- laurassuoh
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成人式で久しぶりに会った大井っちは高校で一緒に生徒会をやっていたの時よりも美人になっていて、打ち上げ飲み会に行き、お互い酔った勢いで僕がまだ童貞で大井っちのことが昔から好きだったと言うと、「どうしてあの時に言ってくれなかったんですか」と説教されて、2年越しに筆おろしされたい
2015-12-18 03:06:53あの頃は大井っちも僕のこと好きだったんだよ……僕は大井っちと今の関係、つまり生徒会の仲間であることを壊したくなくてそれ以上踏み込めなかった……だから大井っちは大学で彼氏も見つけて、化粧も覚えて、綺麗になって、僕は彼女も作れず一人で年だけ取ってしまった……
2015-12-18 03:08:56どう考えても大井っちが好きだった僕は2年越しの告白をして筆おろしされたらその夜の記憶だけで一生生き続けるし、大井っちの結婚式の招待状が届いたら、「おめでとう」って祝電だけ打って僕のことを忘れて幸せになってほしいと願うんだよ
2015-12-18 03:10:31時は流れて僕は80を過ぎて、ある日コインランドリーに洗濯物を持っていくと、心惹かれる女性に出会う。相手も僕と同じくらいのおばあちゃんだったけど、腰はまっすぐ伸びていて、しゃきしゃきと歩く素敵な人だった。僕は60年ぶりに恋をしたんだ。声をかけられなかったけど、ずっと目で追っていた。
2015-12-18 03:12:29その人がある日忘れて行ったハンカチを僕は見つける。大井、という刺繍は偶然なのだろうか。僕は数日間悩んでから意を決して後をつける。マンションの一室に彼女の部屋を発見した僕は、来週、大井という名の、僕の60年前に好きだった人、63年間恋していた人に告白しようと決める。
2015-12-18 03:14:591週間はすぐに過ぎて、僕は一番高いスーツにシルクハットを被った。杖を突いて彼女の家へ向かう。胸にはハンカチを持って、まず最初はなんて言おうかと考えた。60年ぶりですね。今でもあなたが好きなんです。幸せな人生を送っていますか。僕は今、幸せです。エレベーターは彼女の階へ。
2015-12-18 03:16:42僕は襟を正すと彼女の部屋の呼び鈴を鳴らす。「どなたですか」若い声、きっと彼女の娘だろう。「お宅のおばあさんが忘れ物をしまして」僕が言うと、「……お待ちください」という声、それから鍵が開いた。「これ……」中年の娘さんに僕はハンカチを差し出した。「……確かに、母の」娘さんは涙した。
2015-12-18 03:19:24「コインランドリーに……」僕は娘さんにハンカチを渡そうとしたが、娘さんは受け取らなかった。「私より、あなたが持っていた方が……お母さんも幸せでしょうから……」僕はそこで気が付いた。娘さんは黒い服を着ていて、部屋の奥には花が飾ってあったことに。嗅ぎ慣れた匂いは僕が毎朝焚いている線香
2015-12-18 03:22:20僕はまた間に合わなかったのだ。ハンカチを見つけてすぐに渡しに行けば。1週間なんて待たなくて、もっと早く行けばよかった。大井っち、80歳にもなってこう呼ぶのは気恥ずかしいが、大井っち、僕の初恋の人は死んでしまった。その葬式に、僕はこっそり顔を出して、そのお墓に僕は毎日通っている。
2015-12-18 03:24:10僕は何回、その時を逃がしたのだろう。大井っちはずっと待っていてくれたのに、高校生の時に告白していれば、僕らが共に人生を歩く未来があったかもしれない。成人式の夜にもっと食い下がっていれば、あるいは未来は明るかった。80歳のコインランドリーで一言でも声をかければ満たされたはずだった。
2015-12-18 03:25:59僕はあと10年、もしかしたら20年も独りで生きるかもしれない。成人式までの20年よりもずっと退屈で圧縮された20年。あの世という場所があるのならどうか待っていて欲しい。今度こそ僕はすぐに言うから。大井っちの顔を見た瞬間に、僕はこのハンカチを渡して「ずっと好きだった」と必ず言うから
2015-12-18 03:28:34僕は大井っちを待たせてばかりで、時は僕を待ってくれなくて、何もかもが老いて消えてしまう。触れられる場所にいる内に手を伸ばさなければならない。何かを変える恐怖に打ち勝つ勇気、後悔を力に変える男気、僕には何もかも足りなかった。時間は前にだけ進む。取り残されたら二度と拾ってはもらえない
2015-12-18 03:32:28今すぐ大井っちに会いたい。あの世に逝ったら、きっと僕は17歳の姿で、大井っちも17歳の美しい姿だろう。今すぐ死ねば大井っちに会える。だけど、僕は生きる。自殺する勇気がないからではない。今度ばかりは、あと何十年も大井っちを待たせる理由がある。僕は大井っちよりもこの世界で生きている。
2015-12-18 03:35:32命が続く限り、大井っちが味わえなかったこの世界を僕は生きてやる。そうしてあの世へ逝ったとき、僕は大井っちと語り合う。大井っちの80年を聞いた後は、僕の100年を聞かせてやる。君を待たせたのはこの話をするためだって言うために、僕は腰が曲がっても、盲目になっても、この世界で生き続ける
2015-12-18 03:37:42大井っちはもはや時の流れから逃れることができた。これから先は僕への罰であり、僕が罪を贖える唯一の期間だ。 「自分勝手かなぁ……」 僕は大井っちのお墓に花を供えた。大井っちの好きな花を僕は知っていた。成人式の夜、僕は大井っちに教えてもらったのだ。
2015-12-18 03:40:53大井っちの葬式で、故人の好きだった花と紹介されていたのはラベンダーだった。花言葉は「あなたを待っています」だけど、僕が大井っちから聞いた花の名前はスターチス、花言葉は「永遠に変わらぬ心」僕らだけの秘密の言葉だった。 「僕らの永遠が、この後悔よりもずっと長くありますように……」
2015-12-18 03:44:53僕は墓標に背を向ける。次に会う時は永遠の17歳の姿で、僕らの後悔を語り合おう。それはきっと、苦いけれど、どこか輝かしい思い出になっているはずだから。 「また会おう、大井っち」 曲がった腰で、僕は精一杯恰好をつけて歩き出した。大井っちのいない、新しい人生の1日目へと、胸を張って。
2015-12-18 03:47:34