切符と約束ss

切符を失くした男が嘗ての約束を想い出した時、本当の旅路が開かれる。以前連投したssのまとめです。
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てい @orztee

「切符を拝見」 車掌服を着た空洞が目の前に立ち止まる。 「失くしてしまった」 私の言葉に、空洞は揺らめく。 「では、貴方は何処へも行けません。永遠にこの列車から出ることが出来ません」 そう。だから失くしたのだ。 頷いて見せると、空洞は微笑んだ、ように見えた。

2015-02-25 23:43:35
てい @orztee

「切符を失くすなどとんでもない」 隣の乗客が大仰に声を上げる。 「貴方、『理由』無しで生きていけるのですか。いや、出来ないからここに留まるのでしたね。兎も角、そんなことではいけない。人間として、なっていませんよ」 私と空洞は黙って笑った。理解し得る者にのみ理解されれば良い。

2015-02-25 23:49:48
てい @orztee

窓の外に目をやると、これから先も絶対に足を踏み入れることのないであろう道が、一塊の色の集合体となって流れていくのが見える。 その中に一瞬だけ、幼年期に約束を交わした少女の姿が見えた気がした。小さな小指を突き立てて、笑っていた。思い出せない約束の内容が、切符の形を取って想起された。

2015-02-25 23:54:27
てい @orztee

気づくと駅に立っていた。寂しい駅の構内である。手の中には緑色の切符が収まっている。 急いで振り返ると、列車の中の空洞と目が合った。 「良い旅を」 扉が閉まる直前、そう聞こえた気がした。 私は涙をのんで歩き出す。 改札口の向こうでは、あの少女が大人になって、私を待っているのだった。

2015-02-26 00:04:15