ゾンビ中年トラックで爆走#2 ゾンビドライブ◆2
_トラックに張り付いたレックウィルは、拳を振るって窓ガラスを叩き割る。身体強化の魔法がかけられたスーツだが、拳の肉が裂け血が垂れた。鍵を操作し、器用に助手席に滑り込む。一息ついて、スーツの襟を正した。 「どうも、お邪魔しますよ」 41
2016-04-09 17:15:53_ゾンビはタプタプの頬肉を揺らしながら釘をさす。 「邪魔すんじゃねえぜ、俺は風になるんだ」 「お邪魔しますって言ったけど、邪魔はしないよ。貴方の手助けをするのさ」 安心して、歌を続けるゾンビ。 「ベイベー俺は風になる……」 42
2016-04-09 17:22:19_レックウィルは安心して、傾いた中折れ帽を整えた。 死霊は思考が単純化されており、言われたことをそのまま信じるし、些細なことにこだわらないようになる。堂々とさえしていれば、容易く騙すことも可能だ。ただ、レックウィルは騙すつもりは無かった。 43
2016-04-09 17:27:11「いい歌だね。15年前の歌だっけ……」 「そうとも。サイコーの曲だ。この歌は俺から離れないし、俺も離れられない……」 世間話をしながら、レックウィルはプランを練る。もちろんいくつかの計画は立ててからトラックに乗り込んだが、最適解を選ぶ必要がある。 44
2016-04-09 17:33:16_最悪の場合、ゾンビを強制除霊してハンドルを奪うこともできる。ただ、それはできれば避けたい解決策だった。ゾンビの死には尊厳がある。尊厳の持てる仕事でもって、浄化されるのだ。決して犯罪の片棒を担いだ挙句、無念のまま消し飛ばされることなどあってはならない。 45
2016-04-09 17:48:50_人間は繋がりに喜びを感じる者がほとんどだろう。死後労働、それも何の苦痛も恐れも感じない労働でもって、社会に貢献する。それは素晴らしい最後である。自分の生きた証を、他人に残せるのである。 それがもし、社会からの拒絶で終わったとしたら悲劇以外の何物でもない。 46
2016-04-09 17:52:35「俺は風になれたか?」 ふと、ゾンビがレックウィルに尋ねた。ゾンビは猛スピードで車と車の間を駆け抜け、追い抜いていく。 「そうだな、風……まさしく風だよ。おっと、そこの分岐点は左だよ」 左にハンドルを切るゾンビ。 「ハハ、駆け抜けるぜ」 47
2016-04-09 17:56:34_ゾンビはどこか遠くを見てアクセルを踏む。 「俺は風になりたかった……。俺の人生は、停滞の人生だった。霧の中を手探りで這い回る人生だった。何にも楽しいことは無かった。煙草はまずいし、酒は苦かった。ただ、俺は風になりたかったんだ……」 48
2016-04-09 18:00:15「最後くらい、風になれてもいいよな」 ゾンビの中年の目から膿が零れる。レックウィルは微笑んで同意した。 「もちろん、貴方は風になれるんだ。どんなに苦しくても、最後の瞬間は、自分の望み通りの最後を選べるんだ。それが尊厳さ」 49
2016-04-09 18:05:02_レックウィルはトラックの無線電信を操作し、回線をつなぐ。カチカチという信号音が響いた。 「貴方の人生の最後を決めるのは、貴方自身だ。貴方は風になっていいんだ。風になる、権利があるんだ。僕はそれを支えてみせる」 トラックは暴走を続ける。まさに、烈風となって! 50
2016-04-09 18:09:48【用語解説】 【身体強化の魔法】 基本的に筋力を強化する呪文で、様々な種類がある。筋力強化の魔法、怪力の呪文、etc。これは魔法の開発者が世界中に存在するからであり、風邪薬に様々な商品があるのと同じである。副作用は筋肉痛、倦怠感、眠気、空腹。心臓に疾患がある場合、医師の判断を仰ぐ
2016-04-09 18:16:58