佐藤正美Tweet_20150616_30

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佐藤正美 @satou_masami

「制度のありかた」を変えることができなかったというのは、そうすることが――変えないということが――われわれの性質にとって「ムダな労力」を使わないということなのかしら。というのは、たとえ、「制度」を変えても、ふたたび、雑草が生い茂ることがわかっているから、と。

2015-06-22 17:14:02
佐藤正美 @satou_masami

マンネリも嫌だけど変革も嫌、というのが人性かもしれない――少々の変化があればいい、と。

2015-06-22 17:15:38
佐藤正美 @satou_masami

制度のなかで水膨れしている人数が自身たちのために作った事務であれば――しかも、その余計な作為が制度の一部として組み込まれてしまうと――、それぞれの人は自身がやるべき仕事を持っているかぎりにおいて、自身の仕事が制度のなかでムダであると指弾されたら、かならず反駁するでしょう。

2015-06-22 17:18:54
佐藤正美 @satou_masami

或る事態は、その事態を包摂する もっと広大な事態の一部でしかない。そのかぎりにおいて、ひとつの「制度」は、その「制度」のみを対象にして是非を問うことは無意味であって、その「制度」を包摂する ヨリ大きな事態のなかで考えるべきでしょうね。

2015-06-22 17:21:53
佐藤正美 @satou_masami

耳栓をしている連中は、元々、或る主義を固持していて、その主義にとって都合のいい書物しか読まない族(やから)でしょう。ただ、困ったことに――悲しいことに――そういう族は、「知的産業(論理を技術とする仕事)」と云われているコンピュータ業界に わんさと棲息している様です(苦笑)。

2015-06-22 17:25:17
佐藤正美 @satou_masami

江戸時代の書物のなかに面白い文を見つけた――「とかく臭気(くさみ)の付(つく)族(わごぜ)に真物(まことのもの)はなしと知るべし」(「艶道通鑑」)。「臭気の付族」というのは、半可通 [ 十分通じていない様、未熟なくせに通人らしくふるまう様 ] ということ。

2015-06-22 17:29:52
佐藤正美 @satou_masami

ちょっと立ち止まって、ちょっと常識をはたらかして、以下のことを自問してみればいい――「われわれの今の やりかた は、今の環境のなかで ききめ があるのか」と。

2015-06-22 17:32:15
佐藤正美 @satou_masami

自分のわかる程度の図を描いていれば満足を覚えるでしょうね。そして、仲間が集まって自画自賛している。そういうシステム・エンジニアの「テクノロジーに対する感覚」って一体なんなのか――私の思いすごしかもしれない。私はコンソーシアムにかつて参画して苦い体験をしているトラウマかもしれない。

2015-06-22 17:35:21
佐藤正美 @satou_masami

システム・エンジニアが じぶんの頭のなかで どのような心像(夢想)を描こうが、「環境(現実)」は歴然として存在して歩み続けている。

2015-06-22 17:37:11
佐藤正美 @satou_masami

ひとりのシステム・エンジニアが事業を観て頭のなかで どのような像を描こうが、原像(現実)はシステム・エンジニアの外部で歴然として存在しているのだから、原像がシステム・エンジニアが描いた像の実証(実例)とならないかぎりは、システム・エンジニアの心象は夢想にすぎない。

2015-06-22 17:40:09
佐藤正美 @satou_masami

「古きに止まらず、かつ、新たに先走る」こともない――原論のなかに しっかりと根を張っていれば。

2015-06-22 17:41:31
佐藤正美 @satou_masami

「クレヨンしんちゃん」――新ちゃんが飼い犬のシロに餌をやるのを度々忘れて両親にとうとう叱られた。「餌と散歩の係だろう」と怒られて、餌係を嫌がっている新ちゃんが言う「オラは責任をとります。シロの餌係から外してください」とw。こういう引責辞任は企業・政治の世界で多数あるw。

2015-06-22 17:44:55