クロの恋

第一部終了。ここまでをまとめました。
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クロ @kuronokoi

仕事帰り、いつもの道、いつものコンビニへ。店員がいつものとは違い、小さく舌打ち。温めますか、箸は何膳いりますか。いちいち断るのが面倒。会社ではクレーム処理、人間とは話したくない。弁当とビールをぶら下げてアパートに帰る。建物の前、角の暗がりに目を懲らす。「…クロ?」今日も返事なし。

2011-11-28 13:45:25
クロ @kuronokoi

しばらく待ってみる。だけど現れない。諦めて部屋に入る。窓を少しだけ開け、弁当を食べる。ビールを飲む。時々窓に目を向ける。やつの姿はない。今日も来なかったか。諦めて布団に入る。窓は少し開けたまま。まだ冬じゃない。開けていても平気だ。夜中に何度か目を覚ます。布団に重みは感じない。

2011-11-28 13:50:25
クロ @kuronokoi

いつもの帰り道、いつものコンビニの、今日も店員は違うヤツ。弁当とビールと、それから人間用じゃない缶詰を一つ買う。アパートの前、少し待ってみる。気まぐれな猫だ。別宅が気に入って、そこに入り浸りなのかもしれない。それならいいんだが。姿を見なくなって二週間。今日もクロは現れなかった。

2011-11-28 21:34:25
クロ @kuronokoi

弁当を食べビールを飲み、時々窓を見る。寂しさは感じないし退屈だとも思わない。部屋の隅には人間用じゃない缶詰がタワーになっている。雑食の野良だ。他で豪勢な餌にでもありついたか。寂しくも退屈でもないが、あの無愛想な顔が懐かしい。俺の愚痴を黙って聞いてもらえる、唯一の相棒だったから。

2011-11-28 21:48:42
クロ @kuronokoi

いつもの帰り道、いつものコンビニ袋をぶら下げて。アパートの前、蹲る影に足を止める。「…クロ?」ゆらりと立ち上がったのは背の高い男だった。ギョッとして一歩後退る。男は俺をじっと見ている。また一歩後退る。小首を傾げてこちらを見る仕草が何故だか既視感。「…しんいちさん」男が俺を呼ぶ。

2011-12-03 21:26:09
クロ @kuronokoi

しばらく見つめ合う。頭の中は?で一杯だ。なぜ俺の名を知っている?俺はこんなやつは知らない。背の高い男はそこから動かずじっと俺を見つめたままだ。少し傾いだ顔は外灯に半分照らされて、それがうっすらと笑っている。「……クロ、なのか?」俺が聞くと、男はにゃはん、と笑ってニャアと鳴いた。

2011-12-03 21:31:09
クロ @kuronokoi

「クロ?」男がニャアと鳴く。「マジで?」やっぱりニャアと鳴いた。「んなわけあるか!」急いで階段を昇った。男はそこから動かない。ドアに鍵を差し込みながら一度だけ振り返る。男はまだそこにいた。さっきいた場所から一歩も動かずに俺を見上げている。ドアを開け、中に入り、急いで閉める。

2011-12-03 21:37:42
クロ @kuronokoi

弁当を食べ、ビールを飲む。今日は窓は開けなかった。なんなんだ?気持ち悪い。早々に布団に入り、電気を消す。風が吹いて窓をガタガタと揺らす。風の音が時々なにかの泣き声に聞こえ、俺は頭から布団を被った。

2011-12-03 21:40:18
クロ @kuronokoi

今日も同じコンビニへ。店員はもはや誰だったのか覚えていない。アパートの前で立ち止まる。あの男がいた。俺を見て昨日と同じに立ち上がる。「しんいちさん」また俺の名を呼んでいる。男の前を通り過ぎ、アパートの階段を昇りだす。振り返る。男はそこにいる。また階段を昇る。ドアに辿りつく。

2011-12-03 21:45:22
クロ @kuronokoi

ドアを開ける。下の男を見る。やつはじっと俺を見つめている。顎でしゃくると、男はゆっくりと階段を昇ってきた。部屋の前までやってきたやつにもう一度顎で合図をする。スルリと猫のように入って来た。クロではない。分かっている。部屋に入れたのは、男が寒さに震えながら、俺を待っていたからだ。

2011-12-03 21:50:02
クロ @kuronokoi

ビールと弁当と、それから何故か牛乳を買ってみる。別に意味はない。飲みたいような気がしたから。アパートの前、今日もあいつがいた。黙って階段を昇ると、後ろからあいつも付いてくる。ドアを開ける、スルリと入ってくる。弁当を温める前に、カップに注いだ牛乳をレンジに入れた。

2011-12-04 15:25:38
クロ @kuronokoi

弁当を食べる俺の前で、人間のクロがミルクを飲んでいる。本名は知らない。俺が「クロ」と呼んだらニャアと応えたから、そのままクロと呼んでいる。奇妙な関係。人間のクロは猫のクロと同じようにたまにやってきては俺を待っている。害もないし迷惑でもない。他人が見たら驚くだろうが俺には関係ない。

2011-12-04 15:38:46
クロ @kuronokoi

「…今日はまいった」ポソリと愚痴が零れる。クロは両手でカップを持ったまま俺を見つめている。小首を傾げて聞いている様子は前と同じに変らない。…いや、以前俺の愚痴を聞いてくれていたのは猫だった。こいつは違う。だけど何故だろう。知らない男の前で俺は愚痴を零している。当たり前のように。

2011-12-04 15:46:20
クロ @kuronokoi

「お前は誰だ?」クロがニャアと鳴く。「口がきけないのか?」またニャアと鳴く。「嘘を吐け。俺の名前を呼んだじゃないか」クロは今度は鳴かず、へらりと笑った。「それに全然黒くない」クロをクロと呼んでいたのは、黒猫だったからだ。目の前でへららんと笑っているクロは、どちらかというと色白だ。

2011-12-08 16:40:55
クロ @kuronokoi

「あっちのクロは来ないな」部屋の隅に今も積み上げられている猫缶に目をやる。クロがミルクをズズッと啜る音がした。「お前黒い猫知らない?」俺の問いに、クロはいつものように小首を傾げ小さくニャアと鳴いた。「他所で浮気してんならいいんだけど。ま、こっちが浮気相手なのかもな」それでもいい。

2011-12-08 16:54:18
クロ @kuronokoi

弁当を食べビールを飲み、俺が一方的にしゃべるのを、クロは黙って聞いている。風が窓を叩き、それが合図のようにクロが立ち上がった。「帰んのか?」クロにも本宅は勿論あるのだろう。引き止める理由もないし、また来いよとも言わない。来たくなったら来るんだろうし、俺もきっと追い返さないだろう。

2011-12-08 16:59:40
クロ @kuronokoi

靴を履いて振り返ったクロは、クロのくせに俺よりもデカイ。ガタガタと風がドアを叩く。今日は風が強いようだ。「ちょっと待ってろ」寒そうな格好のクロに、何かないだろうかと部屋の中を探してみる。これなら返さなくてもいいか、とクロの首に巻いてやったのは、古くなったバスタオルだった。

2011-12-08 17:05:44
クロ @kuronokoi

「なんか、シュールだな」背の高い色白の男は、よく見るとなかなかの美男子だ。それがやたらと色の派手な、しかもヘタれたバスタオルを首に巻き、ニャアと鳴いている。「こんなもんしか貸せないけど。ないよりはましだろ?」笑いながら俺が言うと、クロもにゃはんと笑い、「ありがと」と言った。

2011-12-08 17:11:46
クロ @kuronokoi

仕事帰り。今日はいつものコンビニには寄らず、スーパーまで足を伸ばしてみる。弁当は飽きた。栄養も偏るし。カゴを持って店内を歩く。何にしようか。寒いからおでん?鍋もいいかもしれない。カレーやシチューなら作り置きも出来るし。野菜も鍋も、一人暮らし用が売っている。便利だが不経済だ。

2011-12-11 21:45:46
クロ @kuronokoi

店内をうろつき、結局おでんの材料を買った。米とビールも。とても重い。足早にアパートへ帰る。奴の姿はない。まあいいか。毎日来るわけでもないし。おでんを煮ながら時々窓から外を見てみる。今日は来ないつもりだろうか。五回目に窓の下を覗いたとき、いつもの場所からクロがこちらを見上げていた。

2011-12-11 21:46:06
クロ @kuronokoi

「クロ!」声を掛けるとクロはゆっくりと階段を昇ってきた。俺のあげたバスタオルを首に巻いている。「馬鹿かお前」クロがニャアと鳴く。バスタオルから出ている鼻が赤い。「灯りがつついてんだから、居るの分かるだろう」小首を傾げてこちらを見ている。俺が顔を出すまで待つつもりだったのか?

2011-12-11 21:46:28
クロ @kuronokoi

「部屋にいたらお前が来てもわかんないだろ。そういうときはドアを叩け」台所からおでんの入った鍋を運びながら言うと、クロは一瞬眩しそうな顔をして、それから「うん」と言った。テーブルに置いた二つの皿の一つをクロに渡す。「今日、寒かったから。おでん好きか?」俺が聞くと「好き」と答えた。

2011-12-11 21:46:46
クロ @kuronokoi

世間の今日はクリスマスイブ。だけど俺には関係ない。ただの土曜日だ。飯を食い、テレビを眺め、ときどき外に耳を澄ます。冬の日は短く、気が付けば、ストン、と夜が訪れた。世間では特別な夜、俺にはいつもの週末の夜。寝転んでテレビを眺める。ほとほととドアが鳴り、外からニャア、と声が聴こえた。

2011-12-24 14:34:09
クロ @kuronokoi

「…なんだお前」クロがニャアと鳴く。「こんな日に行くとこないのか?」クロがへらぁ、と笑う。「寂しいヤツ」俺のあとについて部屋に入ってくる。「昨日の残りのカレーしかねえぞ」それでも食うかと聞くと、「食べる」とクロは答えた。

2011-12-24 14:44:06
クロ @kuronokoi

いつもと変わらない夕飯の風景。テレビの中だけがクリスマス仕様だ。イルミネーションが映し出され、外国の歌手がそれらしい何かを歌っている。クロは俺がやったバスタオルをまだ後生大事に首に巻いてやってくる。そんなん巻いて歩いてたら、きっと笑われるだろうに。変なヤツ。俺は可笑しくて笑った。

2011-12-24 14:48:39