「裁かれるのは誰か」と「医学者は公害事件で何をしてきたか」

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「裁かれるのは誰か」

林 衛 @SciCom_hayashi

科学の中立性が問われたが,病者の立場にたたない医学はあるのかと,語っていた(原田正純:裁かれるのは誰か)

2012-06-12 04:45:34
林 衛 @SciCom_hayashi

引用3「たとえば,医学は中立で,いっぽうの側に立つものではないという意見も根強くあるが,病者のためにならない医学などその存在理由をなくしてしまう。病者の側でない側の医学というものがあるとすれば,それは,一体,何を指すというのだろうか」(原田正純:裁かれるのは誰か,1995)

2013-08-06 23:36:50
林 衛 @SciCom_hayashi

「水俣ではネコが狂い,人が次々と傷つき死んでいっても多くの“市民”と呼ばれる人びとは(誘導されたという側面もあったとしても)「経済発展」を選択したという歴史があった」(原田正純:裁かれるのは誰か,世織書房(1995))

2013-08-21 07:42:47
林 衛 @SciCom_hayashi

「そこには,企業や行政の責任だけでなく,市民の一人ひとりにもまた,責任の一端があることを示している。同時に,弱者の視点が欠落すると,政治や学問,そして世論までが過ちを犯すことを示唆している」(原田正純:裁かれるのは誰か,世織書房(1995))

2013-08-21 07:43:05
林 衛 @SciCom_hayashi

「人権というのはもともと,強者から弱者を守るための概念であった。したがって,医学も技術も全ての学問が弱者の立場に立つことを要請されているのだ。」(原田正純:裁かれるのは誰か,世織書房(1995))

2013-08-21 07:44:10
林 衛 @SciCom_hayashi

「たとえば,医学は中立で,いっぽうの側に立つものではないという意見も根強くあるが,病者のためにならない医学などその存在理由をなくしてしまう。病者の側でない側の医学というものがあるとすれば,それは,一体,何を指すというのだろうか」(原田正純:裁かれるのは誰か,世織書房(1995))

2013-08-21 07:44:36
Scholarly Vicke @Vicke_2011

(1)福岡高裁(第二次訴訟控訴審)の判決では「…(長文のため引用省略)」と指摘した。要するに、認定審査会は補償金の金額を気にして、あるいは、加害者の支払いのことを気にして、医学的な判断をしていないというものである。『裁かれるのは誰か』(原田正純)

2013-08-29 02:31:35
Scholarly Vicke @Vicke_2011

(2)裁判所にこうまで言われては審査会は抗議するか総辞職するしかなかったのであるが、「医学的に判断困難なものを司法が広く救済しようというのですから結構ではないですか」と言ってしまった。『裁かれるのは誰か』(原田正純)

2013-08-29 02:32:00
Scholarly Vicke @Vicke_2011

(3)ということは、救済の壁になっているのは私たち審査会ですといっていることになるのだが、その自覚もなく、状況も理解されていない。あげくには、「裁判官は素人だから、裁判官が水俣病の判断をするのは不合理だ」とまで言った。『裁かれるのは誰か』(原田正純)

2013-08-29 02:32:22
Scholarly Vicke @Vicke_2011

(4)これも、事情にいかに無知であるかということをみずから示したに過ぎない。裁判官は医学に素人だからこそ証拠と論理を重視するのである。医学の世界では時に論理よりも事実よりも、経験や権威が優先することがある。『裁かれるのは誰か』(原田正純)

2013-08-29 02:33:09
Scholarly Vicke @Vicke_2011

(5)勿論、医学では経験を完全に無視することはできない。しかし、そこに専門家と自負する人たちの陥りやすい落とし穴があることを知るべきである。『裁かれるのは誰か』(原田正純)

2013-08-29 02:35:37
Scholarly Vicke @Vicke_2011

水俣病認定審査会の発言が「5mの被曝で労災認定されたことは事実ですが、あくまでも労災認定としての判断で、科学とはあまり関係ない。」なるTWに似ていることに驚いた。今回の原発事故でも、原田さんの警鐘、「専門家と自負する人たちの陥りやすい落とし穴」に注意を払う必要があるのだろう。

2013-08-29 02:52:40
Scholarly Vicke @Vicke_2011

『裁かれるのは誰か』(原田正純)読了。9「現場にこそ専門家が」には、土呂久砒素公害http://t.co/MLEURb3Phuにおいて教師が大きな役割を果たしたことが記されている。他方県調査(1972年報告)は過少評価を行ったのだが、専門委員に重松逸造氏の名前があったのには驚いた

2013-08-29 19:58:10

「医学者は公害事件で何をしてきたか」

Scholarly Vicke @Vicke_2011

(1)中央公害対策審議会で、井形氏らは常に環境庁や大蔵省の立場に配慮した発言を繰り返している。これはこれで学者たちのサービスなのかもしれないが、環境庁がそれらを現実の政策としてしまっており、このことが問題なのである。『医学者は公害事件で何をしてきたのか』(津田敏秀)p.131

2013-08-30 12:59:56
Scholarly Vicke @Vicke_2011

(2)何かと批判の多い環境庁による過去の公害行政は、環境庁が源なのか、それとも井形氏らのように環境庁の立場に配慮して先取りした発言が源なのかについては、今後詳しく分析する必要がある。卵が先か鶏が先かという…『医学者は公害事件で何をしてきたのか』(津田敏秀)p.131

2013-08-30 13:00:22
Scholarly Vicke @Vicke_2011

(3)…ような詮索かもしれないが、データに基づく医学的議論という原則から離れて、何の根拠もない議論が政策としてなぜ一人歩きしたのかということを検証することは、今後のわが国の環境行政や保健医療行政のために非常に重要と思う。『医学者は公害事件で何をしてきたのか』(津田敏秀)p.131

2013-08-30 13:00:45
Scholarly Vicke @Vicke_2011

oO(専門家による先取り発言→政策の正当性として官僚が選択的活用→研究費供給による麻薬化の流れは、普遍的なのだろうなぁ…)

2013-08-30 13:02:37

二つの本を読んで

Scholarly Vicke @Vicke_2011

『裁かれるのは誰か』(原田正純)『医学者は公害事件で何をしたてきたのか』(津田敏秀)を読んで、科学厳密主義の水俣病における功罪が自分の中で露になった。現時点のまとめとして以下3点挙げる。(続く)

2013-08-31 00:58:42
Scholarly Vicke @Vicke_2011

(1)被害の拡大:原因物質が同定できなければ因果関係を科学的に証明したことにならないとの判断につながった。津田氏によれば、原因食品(=水俣湾の海産物)が分かった時点で食品衛生法の適用によりその消費を禁止することができた。(続く)

2013-08-31 00:59:22
Scholarly Vicke @Vicke_2011

(2)患者の過少評価:従来知見のあった有機水銀中毒の症状を水俣病の「病像」とし、水俣で起こった有機水銀中毒=水俣病と捕らえないことにつながった。(続く)

2013-08-31 01:01:18
Scholarly Vicke @Vicke_2011

(3)患者救済:水俣病認定条件の策定段階で、偽陽性率を小さくすることが重要視された。その運用である認定作業でさらに厳しく狭められることになる(機械的な条件適用をしなかった)。(終わり)

2013-08-31 01:04:52