ミソッス戦記（グランクレスト大戦）

「こんばんはぁ～」
ミソッスがある人物に向けた手紙を書き綴っていると、彼のテントを一人の女性が訪ねて来ました。
「あ！　メガネちゃん！？　メガネちゃんじゃないか！　どうしたんだこんな時間に？」
「……来ちゃいました（笑）」
最終決戦を前に、メガネちゃんが挨拶にやって来たのでした。
思わず書いていた手紙を背に隠します。
「はう！　今何か隠しませんでしたかあ！？」
「い、いや別にそんなことは……」

こういう時は妙に目ざといメガネちゃん。ミソッスの隠した手紙をひったくります。
そして瞬時に内容を確認すると……それは、グレイルという同盟所属の人物に宛てた手紙でした。
詳しいことは書かれていませんでしたが、察するに決闘状のようです。
「……ミソッスさん、まさか決闘をされるつもりなんですかぁ？」
「ああ。これが最後のチャンスだからな……」
「そんな危ないことは、やめたほうがいいですよ。
だだ、だってホラ、ミソッスさんの武勇は連合でもかなり評価されてますし！
もしそれで死んじゃったら、全部水の泡になっちゃいますよぅ！？」

「死んでもいいと思ってる。
別に俺は盟主に評価されるためだけに今日まで戦ってきたわけじゃない。
自分なりに何かを探して、何かを求めて、その結果人が救えるなら、戦うのが良いって思っただけなんだ」
真面目に主張するミソッスを見て、メガネちゃんはかける言葉を失ってしまいました。
「で、でも……っ」
「それにさ。そいつは、その手紙の相手は、唯一そう思える相手なんだ。
だから結果は気にしない。全力でぶつかってみたいんだ。後悔しないように……」

それは文字通り、命を懸けた決闘のようでした。
メガネちゃんは思います。
果たして今まで、私はそこまで真剣に物事に取り組んだことがあっただろうか、と。
「一つの所に命を懸ける……一所懸命、ですね。分かりました。
願わくは、無事戻ってこられるように、祈っていますね！」
「ありがとう。……ホイホイ！　聞いてたろ！？」
不意にミソッスがテントの外の方に呼びかけると、魔法剣士ホイホイがおずおずと現れました。

「お前に大事な仕事を任せたい。これを同盟のグレイルって女の所に届けて欲しいんだ」
「はぁ……」思わずホイホイがため息をつきます。「もう決めてしまわれたんでしょう？」
「話が早くて助かるよ」
「届けるのはいいですけど、そこでボクの任務は終わりですからね。
その後どういう行動を取ろうが、それはボクの勝手です。いいですね！？」
ミソッスは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに笑顔で頷きました。
「お前を信じてるよ」
ばつが悪そうな態度で出て行くホイホイに続き、メガネちゃんも会釈をして退室しようとして……

……そこで振り返り、言いました。
「ミソッスさん。私の本名、忘れてませんよね？」
「…………ん？」泳ぎまくるミソッスの目。「あ、ああ。もちろんだよ」

その夜、連合領内のとあるテントで、遅くまで女性の名前を叫ぶ声が響いていたとかいないとか……（笑）

「わわっ！」
暗くなったキャンプのはずれで、ミソッスが声を上げました。
驚いたのは、夜の闇に浮かぶ二つの瞳を見つけたからです。
「何をそんなに慌ててるにゃ？」
瞳が声を発したかと思うと、目が闇に慣れてきたのか、うっすらと猫の身体が見えてきました。黒猫のケット氏です。
「な、なんだケット氏か。脅かさないでくれよ」
「魔物かと思ったのかにゃ？失礼なヤツにゃあ。」

「人間は臆病な生き物にゃ。
最後まで他者を信じきることができない、疑うからこそ怯えたり嫌悪してしまうのにゃ。
他者を脅威に、あるいは不快に感じるからこそ、その要因を排除しようとする――その精神がやがて戦乱に至るのにゃ。」
ミソッスは、いきなり哲学が始まった！と思ったけれども、そういえばケット氏は軍師だった、と思い出すのでした。
「大切なのは、互いを認め合うこと、信じあうこと――欺かれてもいいと思えることにゃ。
そうすれば争いは決して起きにゃい。それなのに……にゃあ。」
「簡単に言ってくれるなあ。そう簡単に他人を信用できるなら、戦争どころか盗みや喧嘩の一つも起きやしないだろう。
ケット氏は信じられるのか？　他人を」

ミソッスは気になっていたのです。
猫でありながら人の戦乱に首を突っ込み、軍師をしているケット氏が普段どういったことを考えているのかを。
「ワシも最初は誰も信じとらんのにゃ。情報が何もないからにゃ。
でも、ワシ自身がこの目や耳で実際に見聞きした経験は疑いようがないのにゃ。
その経験が教えてくれるのにゃ。お主やその仲間たちが信用に値する人間であるということをにゃ……」
ケット氏は真面目な話をしつつも、後ろ足で首元を掻いていました。小虫でも付いていたのでしょうか。
「信じてくれるんだな、俺たちを」

「もちろんにゃ。特にミソッスはソルの友人だからにゃ。最初から信じていたのにゃ。
ソルとシアのやりとりは度々おかしなところがあって退屈しないし、二人には世話になったからにゃあ。
ああ、思い出してきたにゃ……シアの作るご飯は美味しいのにゃ。また食べたいにゃあ……」
猫の舌なめずりを観察した後、ミソッスは立ち上がって言いました。
「食えるさ、いくらでも！この戦争が終わったらな！」
「……元気が出てきたみたいにゃ？」
「ああ、おかげさまで」
猫と通じ合えた感覚が急におかしく思えて、ミソッスはクスクスと笑いました。
対するケット氏のほうは、それを見てぽかんと首を傾げていました。