空想の街・氷涼祭2014　１日目

木船田ヒロマル @hiromaru712

「急に大量の魔力を消費したのよね……原因は分からないんだけど」 悪魔の病気か？ 「悪魔の病気なんて聞いたことがない。氷涼祭と何か関係してるのかも」 ……氷涼祭は今年初めてじゃないだろ？今までこんなことなかったじゃないか。 「そうなのよ。だから……」 #空想の街 #ネームハンター

木船田ヒロマル @hiromaru712

「その悪魔から離れなさい‼︎」 ネモと俺との会話を、割って入った聞きなれない女の叫び声が遮った。 声のした方を見ると、少し離れた場所に黒い服の女がこちらに背を向けて立っていた。 折からの銀氷は降る量を増し、辺り一面地表近くまでその輝きが舞い降りる。 #ネームハンター #空想の街

木船田ヒロマル @hiromaru712

降りしきる銀の結晶は地表に近づくにつれその均衡を崩し冷たい光の粒子に解けて海からの風に舞う。その微細な輝きの中、その女は海に向かい霊園の崖縁に立つ。幽霊？いや、風船を持っていない。代わりにヴァイオリンとその弓を持つ黒いコンサートドレスの一人の若い娘。 #ネームハンター #空想の街

木船田ヒロマル @hiromaru712

「もう大丈夫よ七篠権兵衛」 振り返りながら彼女はヴァイオリンを構えた。 「あなたは、私が護ってあげる」 途端に辺りを満たす悲しいメロディ。銀氷は震え、その飛沫の煌めきは彼女を中心に渦を巻く。 そして俺は、決して一生忘れないだろう凄まじい悲鳴を聴いた。 #ネームハンター #空想の街

木船田ヒロマル @hiromaru712

生きたまま引きちぎられつつある大きな動物の断末魔のような、呻きを含んだ低く響き渡る悲鳴。ネモだ。 どうした⁉︎ ネモ！ 「お願い……どうか……」 彼女は両手で顔を覆って倒れるようにしゃがみ込んだ。 「見ないで」 切れ切れにそう言う彼女に異変が起きた。 #ネームハンター #空想の街

木船田ヒロマル @hiromaru712

彼女の手の甲が、指が、腕が、見る見る瑞々しさを失い、艶のないくすんだ肌になって萎れていく。 新月の夜空のような濃紺の髪も、水分を失って白く縮れ始めた。 ネモ……！ あいつか！あのヴァイオリン弾き‼︎ #ネームハンター #空想の街

木船田ヒロマル @hiromaru712

咄嗟に腰の後ろにやった手はそこにはない銃を当然掴めずに虚しく空を掻いた。ならば、とヴァイオリン弾き目掛けて駆け出そうとした時、俺にも異変が起きた。唐突にして猛烈な眠気。 くっ！これは……‼︎ 気が付けば奴のメロディは柔らかな小夜曲へ変わっている。 #ネームハンター #空想の街

木船田ヒロマル @hiromaru712

いや。破片じゃない。音符だ。大小様々な、また多種多様な音符がネモから舞い上がり奴のヴァイオリンに吸い込まれて行く。ネモはどんどん身体を失い、小さくなって行った。 ネモ！くそっ……‼︎ 「七篠権兵衛、探偵長」 首から上、鼻から下だけの一部が彼女が言う。 #ネームハンター #空想の街

木船田ヒロマル @hiromaru712

「好き……」 彼女の紅い唇は、少し笑って八分音符に変わった。 遠ざかるその音符に右手を伸ばした俺の視界は急速にぼやけ、世界は回転し、そして俺はーー音の無い深い闇に包まれた。 #ネームハンター #空想の街

佐和島ゆら@星月堂へようこそ（新作）販売中 @sawajimayura227

横になっていたけど、目を覚ます。夢を見ていた。白い霧の中で、さ迷っていた。誰かが私を呼んでいる。でも声がはっきりしなくて分からない。私は白い孤独に苛まれて、しゃがみこむ。声を荒げた。そこで目を覚ました。私は窓から外を見る。死者はもう街を楽しんでいるのだろうか。＃空想の街 ＃死人娘

春が待ち遠しい @chabashira_okki

不意に開けた場所に出た。五感を研ぎ澄ませ、人の気配を探す。確かにここから聞こえる。心細さに声を挙げそうになりながら、一歩、一歩、耳を頼りに地を踏みしめる。そこで俺は気付いてしまった。歌声は、この木々が発していたのだ。もう、限界だった。俺は脱力し、意識を手離した。#迷夢 #空想の街

春が待ち遠しい @chabashira_okki

ぽかりと浮かぶ。目の前で揺れる。その物体の名称は、懐かしさで詰まる胸に堰き止められてしまった。 「おう坊主、目ェ覚ましたかね」 軋む身体を捩り、声の主へ顔を向ける。途端、俺は叫んだ。つられて奴も叫ぶ。そこにいたのは一ツ目の巨人。俺はまだ、夢を見ているらしい。 #迷夢 #空想の街

春が待ち遠しい @chabashira_okki

ずんぐりとした巨体を揺さぶり、派手な音を立てて部屋中をめちゃくちゃに掻き回す。ひっ、ひっ、と短い呼吸をした後で、一ツ目は漸く落ち着きを取り戻した。怖さ余っていっそ冷静になってしまった俺をちらちらと伺い、「脅かすなよォ」と呟く。お前が言うな。 #迷夢 #空想の街

春が待ち遠しい @chabashira_okki

窓の外に揺れる風船を目で追う。地上約40m。眼下には森が広がっている。目を覚ましたばかりの俺を差し置いて、この中途半端にお人好しな巨人は部屋の片付けを始めた。巨人の部屋とはいえ、かなり狭い。御伽噺で見るような淡黄色の壁には、大小様々の時計が掛けてあった。 #迷夢 #空想の街

春が待ち遠しい @chabashira_okki

来客用であろう、奴にしては小さなティーカップを器用にも指先で摘む。 「森ン中で寝てたもんだからよ」 紅茶を勧めながら、一ツ目は俺をこの部屋に連れてきた経緯を語った。それによれば、今夜は死者たちがこの街へ来訪するという。 「バケモンに喰われちまう」 お前が言うな。#迷夢 #空想の街

春が待ち遠しい @chabashira_okki

アリスはこんな気分だったのだろうか。夜風以外は時計の音しかしないこの部屋で、俺は幼いころ妹と一緒に読んだ絵本を思い出していた。酩酊したような気分で、物事の善し悪しも判らず、唯々はちゃめちゃな展開に身を任せる。軈て己の無力さや望郷の念すら意識に上らなくなるのだ。#迷夢 #空想の街

春が待ち遠しい @chabashira_okki

いいや。俺は頭を振る。帰る為に、生きる為に何をすべきか。焦りに掻き立てられた本能の赴くがまま、目の前に転がるフラグを取捨選択してゆく。ポケットに突っ込んだデバイスをこっそり見遣るが、今度は液晶が真っ暗で、電源が入る気配も無い。固定電話はこの部屋に無さそうだった。#迷夢 #空想の街

春が待ち遠しい @chabashira_okki

どうにもここは俺のいた次元とは異なる世界のようだから、土地の人間に訊くのが最良の判断だろう。兎にも角にも話を進めるには個体を明確に定義せねばなるまい。技術屋の癖だ。 「あんた、名は」 「アーティって呼ばれてるさ。坊主は――」 俺は自分の名が、思い出せなかった。 #迷夢 #空想の街

春が待ち遠しい @chabashira_okki

妹は。母親は。職場の名前、場所、通勤ルート、降車駅、馴染みの店、故郷、その全てが、思い出せない。自分自身を定義する単語がなにひとつ出てこないのだ。 「坊主、まさか――」 アーティの言葉は続けられる事なく、躊躇うように口を噤んでしまった。俺に一体、何があった。#迷夢 #空想の街

春が待ち遠しい @chabashira_okki

「何故黙った。何か知っているのか」 「し、知らねえよ……兎に角、坊主、思い出せねんだな。なに、疲れてんだ、暫く休んだら良くなるさ。明日は祭でよォ、連れてってやるから、もう寝るといい」 唐突に饒舌になったアーティを問い詰めたくもあったが、疲労困憊は事実だった。 #迷夢 #空想の街

春が待ち遠しい @chabashira_okki

納期まであと二日。それだけは明確に覚えていることに気付く。休日返上は当たり前だ。自分が社畜と呼ばれる類の人間であろうことは実感が持てた。アーティが用意してくれた、ふかふかと音のしそうな布団の中、納期に対する焦りが募る。これは神様とやらがくれた休暇なのだろうか。 #迷夢 #空想の街

日下 昊／頭巾ちゃん @sola_Dante

客人が帰った後は、追加の菓子の仕込みにかかった。グルッグ養蜂組合の蜂蜜があと僅かなので、蜂蜜と共にミードを仕入れなければならない。 今日の日替わりケーキはロールケーキの予定。クリームにはアンゼリカの砂糖漬けを入れ食感を出す。 他の菓子も用意する。 #花心亭 #空想の街

日下 昊／頭巾ちゃん @sola_Dante

一通り菓子が出来たので、ショーケースに陳列してゆく。 そして、忘れてはいけない風船を帯の背に結びつけ氷涼祭の日を迎えた。 #花心亭 #空想の街

日下 昊／頭巾ちゃん @sola_Dante

珞は「兄さん。銀氷が今年もみられるね」と座敷でニコニコと生前の頃のように微笑んでいた。「珞、私は見られないよ。地上に落ちる前に消えてしまうから」「そっか兄さんはあまり見られないんだね。残念だなぁ・・・」 だけど毎年、弟と身近い時間でも一緒にいられるのは嬉しい #花心亭 #空想の街