ブラジルふぶき

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_____ @R9AD3

@SaTMRa ボーリング(穴掘る方)

2014-10-14 23:37:30
里村邦彦 @SaTMRa

低い轟音が規則的にとどろき、ときおり硬い岩盤を噛み込んでしゃっくりをしていた。雨にけぶる高い複合構造物は、むき出しの腑にも思える。人類が海を失陥してより、はや五十年が過ぎようとしていた。ひたすらに掘り続けて、三十年にもなる。埋まった絶望も希望も、未だ果てない。悪い酒のように。 1

2014-10-14 23:52:49
里村邦彦 @SaTMRa

肥沃なると御国の信ずる天地に向けた大隧道《ぶらじる超特急(ブラジリアンエクスプレス)》。それは現在、国内に数少ない超超プロテイン採掘プラントのうちで最大の一つであった。掘り抜いて地球を穿つばかりではない。万に一つ、人が海を取り戻そうと、絶望の炉に焼べ続ける燃料の大洞穴であった。2

2014-10-14 23:54:45
里村邦彦 @SaTMRa

雨の中、轟音の中、銃声が響き渡る。罵声が響き渡る。「来た、きたぞ、ちくしょう、ちくしょう、おれの深雪を! やりやがって!」「撃て、撃て、あいつも艤装がなければただの人間だ!」雨の中に走る影がある。雨の中弾雨の中を走る影がある。人間だ。やわらかな。ちいさな人間だ。少女の姿だ。3

2014-10-14 23:57:54
里村邦彦 @SaTMRa

雨の中に赤が散る。遠く《ぶらじる超特急》の胎動、武装した兵士の首が巻き藁のように吹き飛んだ。刀ではない。蹴りの一撃だ。機銃掃射を低い姿勢で潜り抜けた少女の踊るような後ろ巻き上げ蹴り(メイアルーア・ジ・コンパッソ)が人の首を吹き飛ばしたのだ。悲鳴。ただの人間、人間? 一体何が? 4

2014-10-14 23:59:26
里村邦彦 @SaTMRa

「だめですよ、提督」少女は微笑んだ。マスプロダクトな微笑み。複製躰の微笑み。かつて大量に産み落とされた海戦用超人兵士、吹雪型の一番。吹雪、だが違う。何かが違う。彼女は何だ。「通してください、私、時間がないんです」答えは銃声、銃声、銃声、吹雪が走る、赤が散る、雨の中に。 5

2014-10-15 00:01:55
里村邦彦 @SaTMRa

ほどなく吹雪の姿は《ぶらじる超特急》機関塔の中にある。いかにも超超プロテイン採掘プラントであるこの塔は、国内最大級の海戦超人兵士生産プラントである。慌てた声。起こされたばかりの超人兵士、長門、戦艦型。駆逐艦である吹雪との戦力差は雲泥。人の声、ばか、なんてことを。吹雪は微笑んだ。6

2014-10-15 00:03:50
里村邦彦 @SaTMRa

吹雪の微笑みに、長門は足を止めた。それでは生ぬるい。目覚めたばかりの超人兵士は蕩けていた。提督への情愛をプリセットされ至上命題とするはずの海戦型超人兵士が、夢見る乙女のように。そして吹雪は無造作に歩み寄り、長門と一度唇を重ね、軟体生物のように長門の首へ脚を絡みつけた。鈍い音。 7

2014-10-15 00:06:01
里村邦彦 @SaTMRa

やわらかなものがへし折れるおと。硬いものが砕ける音。滴る雫の音雨はもう遠い。剥き出しになった鋼化神経ごと、吹雪は長門を食っていた。丁寧に解体して手早く口に運ぶ。片付けるにはものの五分もかからない。お行儀悪にげっぷをして、吹雪は歩みを再開する。だめだ、この異形。止められるものか。8

2014-10-15 00:08:41
里村邦彦 @SaTMRa

ほどなく吹雪はケージにたどり着く。警戒レベルの薄い、もちろん秘匿されていない、ありふれた超人兵士のケージ。覗き込むなかには同じ姿があった。もちろん違う。吹雪だ。同じ吹雪、違う吹雪が顔を合わせた。くちもとを赤に染めた吹雪が微笑する。やっとみつけた。私、私ね、おなかいっぱいなの。 9

2014-10-15 00:10:23
里村邦彦 @SaTMRa

だから、ねえ私。私になって、つぎの私に。吹雪は無造作に吹雪の檻を蹴り砕く。赤い吹雪は蕩けた笑みを浮かべている。呆然と吹雪が歩み出る。赤い吹雪は微笑んで、 10

2014-10-15 00:11:30
里村邦彦 @SaTMRa

両手で自分の頭を抱えると、力任せにねじ切った。赤くない吹雪が真っ赤に染まった。赤かった吹雪がごろりところがる。赤くなかった吹雪の喉が、お行儀悪くごくりと鳴る。 11

2014-10-15 00:12:31
里村邦彦 @SaTMRa

吹雪型はもっとも多く生み出された超人兵士であったという。そこから生まれた「吹雪でない何か」が闊歩して未だ二年ほどでしかない。《ぶらじる超特急》は低く唸り続けていた。ぬかるみを素足で踏んで、吹雪は晴れ間へ踏み出した。とても、おなかがすいていた。12

2014-10-15 00:14:08