ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ10100209:デス・オブ・アキレス #1

日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

這い出した彼の背後で、観測小屋が燃えながら崩れた。タケルは自転車に乗って山道を走り降りた……いつもなら、街のネオンの海が右手に見える筈だった。この夜の明かりは違った。火と、爆発と、サイレンだった。……流星群は神がタケルにくれた贈り物だった。餞別だったというべきかもしれない。 44

2014-07-20 22:47:09
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

伯父も多分、流星群を見ていた。伯父は自分の研究室でUNIX爆発の炎と衝撃に呑まれた。多分、苦しまずに死んだ。だから、タケルと違って、その後の混乱を……不信を……磨耗を……忘却を……苦難を……経験せずに済んだし、もはや人類に翼は無いのだという冷たい事実を理解する必要もなかった。45

2014-07-20 22:54:55
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

戦争が始まり、戦争が終わり、ぼんやりした時代が始まった。宇宙時代。もはや稚気じみた夢。だがタケルは諦めなかった。諦める?そんな思考ルーチンは彼には無かった。仲間もいた。再び宇宙へ。人の知恵を。観測。把握。妨害……そう、妨害だ。やがて妨害。国際的な。政治的な。禁忌だ。46

2014-07-20 23:04:30
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

衛星軌道上はもはや手のつけられないほどに汚染されていた。そしてその汚染の中にあえて漕ぎ出す者を、どの国の政府も望まなかった。タケルは国を変え、機関を変え、潜伏先を変えた。その過程で仲間達は徐々に失われていった。失意、事故、憎悪、カネ、カネ、カネ、カネ、カネ。 47

2014-07-20 23:11:49
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

……あれは、どこだったか?日本ではない。なぜなら、彼に連れられて、日本に戻ったのだから。谷間の町だ。もはや彼は独りだった。否、独りではない……ごまかすんじゃない。タケルには妻がいて、子が二人。タケルは負けた。諦めてはいない。だが、様々な物事に、負けた。そして地に根を降ろした。48

2014-07-20 23:14:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

妻の名も、子の名も、顔も、今は薄ぼんやりとしている。外でなにかざわついて……あの男は物珍しさから集まった近所の子供達に、砂糖菓子やら何やらをにこやかに配っていた。にこやかに?ニヤニヤ笑っていたのだ。あの男の外見は当時と少しも変わらない。山羊めいた髭も、血色も、そのコートも。 49

2014-07-20 23:23:11
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「やれやれ、手間がかかった。つまらぬ遠出をさせおって。モータルならば高山病になってしまうところ」メフィストフェレスが発した最初の言葉を、タケルははっきりと覚えている。「こんなところでなにをやっている。タケル・フクトシン=サン。迎えに来たぞ」「貴方は……?」 50

2014-07-20 23:27:14
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ドーモ。はじめまして」男はオジギをした。子供達は彼の自身たっぷりな異国の仕草に驚き、ワッと歓声を上げた。「メフィストフェレスです」「なんだって……?」「五分で支度しろ。フクトシン博士」メフィストフェレスは乾いた地面をステッキで打った。「欲しかったものを手に入れるのだ、博士」51

2014-07-20 23:34:26
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ア……ア……」タケルはメフィストフェレスの邪悪な瞳から目を離すことができない。「私の……」「君の望みはなんだね?目を覚ませ。情けない男だ。あらためて、君の人生を始めようじゃないか。私が力をやろう。欲しいものなら何でもくれてやろう。今こそ冒険の旅に出るのだ、博士よ!」52

2014-07-20 23:38:48
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「今だ。今」フクトシンは玄関へ走り、外を振り返った。メフィストフェレスは真っ直ぐ立って、待っていた。フクトシンはメフィストフェレスを指差した。「今だから。すぐに。だから」「五分待つ」メフィストフェレスは頷いた。「今すぐ!」フクトシンは叫び、家の中へ飛び込んだ。 53

2014-07-20 23:45:42
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

フクトシンは自室に駆け込んだ。クローゼットを開けた。アタッシェケース。場所も、中身も、何もかもわかる。しまった時のままだ。キッチンからうまそうな匂い。昼飯の時間。子供達がふざけ、妻が笑う。フクトシンはアタッシェケースを掴む。飛ぶように外へ戻る。メフィストフェレスは待っていた。54

2014-07-20 23:51:30
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「行こう!準備はできてる」フクトシンは息を弾ませた。メフィストフェレスはその目をギラギラと輝かせた。「これから忙しくなるぞ、博士!君には必ずロケットを飛ばしてもらわねばならん!」「望むところだとも!」ヘリコプターが粉塵を巻き上げた。 55

2014-07-21 00:02:48
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

列車の中、悪魔は博士に「冒険」を……博士の使命を語ってきかせた。メフィストフェレスはダイザキ・トウゴという名を持っていた。ダイザキは地球上で恐らく五本の指に入る個人資産家であり、自らは何の仕事もせず、ただ、息を吸い、吐くだけで、幾らでもカネを作り出す事ができる存在だった。56

2014-07-21 00:12:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「カネなど数字に過ぎん。たとえば……そうだな、カネはロケットの飛ばし方を知らんだろう。カネは粘土だ。お前が粘土細工を作るのだ、フクトシン博士」半開きの車窓、吹き込む風がカーテンを揺らした。メフィストフェレスはワインを飲み、サンドイッチをかじった。「私は世界の秘密に触れた」 57

2014-07-21 00:20:43
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「世界の秘密」「そうだ。そして世界の秘密は私のものではない。彼のものだ。カネなど数字に過ぎん。まことの王……秘密はまことの王が所有すべきもの。そのように定められている。その資格をカネで買うことはできんのだよ。有資格者を前に、私ごときが出しゃばることなど、できようものか」58

2014-07-21 00:27:16
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

メフィストフェレスは熱っぽく語った。「彼はロケットを飛ばさねばならん。その為に君が必要だ。こればかりは替えが効かぬ。私は手を尽くした。しかし残念ながら、かつての君の仲間達は皆、無惨なものだ。フクトシン博士。君の知識と頭脳は今やオーパーツだ。危ないところだった。手放さんぞ……」59

2014-07-21 00:33:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

その燃える目はフクトシンを震え上がらせた。この時彼は、この世にニンジャという半神的存在が確かに居るのだという事を唐突に知ったのだ。陸路。空路。磁気嵐を越え、キョート港。そしてネオサイタマに至る。彼はテクノロジーの混沌にその身を浸し、ひたすらに、失われた人類の翼を追った。60

2014-07-21 00:43:57
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「だが、これでは違う」フクトシンは息も絶え絶えに呟いた。現実が戻ってきた。「宇宙は我々を新たな段階に導くもの。地球という檻から解き放たれ、我々は……少なくとも私はそう信じていた……おお、メフィストフェレス、だが、月がもたらすものは決して……」「"我々"とは誰だフクトシン博士」61

2014-07-21 00:54:26
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエ」「答えろ。"我々"とは?人類か?社会かね?誰だ!なんたる具体性を欠いた誰だかわからぬぼんやりとした総体!ここへ来て何らかの感傷に囚われるさまは全く君らしくない。カナリーヴィルはそこから除くのか?捨てた妻子は除くのか?ひとでなしの君が感傷など!」「恐ろしいのだ!」62

2014-07-21 01:03:38
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「フー……」メフィストフェレスは激昂から覚めると、肩を竦め、フクトシン博士を解放した。「恐れは反射だ、フクトシン博士。すぐに君本来の勇猛な知性を取り戻すさ」「恐ろしい……」「頭を冷やそうじゃないか。君も私もね」メフィストフェレスは退室し、外側から施錠する。 63

2014-07-21 01:11:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

居間のTVからはタダオ大僧正と著名な青年実業家カラカミ・ノシトの殺害速報。ブラックロータスとマジェスティが死んだのだ。「フジキド・ケンジ。非人間性を秘め隠したその半生は一体どのようなものだったのでしょう。かつて彼の上司であったヤマダ・ヨリトモの不審死!そこには……」64

2014-07-21 01:23:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

深刻な表情でスタジオを歩き回る司会者はミチグラ・キトミ。下品で愚か。実にネオサイタマ的なアイコンだ。メフィストフェレスは顔をしかめた。ニンジャ覆面はいつの間にか消え去っている。黄金燭台の蝋燭の灯りに照らされながら、彼は革張りのソファに身を沈め、不愉快そうにパイプを燻らせる。65

2014-07-21 01:31:11
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「スパルタカス=サンは動いたのか」彼はアマクダリ・ネットの機密IRCを続ける。「アクシスは」彼はまだ知らぬ。アマクダリの最も長い一日が始まった事を。ウシミツ・アワーを告げる鐘の音が、重金属酸性雨に混じって市街地から届く。違和感。メフィストフェレスは再び、眉根を寄せた。 66

2014-07-21 01:33:14
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「一方、ナンシー・リー!彼女は一体何の為に我が国に?スパイでは!皆さん、同じ居住ブロックの人間をどこまでご存知ですか?名前は言えますか?趣味は?ナンシーのようなスパイでは?なんだかよくわからない音楽を聴いている?なら絶対ドラッグ中毒だ!」メフィストフェレスはテレビを消した。 67

2014-07-21 01:40:12
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

その瞬間、彼の脳裏に電撃的思考が閃く。彼の視線はある一点に注がれる。「12人」の秘密は周到に隠され続けてきた。組織内ですら、誰がその地位にあるのかを知る者は少ない。アマクダリは無敵。彼自身ですら怖気を覚える完璧な支配システム。ネオサイタマに戦いを挑むにも等しい。……だが。68

2014-07-21 01:46:32