Flying Zebraさん ‏@f_zebra による、リスク対応のコストメリットについて

自分用まとめ
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Flying Zebra @f_zebra

土木構造物を例にとって、耐震設計について少々。土木構造物の多くは社会インフラを支えるものであり、例えば道路構造物なら交通サービスの提供、河川構造物なら治水や利水といった機能の発揮を目的として設置されている。これらの機能は、地震その他の災害が発生しても変わらず発揮されるのが理想だ。

2015-10-06 22:51:58
Flying Zebra @f_zebra

一方、供用期間中(一般に50~100年程度)に発生する可能性が極めて低い巨大地震などの甚大災害に対して、全ての構造物が全く被害を受けないように設計するのは技術的には可能でも、合理的でもなければ「命を守る」ことにもならない。

2015-10-06 22:53:56
Flying Zebra @f_zebra

ある程度の社会経験を有する人には自明のことだと思うが、どうもそこが理解できていない人も少なくない印象なので冗長にはなるが少し丁寧に説明してみる。現在の先進国の生活の中ではあまり意識する事がなくなってきてはいるが、世の中には人間の安全を脅かすリスクが数多く存在する。

2015-10-06 22:55:25
Flying Zebra @f_zebra

人の命に関わるリスクに限っても、豊かな先進国ですら完全に無くすことはできない。ほとんどの人が老衰以外の原因で生涯を終えていることを考えれば理解しやすいだろうか。リスクをゼロにすることはできないが、対策を講じる事で小さくすることはできる。

2015-10-06 22:56:55
Flying Zebra @f_zebra

リスクを小さくする対策には当然コストが掛かる。投入できる資源(資金やマンパワーなど)には限りがあるので、ある特定のリスクに対する対策に過剰な資源を投入してしまえば、他のリスクへの対策が疎かになる。これが、リスク対策には費用対効果を考えなければならない理由だ。

2015-10-06 23:03:12
Flying Zebra @f_zebra

耐震設計の話に戻ろう。全ての構造物をあらゆる災害に対して全く被害を受けないように設計するというのは、費用対効果が極めて悪い。その分の資源を他の対策、例えば医療の充実などに回した方が結果的に失う命は少なくて済む。

2015-10-06 23:07:33
Flying Zebra @f_zebra

したがって、耐震設計の目標は例えば、ある程度発生確率の高い地震動に対しては構造物の設置目的を達成する機能を維持し、それより発生頻度の低い大きな地震動に対しては一時的に機能を喪失しても修理が可能なようにする、あるいは崩壊して人命を奪うことのないようにする、といった多段階になる。

2015-10-06 23:08:41
Flying Zebra @f_zebra

橋梁、特に道路橋を例にとって説明しよう。地震などの災害で多くの車両が通行する道路橋で落橋が起こればもちろん直接的に多数の人命を奪うが、落橋しないまでも車両の通行という機能が失われるだけでも物資の輸送やけが人の搬送に支障を来すことになる。

2015-10-06 23:11:24
Flying Zebra @f_zebra

1995年の兵庫県南部地震以降、供用期間中に発生する確率の高い地震動を想定して設計する設計地震動をレベル1地震動、発生確率が低く、対象構造物が経験する最大級と評価される地震動をレベル2地震動と呼ぶようになった。それぞれの地震動に対して異なる耐震性能が設定される。

2015-10-06 23:12:54
Flying Zebra @f_zebra

実際には橋梁の重要度、つまり機能維持の必要性も大きく影響するので、標準的なものをA種、特に重要度の高いものをB種として区別している。発生頻度の高いレベル1地震動に対しては、A種の橋もB種の橋も設置目的の機能を維持するように設計される。

2015-10-06 23:13:56
Flying Zebra @f_zebra

より大きなレベル2地震動に対しては、重要度の高いB種の橋については修復性の維持、つまり適用可能な技能でかつ妥当な経費及び期間で修復を行うことで構造物の継続使用が可能となることを設計の目標としている。

2015-10-06 23:14:38
Flying Zebra @f_zebra

A種の橋については、レベル2地震動では構造物の安定性が損なわれず、その内外の人命に対する安全性能が確保されていること、要するに落橋しないことを目標に設計されている。こうした多段階の耐震性能を照査する設計手法は、兵庫県南部地震以降のものだ。

2015-10-06 23:15:33
Flying Zebra @f_zebra

以前は震度法によって弾性限界以内に収まるよう設計されていて、塑性変形した場合の修復性や安全性については照査されていなかった。それまでは弾性範囲を超えるような損傷事例はほとんどなかったし、FEMなどの解析手法もまだ一般的ではなかった。

2015-10-06 23:17:01
Flying Zebra @f_zebra

ところで、営利企業では「設計の合理化」というのは「コスト削減」と同じ文脈で語られることが多く、実際に収益に直結する原価の圧縮が合理化の大きなモチベーションになっているのは事実だ。そのためか、規制分野では規制当局が合理化を目的とした設計変更に難色を示すのは珍しくない。

2015-10-06 23:19:50
Flying Zebra @f_zebra

たまに誤解している人がいるが、規制の目的は安全性の確保であったり健全な競争環境の維持であって、被規制者に対する嫌がらせではない。合理的な設計はその主目的がコスト削減であっても、規制本来の目的からすればプラスに作用することも多い。

2015-10-06 23:21:06
Flying Zebra @f_zebra

合理性を無視した硬直的な規制は本来の規制の目的からすれば逆行することになりかねない。もし仮に、全ての構造物にレベル2地震動に対して機能を損なわない設計を強制するようなことをすれば、本当に大規模地震が起きた場合ですら、結果的に失われる人命は増えてしまうだろう。

2015-10-06 23:22:33
Flying Zebra @f_zebra

道路構造物に対してはそのような非合理的で無意味な規制は行われていないが、残念ながらそれを地で行っているようなのが、現在の原子力発電所に対する耐震要求だ。地震に対する安全性を確保するという本来の目的を忘れ、プラント稼働のハードルを上げる事が目的になってしまっている。

2015-10-06 23:24:03
Flying Zebra @f_zebra

原子力の利用に賛否があるのは当然だし、メリット、デメリットを理解した上で将来的に脱原子力を目指す事を国民が選択するのであればそれもいいだろう。ただし、物事をあまりに単純化して深く考えることを怠ったまま刹那的に判断していては、安全な社会を維持することはできない。

2015-10-06 23:25:31
Flying Zebra @f_zebra

それどころか、手っ取り早い手段だからと既存の仕組みの目的をねじ曲げて恣意的に運用することで目先の目標(例えば、原子力発電所の当面の稼働阻止など)を達成するような事がまかり通る社会というのは、極めて不健全だ。関心がないからと放置しておいて良い問題ではないと思う。

2015-10-06 23:26:48