ラクチェのお話

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詠憧🐇 @eido_0604

セリスは誰が好きなの、とまだ身分なんて知らない時に聞いた。セリス様は大きな瞳一杯で私の全身を見てから笑った。ラクチェだよ。囁くように答えた、まだ声変わりのしたばかりの少し違和感のある声に嬉しさとそれ以上の優越感があったのを覚えている。あれは紛れもなく私の初恋で、

2015-10-04 00:16:12
詠憧🐇 @eido_0604

セリスは誰が好きなの、とまだ身分なんて知らない時に聞いた。セリス様は大きな瞳一杯で私の全身を見てから笑った。ラクチェだよ。囁くように答えた、まだ声変わりのしたばかりの少し違和感のある声に嬉しさとそれ以上の優越感があったのを覚えている。あれは紛れもなく私の初恋で、

2015-10-04 00:16:12
詠憧🐇 @eido_0604

シャナン様が好きだと布団の中でラナと笑った夜よりも、ずっと真剣だった。セリス様はラナを選ぶと思ったから、まさか私を選んでくれるとは思わなかったから。その足でラナに報告しようかと思ったけど、いくら姉妹のように愛おしい幼馴染だとしても勿体なくて出来なかった。

2015-10-04 00:17:34
詠憧🐇 @eido_0604

私もセリスが好きだよと答えると、嬉しいなとセリス様は笑った。今ではあの時の笑顔が本当のものかわからない。昨日、ラナが薬指を光らせて部屋に飛び込んできた。涙をためて小さく青い宝石に口づける。誰から、なんて聞く必要はなく、ラナがうっとりした口調ですべて教えてくれて

2015-10-04 00:26:12
詠憧🐇 @eido_0604

教えてくれた。夜が明けても涙のあととラナの指輪は消えていなかった。私はシーツをきつく握る。あのティルナノグの告白から、私たちはまがりなりにも恋人だった。数少ないデートを重ね、口付けもした。溶けるような囁きも聞いた。あれが嘘だったことはない。

2015-10-04 00:31:09
詠憧🐇 @eido_0604

夜にセリス様のところへ行く。周りにいつもいる幼馴染たちが今日だけは鬱陶しい。どうにかこうにか理由をつけ二人きりになり問いただすとセリス様は優しく微笑んでごめんねと言った。ラクチェ、わかってほしいんだけど、僕はこれからこの国を、この大陸を支配するんだ。

2015-10-04 00:33:54
詠憧🐇 @eido_0604

だからこれからは相応しく生きようと思うんだ。微笑んでそう答えた。それがセリス様が私にくれた別れの言葉だった。ラナは私とセリス様のことを知らないらしい。いっその事全部ラナに伝えてしまおうか。だが昨日のラナを思い出すと、きっと信じるのはセリス様のことだろう。

2015-10-04 00:35:53
詠憧🐇 @eido_0604

私はラナもセリス様も失うのか。考えるだけで辛かった。結局何も誰にも言うことができなかった。私は夜になって月明かりを浴びながら泣いて、泣いて、泣いて朝日を迎えた。

2015-10-04 00:37:13
詠憧🐇 @eido_0604

私に寄り添って、慰めて、抱きしめてくれたのはヨハンだった。馬鹿げていると何度も罵倒し、殴りつけ、踏みにじったのにヨハンは私ですら気がついていない傷を癒してくれた。ヨハンのそばにいると心が安らいだ。ヨハンはただ一人私だけを見てくれた。まっすぐな瞳に、少しだけ嗄れた声が好きになった。

2015-10-04 00:46:57
詠憧🐇 @eido_0604

ヨハンと体を重ねた時に初めてでないことが情けなくて泣いた。ヨハンは何も言わずに抱きしめ髪に口付けた。私は初めてラナとセリスのことを話した。ヨハンは何も余計なことを言わず、一晩中私を抱きしめて、髪を撫で続けた。それでも私はヨハンがくれた指輪をするのが嫌で、断った。

2015-10-04 00:49:36
詠憧🐇 @eido_0604

流石にヨハンは困った顔をした。ヨハンの辛が嫌いなんじゃない、私もヨハンと一緒にいたいけれど、……私は、指輪をつけたくはないの。そういうと、私の考えが足りなかった、すまないラクチェとヨハンは指輪を箱にしまった。ごめんなさいと謝る私に、ラクチェが謝ることなんてないよと笑ってくれる。

2015-10-04 00:51:46
詠憧🐇 @eido_0604

こんなに優しく私を認めてくれる人なんて今までいなかった。ヨハンの優しさ、強さ、逞しさが大好きだった。懐の広さも、厳しい施政者の瞳も、愛に溢れた言葉も。こんなにも愛しい人にで荒れる日がくるとは思わなかった。本当に愛していた。

2015-10-04 00:53:44
詠憧🐇 @eido_0604

ヨハンは指輪の代わりにもっといいものをプレゼントしよう、と約束してくれた。嬉しい、と私はヨハンの首に腕を絡めて爪先立って口付けた。何をくれるのか楽しみだわ。そう、楽しみにしたまえ、ずっと私のことを考えているんだよ。そんな浮いたセリフすらも愛おしかった。

2015-10-04 00:55:56
詠憧🐇 @eido_0604

ヨハンが代わりに考えてくれたのは、緻密な装飾の施された短剣だった。懐刀、とシャナン様が教えてくれる。イザークでは婚姻の際に贈るものだ、と。魔を切り、不幸を避けるためのものだ、そのシャナン様の声が嗚咽でかすれる。事切れても大切にしていたものだ、ずっと離さなかったそうだよ。

2015-10-04 00:58:40
詠憧🐇 @eido_0604

足元のシーツの膨らみに視線を向けることができない。シャナン様が両手で差し出すそれを受け取ることもできない。薄暗い視界の中で、誰かの悲鳴がくぐもって聞こえる。ナンナだ、ああ、泣いている。何かの上に突っ伏して、気丈な彼女の悲痛な喚きが部屋中を駆け巡る。

2015-10-04 01:02:19
詠憧🐇 @eido_0604

本当にヨハンなんですか、と私はシャナン様に問う。シャナン様の髪が大きくうなづき、別れを告げなさい、と冷酷に私に短剣を押し付ける。彼は勇敢だった、彼のおかげでセリス様は一命を取り留めたのだ、という。そして私の肩に手を置いて、私もヨハンが好きだったよ、とても残念だ。

2015-10-04 01:04:33
詠憧🐇 @eido_0604

しばらくしてナンナはどうにか喚きを止めた。今は静かに涙を流している。ナンナの前のシーツの山からは横たわった茶色の髪の毛が見えた。私は短剣を支える腕が重くて、だらしなく床にへたり込んだ。否応無しにヨハンを包むシーツが目に入る。出陣まで温もりのあった身体、私に愛を囁いた声。、

2015-10-04 01:07:01
詠憧🐇 @eido_0604

私だけを見てくれた瞳、抱きしめてくれた大きな掌。すべて消えてしまった。、この一枚の、とてつもなく恐ろしいシーツに隠されて。

2015-10-04 01:07:59
詠憧🐇 @eido_0604

今までなんども人を殺めてきた。殺し、勝利を手にし私は戦神とまで呼ばれた。その報いが今、きたのだ。拵えた短剣を手放さなかったヨハン。セリス様を守ったヨハン。そんなものよりも、彼が命を賭して守ったものよりも、私はヨハンが欲しかった。何よりもヨハンに、そばにいて欲しかった。

2015-10-04 01:10:38
詠憧🐇 @eido_0604

リーフ様も死んだらしい。涙を流し続けるナンナをぼんやりと見つめながら、枯れ果てた私の頬は濡れることがなかった。

2015-10-04 01:12:00
詠憧🐇 @eido_0604

それから少ししてナンナに笑顔が戻った。コープルという少年が、杖の力でリーフ様を蘇らせたという。奇跡の杖の話を耳にしたことは確かにあった。それを目の当たりにするのは初めてだ、とシャナン様はつぶやいた。私はコープルのところへ走った。小さな金色の髪をした少年は、

2015-10-04 01:14:10
詠憧🐇 @eido_0604

私の胸ほどしか身長がなかった。杖の所在を聞くと、部屋にまだあるという。その杖をもう一度使ってほしいというと、それは僕の権限ではない、セリス様です、と教えてくれた。

2015-10-04 01:15:18
詠憧🐇 @eido_0604

セリス様。ヨハンと結ばれてからまともに口を聞くのは久しぶりだった。元気になったんだねと朗らかな微笑みを向けてくる。挨拶に答える時間すら惜しく、私はコープルの杖の使用を迫った。セリス様は私をじっと見て、ヨハンのことだね、と答える。いいよ、彼は大切な一員だった、コープルにもう一度

2015-10-04 01:17:44
詠憧🐇 @eido_0604

聞いてごらん。元々はコープルの杖だからね、彼がいいよといえば私は反対しないよ。あとは、コープルと君の間の問題だ。うまくやってごらん。私はその足でコープルの部屋に向かった。小さな身体にそぐわぬ大きな杖は、扉を開けた正面に無造作に立てかけられていた。

2015-10-04 01:19:30
詠憧🐇 @eido_0604

使えぬ人間でもわかるほど、無残な状態で。コープルはお帰りなさいと笑う。セリス様は修理費を出すと言いましたか? そんなことは言わなかった、あとはコープルと私の問題だと言ったのよ。語尾が震えるのがわかった。セリス様がなにをいったのか、コープルがなにを言いたいのかわかった。、

2015-10-04 01:21:14