足音の追跡者#3(終)

洞窟に潜った冒険者たちに襲い掛かる、魔法使いの罠! 足音の追跡者#1 http://togetter.com/li/788713 足音の追跡者#2 http://togetter.com/li/792043 続きを読む
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(前回までのあらすじ:天然洞窟のダンジョンを訪れた盗賊のキリマ、熟練の戦士のジルベル、若い戦士のギルーは謎の死体を発見する。その後、生き残っていた軽戦士と共に足音に追われることになる。足音に追いつかれたら、死ぬというのだ。そして軽戦士とジルベルが命を落とす)

2015-03-13 20:49:08
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静かな洞窟に、地下水の水たまりをかき分ける水音が響く。すでにズボンは水を多く吸い、肌着にも汗が滲んで重い。盗賊のキリマは若いギルーの自信が分からなかった。自分たちは追い詰められている。謎の足音に、追い詰められているというのに! こんなにも、彼は笑っている! 63

2015-03-13 20:52:40
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ギルーは話を続けた。「分かった、分かったんだよ。この魔法陣の歪みが。さぁ、よく見ろ。この鍾乳石」 若いギルーは天井から垂れる鍾乳石を指差した。キリマはランタンでそれを照らす。すると、それは人の手で折られた跡があった。しかも、それは進行方向に有った。 64

2015-03-13 20:56:58
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「さっき走っているとき、鍾乳石を折ってしまったんだ。それがもう一度目の前に出てきた。それから何度か目印をつけたけど、それも再び出てきたんだ」 「つまり……この道は輪になっているってこと?」 「そうさ。現に、僕たちはいつになっても行き止まりに辿りつかない」 65

2015-03-13 21:00:35
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相変わらずヒタヒタという足音は続いている。差は離れることなく、縮むことは無い。ギルーは息を切らしながら言った。「キリマ、君は先に行け。そして、この輪の先にいる……追跡者を逆に追いかけるんだ」 環状の構造になっているのなら輪の先にいる追跡者の背後に行けるだろう。 66

2015-03-13 21:04:06
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しかし、キリマは悲鳴のような声を上げた。「ダメだよ、わたし、これが限界だよ! これ以上速く走れないよ! やっぱり魔法陣は破れないよ」 「大丈夫、行ける、行けるんだ。そう、僕の体力はもう限界だ。キリマ、君はまだ走れるだろう」 ギルーは続ける。 67

2015-03-13 21:07:00
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「僕はゆっくり走る足を遅らせる。キリマ、君は先に行け。足音は、ゆっくりと僕に追いつき、僕を仕留めるだろう。その間に、君は先に行け。そして、足音の背後を捉えるんだ」 それが意味すること……それはギルーの犠牲だった。しかし、キリマにはそれ以上の案が浮かばなかった。 68

2015-03-13 21:10:32
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盗賊のキリマは意を決した。「わかったよ、ギルー。わたし、走るから。絶対に、あなたを助けるから。絶対、追いついてみせるから!」 確証は無い。本当に足音に追いつけるか分からない。犠牲は無駄になるかもしれない。そして……一人になったキリマも死ぬかもしれない。 69

2015-03-13 21:13:49
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しかし、賭けるしかないのだ。このまま状況が膠着したまま疲れ果てて死ぬよりは、何か行動をするしかないのだ。ギルーは言った。「蘇生費用、二人分になってしまうな、苦労をかける、キリマ」 「いいえ」 キリマは笑って言った。 70

2015-03-13 21:16:53
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「笑顔でいれば、大丈夫よ」 71

2015-03-13 21:17:10
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キリマは駆け出した。全速力で、揺れるランタンのガラスが割れそうなほど、地下水の水たまりで服が濡れるのも構わず走りだした。決めた。彼女は決めたのだ。作戦を成功させるには、迷いなどいらない。彼女はいま、逃げるのを止めたのだ。彼女はいま、円環の道を追いかけ始めた。 72

2015-03-14 20:36:23
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ヒタヒタという足音が消える。ギルーのバシャバシャと水たまりをかき分ける水音も消える。彼女の耳には、激しく脈打つ心臓の鼓動と蒸気機関車のような吐息だけが聞こえていた。このまま真っ直ぐ走れば、あのヒタヒタという足音に追いつくことができる。もちろん、姿は見えない。 73

2015-03-14 20:39:12
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「はやく……もっとはやく。追いつくためには、本気で走らなくちゃいけないんだ」 息も絶え絶えに、小さくつぶやいた。自分自身に言い聞かせるように。あの気味の悪い足音は、永遠に自分が追いかける側だと思ってるんだ。あいつに、思い知らせてやらなくてはいけない。 74

2015-03-14 20:41:22
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洞窟が弧を描いて伸びている。声が聞こえる! ギルーの声だ! 「僕はここだ。僕はここだ。追いついてみせろ、足音め、僕はタダでは死なないぞ!」 例のヒタヒタという足音は聞こえない。それでも、ギルーの声で自分が洞窟を一周回って逆側から追いつきつつあることが分かる! 75

2015-03-14 20:46:26
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ランタンの明かりに照らされて、進行方向にギルーの姿が現れる。彼は血まみれで鉈を振りまわしていた。が、力尽きて倒れる。敵の魔法使いはどこだ? 魔法陣の中心、歪みの現況。あっという間にその距離は近づいてくる。キリマは声を上げた。「追跡者め、今度はわたしが追う側だ!」 76

2015-03-14 20:49:26
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次の瞬間、キリマの持つランタンの明かりが爆発したように弾けた! 閃光に包まれる洞窟。そして、魔法使いの……追跡者の影を浮き彫りにする! キリマはナイフを抜いた。追跡の魔法使いは、その霞のような影をねじって後ろを向いたように思えた。もはや、彼は追いかけることはできない。 77

2015-03-14 20:52:06
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追跡者の姿が光の中で次第に明らかになってくる。宝石の装飾品をじゃらじゃらとぶら下げた服、ボロボロのズボン、立派な二角帽は羽根で飾られていた。追跡者の顔を覆っていた靄が光に消し飛ばされる。その顔は、髑髏そのものだった。追跡者は、すでに死んでいたのだ。 78

2015-03-14 20:55:10
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追跡者の魔法陣だけが生き残っていて、犠牲者を生みだしていたのだ。キリマは短刀を抜き片手に構えて追跡者に突き刺した。どうやって倒すかは分からなったが、剣で刺せば少しは痛がるだろう。髑髏はカタカタと歯を鳴らして、黒いガラス片となって弾け飛んだ。キリマは目をつぶる。 79

2015-03-14 20:58:07
減衰世界 @decay_world

やがて嵐のような魔力の風が吹き荒れ、キリマは短刀を抉り込みながら必死に耐え続けた。突如、全ての音が消え、風がやむ。静かな洞窟の水音……地下水が天井から垂れる音だけが聞こえるようになった。キリマはゆっくり目を開ける。ランタンの明かりはついたままだ。 80

2015-03-14 21:00:30
減衰世界 @decay_world

魔法使いは? 魔法使いはどうしたのであろうか。キリマは疑問に思った。足音の魔法使いの姿は無く、ただ宝石で飾られた豪華なボロ切れが短刀に引っかかっているだけだった。死んだのだ。足音の魔法使いは完全に死んだのだ。いまは、その魔法陣は完全に消滅していた! 81

2015-03-14 21:04:24
減衰世界 @decay_world

キリマは短刀に引っかかったボロ切れを振り落とすと、ギルーに駆け寄った。「死なないで、ギルー。死なないで……ああ……」 ギルーの顔にべったりと張り付いた血を拭うキリマ。ギルーは小さく咳き込むと、ゆっくりと目を開けた。「大丈夫、死なないよ。死んでたまるか」 82

2015-03-14 21:08:48