ぶ側面があるという意見が多かった。これはすごく象徴的なのでこれについて話したいと思う。日本では、途中で止めたり、やる事を変えたり、合わない人を避ける事を逃げだと感じる人が多い。
  • これは根強く大人になっても残っていて、僕は鬱の原因に少なからず影響していると思う。止める事や集団に合わせられず組織から抜ける事を恥だと感じていてぎりぎりまで我慢する。それで自分の状態には無頓着だったりすると、自分の精神と身体が追い込まれる事がよくある。
  • 何もかもから逃げるとそれは確かに癖になる。ある程度は我慢して続ける事は大事だし、集団に自分を合わせる事も大事。でも苦しいなと思った時、それは甘えなのか、自分が悲鳴を上げているのかで大きく違う。自分の状態を観察せずに何にでも耐えるのは危ない。
  • 耐えたいという気持ちがどこかにあるかどうかを観察せずに、ただひたすらに耐えようとすればそれは只の習慣として自分を縛り、危ないと身体が叫んでいてもそこに居続けて自分を壊してしまう。耐えた経験は成長をもたらすのは、それが能動的だった人に多い。受動的に耐えた人は忍耐が習慣化しやすい
  • 成功者やトップアスリートは苦しさを乗り越える事が大事と言う。でもそれは成功したからだし、そしてそれが好きだし頑張りたいとどこかで思っていたから。まずその心があるかどうかを確認せずに、とにかく耐えればいいという人が多い。そして鬱になったら気合いが足りないで済ます。
  • 『みんなとうまくやれ。苦しい所を乗り越えれば成長できるぞ。みんなの気持ちを考えなさい』部活動でよく大人に言われる言葉だけれど、そっくりそのまま鬱になった人が会社から言われた言葉だったりする。体育会系は会社に重宝されるのは、これに耐性があると思われているからだと思う。
  • 人には自分を頑張らせる父性面と、許しの母性面の両方が存在していて、そして社会にもその両方があって、そのバランスをうまくとるのが大事なんだと思う。そして一番大事なのは自分の核にあるモチベーションという子供。この子を大事に観察するという事が大切。
  • 【まとめ】陸上なんてもう止めなさいと母親はいつも言っていた。そういってくれる人がいる事がすごく大事。だから僕は自分でピンチと持っていないピンチの人に自分が如何に逃げてきたかという話をする。どこかに逃げ場はあるんだと思わせてくれる何かがもっと社会にあってほしいと、僕は思う。
  • 訂正→ピンチと思っていないピンチの人
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コメント

  • ワタミに関連した発言?
  • 残酷なこといえば、これは才能無い人に対する言葉ともとれる。
  • とても良いまとめですね。ブログにて紹介させていただきました。http://d.hatena.ne.jp/s_k_literacy/20120225/1330182954
  • RT @daijapan: 耐えたいという気持ちがどこかにあるかどうかを観察せずに、ただひたすらに耐えようとすればそれは只の習慣として自分を縛り、危ないと身体が叫んでいてもそこに居続けて自分を壊してしまう。耐えた経験は成長をもたらすのは、それが能動的だった人に多い。受動的に耐えた人は忍耐が習慣化しやすい
  • RT @daijapan: 耐えたいという気持ちがどこかにあるかどうかを観察せずに、ただひたすらに耐えようとすればそれは只の習慣として自分を縛り、危ないと身体が叫んでいてもそこに居続けて自分を壊してしまう。耐えた経験は成長をもたらすのは、それが能動的だった人に多い。受動的に耐えた人は忍耐が習慣化しやすい
  • RT @daijapan: 耐えたいという気持ちがどこかにあるかどうかを観察せずに、ただひたすらに耐えようとすればそれは只の習慣として自分を縛り、危ないと身体が叫んでいてもそこに居続けて自分を壊してしまう。耐えた経験は成長をもたらすのは、それが能動的だった人に多い。受動的に耐えた人は忍耐が習慣化しやすい
  • ご自身もトップアスリートである為末さんが、生存バイアスについても的確に述べてくれているのが頼もしい。
  • やっぱり忍耐力ってどこの世界でも必要なんですね・・・としか言いようがない。
  • RT @daijapan: 何もかもから逃げるとそれは確かに癖になる。ある程度は我慢して続ける事は大事だし、集団に自分を合わせる事も大事。でも苦しいなと思った時、それは甘えなのか、自分が悲鳴を上げているのかで大きく違う。自分の状態を観察せずに何にでも耐えるのは危ない。
  • 嫌ならやめてもいいんじゃよ。ってMaatも言ってた。
  • へへへ…こういった話題がネットをさがしても数年間の間に3~4件ほどしか俺は見なかったな。まあつまり、それだけ知られたくないということだ。リタイア組のな。教育界の暗部、出てこない指摘。こうして有名人でないと肯定されない視点と理論。いろいろ嵩むなと思う。
  • 自分の体験では誰かに勧められてというより、少なくとも今ではその時のこと、やめた理由については自らの意志で選んだと考えている。自分のために「選んでやった」んだ。ぶっちゃけそれを社会への通告くらいに思わないとその選択を肯定できるほど私は強くはない。実際はズルズル決めかねたまま自分の世界に引きこもったのが原因だったが、まあ内面と向き合う余裕はどちらにせよ必要だったから過去の自分に甘いというのもあるが。
  • 痛いものは痛い。つらいものはつらい。その問題を心身のどちらか一方に引き受けさせたところで、誤魔化すことはできない。
  • RT @daijapan: 人には自分を頑張らせる父性面と、許しの母性面の両方が存在していて、そして社会にもその両方があって、そのバランスをうまくとるのが大事なんだと思う。そして一番大事なのは自分の核にあるモチベーションという子供。この子を大事に観察するという事が大切。
  • RT @daijapan: 人には自分を頑張らせる父性面と、許しの母性面の両方が存在していて、そして社会にもその両方があって、そのバランスをうまくとるのが大事なんだと思う。そして一番大事なのは自分の核にあるモチベーションという子供。この子を大事に観察するという事が大切。
  • 戦ってばかりいるとHP0になって死んじゃうからな。RPGでも全滅しそうになったら逃げるし、こまめに宿屋を利用する。人生はセーブポイントないからな。
  • 部活動は指導者への疑問と自分自身で論理立てすることを教えてくれた。時間はかかるけれども指導者の指導に従わずに試合という場で結果を出せば相手は黙るということも知った。我慢とか協調性とかはよくわからない。
  • 我慢=偉いでも、努力=偉いでもない。必要なら、あるいは自分の許容範囲内でならそれは行うべきかもしれないけど、生きる上で関係するすべての物事のバランスを取っていかないといけない。辞めるも続けるもどっちも正しい可能性はあって、あくまで選択でしか無い。
  • トーシロのどうでもいい思い付きの空想
  • 「我慢を覚えること」と同じかそれ以上に大事なのは、「無理な我慢をしすぎないことを覚えること」。日本人は後者を軽視して、決定的な局面でしくじる。イタリア人は前者を軽視して船から逃げる。
  • すこし本題からは逸れますけど、つまり「苦しくても我慢の先に成長がある」のは『ハードな活動/作業内容でも体が止まらない人』であって『嫌な気分を我慢して続ける人』ではないと言うことですね。確かに同じもの扱いを受けている印象が。