トゥー・テンプラズ・ゼア・イズ・ノット・フォー・ファーザーズ#1
- tarorininja
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年の瀬のネオサイタマに、冷たく侘しい風が吹き抜けていく。重金属酸性雨こそ今日は降っていないものの、変わらない薄曇りの空は道行く過重労働サラリマンたちの気分に蓋をしているようだ。1
2015-04-03 00:53:49まだ乾ききっていない薄汚れたアスファルトの地面、アーケード下の壁。雨に打たれた警察のポスターが壁から剥がれ、べチャッと地面に落ちた。旬を過ぎたアイドルが、「オハギ、ダメ絶対」「本質を見誤る」と造花じみた笑顔で訴えかけている。2
2015-04-03 00:54:06当然、そのようなポスターに目をやるものなどいない。年末のネオサイタマは忙しい。「センセイも走る」とはよく言ったものだ。寒風に身を縮こまらせ、足早に通り過ぎていくサラリマンたちの靴がポスターを踏んでいく。3
2015-04-03 00:54:28「…ウウ」雑踏の中、一際貧相な着古した鼠色のコートを着た貧相な男が背中を丸めて歩いていく。こけた頬は過重労働によるものか。ワタナベ・ワダチ。30手前の薄給デッカーである。((踏むなよォ…大事だろ…オハギ、ダメでしょ…?))4
2015-04-03 00:55:00「オショガツ準備重点」「子供の笑顔は親の責任」「ノーオセチ・ノーオショガツ」ワタナベの頭上を、広告アドバルーンが過剰消費を促す文言をうたいながら飛行していく。電光掲示板には、コタツで仲良くオセチをつつく家族のCM。「アイエエエ…」ワタナベは情けない声を上げた。5
2015-04-03 00:55:27コケシマートのオセチはウメ・グレードでも15万円する。年末のボーナスと親のプライドを計算に入れた巧妙な値段だ。しかし、デッカーに昇進したばかりの…それも手柄を上げられていないワタナベに手が届く値段ではない。ボーナスは絶望的だ。6
2015-04-03 00:56:06大学時代に知り合って結婚した妻は、よく自分を支えてくれている。息子もカワイイだ。押収したオハギを上手く横流しすれば簡単にマネーは手に入るだろう。しかしワタナベはそれを良しとは思わなかった。7
2015-04-03 00:56:27((スミマセン…ミマミ=サン…ごめんよナットウ…))肩をすぼめて歩くワタナベ。疲れからか、前に居た大男の背中にぶつかってしまった。「ン?」「アイエッ!スミマセン、スミマセン!」8
2015-04-03 00:56:48水飲み鳥めいて何度も頭を下げるワタナベ。卑屈な彼の卑屈な癖だ。「スミマセン!ウッカリ!」「…ワタナベ=サンか?」落ち着いた低い声は大男のものだ。「エ?」何故自分の名を?「やっぱりそうか。ワタナベ=サン、俺だ。ナブセだよ」9
2015-04-03 00:57:24ワタナベは顔を上げた。精悍な顔つきの、一目でデッカーと分かるアトモスフィアを放つ大男。「ナブセ=サン!」ワタナベは顔を輝かせた。「久しぶりだな。デッカーに昇進したそうじゃないか。オメデト」「アリガトゴザイマス!」10
2015-04-03 00:57:48デッカーに憧れ、マッポになったワタナベは、先輩でありエースであるナブセの指導を受けた。ナブセは腕利きのデッカーであり、何よりカラテがヤバイ級だった。10段?20段?ワタナベの見立てでは100段はありそうだった。11
2015-04-03 00:58:14「どうしてナブセ=サンがここに?」「配置換えになった。歩きながら話そう」「ハイ、ヨロコンデー」ワタナベは飼い主と再会した犬めいて、ナブセの後に続いて職場へと向かった。12
2015-04-03 00:58:33オハギは違法薬物の中でも代表的なものだ。危険な甘みは血中に溶け、ケミカルな幸福感と優しい幻想をもたらし、服用者の本質を曖昧にする。ナブセは優秀なオハギ捜査官で、ナブセに憧れるワタナベもオハギ捜査官になったのだ。13
2015-04-03 01:00:53しかし、最近はどうもこの辺りのオハギ売人たちが狡猾だ。なかなか尻尾を掴ませず、ワタナベのスコアは上がらない。巨大な暗黒組織がバックについているのではと思わせるような流通の仕方をしている。14
2015-04-03 01:01:12「要は、応援に回されたのさ。お前が頼りないからだぞ、ワタナベ=サン」休憩所でチャを飲みながら、ナブセが辛辣なジョークを言った。「アイエエエ…」「はは。冗談だ。新米の時期なんか誰にでもある。一緒にガンバロ」「ハイ!」15
2015-04-03 01:01:30その日からワタナベはナブセについて捜査を行った。ナブセは見事な交渉術とカラテで、次々とインタビューを成功させていった。検挙した売人の数も先月比三千パーセントを記録した。ワタナベのスコアも伸び、ボーナスの見込みも明るくなった。16
2015-04-03 01:01:59((ナブセ=サンはスゴイ!ナブセ=サンのおかげでボーナスの見込みも立ったぞ!オセチ…テンプラ…マグロ…そうしたものが…家族に…))ワタナベは、心からナブセにソンケイを捧げていた。17
2015-04-03 01:02:19コトコトとミソスープの鍋が煮立っている。「エ?オセチ?」小さく粗末な台所で、ミマミが帰ってきたワタナベに聞き返した。「ようこそ」と書かれたエプロンをつけた、彼女の胸は豊満だ。19
2015-04-03 01:03:12「ワダチ=クン、君の自我が心配だわ」「ダイジョブダッテ!」ワタナベは給与明細を広げて見せた。「ほら!ボーナスが出たんだ!これならタケ・グレードのオセチが」「ふーん。ダメ」「ハイ」ミマミはシリアスだ。21
2015-04-03 01:04:05「使いたいだけ使っていいのは知恵だけよ。お金は溜められるんだから、使いたいだけ使うなんてことはしちゃダメ」「ハイ」ワタナベは2つ年上のミマミのシリアスさと豊満さに頭が上がらないのだ。22
2015-04-03 01:04:29「でも…ミマミ=サン。いつも苦労を…せめて今年くらいは」「ダメ」「じゃあ、スゴイタカイ・ビルのセルフ・テンプラレストランに…」ワタナベは食い下がった。彼にも家族にゴチソウを食べて欲しいというエゴがあるのだ。23
2015-04-03 01:04:46「テンプラは二つで十分よ」「ハイ」ワタナベは背中を丸めてしまった。「ワダチ=クン」ミマミがオタマを置いて、エプロンで手を拭きながらワタナベを振り返った。24
2015-04-03 01:05:07