荒野の領土に歌よ響け#1 お喋りな盾◆2
_船上に戻ったカルマサは、潜水服を竿に吊るして干すと、甲板に転がった謎の塊を見下ろした。先程海底から拾ったアーティファクトと思われるものだ。 「洗ってくれよぉ」 びっしりと固着物がついていて、どんなものかさえ分からない。円盤にも見える。 「綺麗にしてやるよ」 11
2016-02-27 17:23:24_カルマサは船室からたわしを持ってきて、円盤状のアーティファクトをごしごし磨き始めた。暇なので彼と話をする。 「お前随分海の下にいたんだな」 「だいぶ昔に沈んだぜ。俺は旅をしているんだ。本当の主人を見つけるため。俺は強いぜ、嵐だって操れる」 12
2016-02-27 17:28:31「嵐は勘弁してほしいな! 船のローンだって、ようやく払い終えたばっかりだし」 カルマサは27歳の若い男だったが、それなりにしたたかに生きている。彼は金勘定が好きで、損することはしない。 唯一、一人でいるためには金を惜しまなかった。そして、海に出た。 13
2016-02-27 17:33:46_バケツに海水を汲み、鼻歌交じりにアーティファクト磨きを始める。ホヤや貝がびっしり張り付いていた。昼の太陽がじりじりと彼の後頭部を炙り、腹も減ってくる。 「旅か……いいな。俺は自由が好きだ。俺は自由を求めて海に出た」 やがてアーティファクトの姿が露になる。 14
2016-02-27 17:38:52_それはレンズのように僅かにカーブした丸盾だった。表面には、ライオンの絵が描いてあるが、正直子供が描いたような拙い絵。 裏側の持ち手は革で縛るタイプで、腐食して無くなっているが交換すれば使えそうだ。盾は嬉しそうに言う。 「ありがとな! 俺の主人にするには足りないが」 15
2016-02-27 17:43:39_盾は上機嫌になり、知らない異国の歌を口ずさむ。 「お礼に教えてやるよ、アヅマネシアの外の国さ。ここからずっと西、ドラゴンハーピィの皇帝の国の、さらに西。北境界高地を、超えた先を知っているか?」 「ワクワクするね、聞いたこともないよ」 16
2016-02-27 17:48:45_異国の話は途切れることなく続いた。広大な砂漠の先にある、灰色の大地。魔法使いの支配する世界。科学文明の失われつつある記憶。その南には、竜の国。 「帝都ってのがまた凄いんだ。アヅマネシアのどんな島よりも大きい街だ。ドラゴンハーピィの皇帝の国にだって、こんな街は無い」 17
2016-02-27 17:53:27_カルマサは陶酔したようにため息をついた。 「そういう所に、行ってみたかった。どこまでも旅をしてさ……地の果てまで、まだ見たこともない世界へ足跡を付けたかった。いいな、お前……凄いよ。そんな所からやってきたなんて」 彼は一人で船に乗り、そんな夢をいつも見ていた。 18
2016-02-27 17:58:54_真夏の太陽はじりじりとカルマサを照らす。見上げると、潜水服がすっかり乾いていた。取り込むのも面倒だ。いつまでも、盾の話を聞いていたい。 すると、爆音を立てて突撃艇がこちらへと向かってくるのが見える。カルマサは慌てた。 19
2016-02-27 18:03:38_アーティファクトを見つけたら、売らなくてはいけない。それも、突撃艇の下品な潜水騎士たちに。 慌てて背後に盾を隠す。しかし、遅すぎた。潜水騎士はそれを見つけて、竿のような槍を掲げたのだった。 20
2016-02-27 18:08:04【用語解説】 【潜水騎士】 アヅマネシアに広く普及する兵種。元は高潔な魂を持った戦士であったが、戦争で消耗するうちに海賊紛いの存在になってしまった。彼らは潜水服を着て、静かに海中に潜伏する。船が通りかかれば、爆雷の槍で沈める。海中から空気を取り出し、泡を出さずに排出可能である
2016-02-27 18:12:51