ゾンビ中年トラックで爆走#1 俺は風になる◆1
_ゾンビはハンドルを切りながら陽気に歌う。レックウィルは、その様子を助手席から見ていた。猛スピードで爆走するトラック。アクセル踏みっぱなしのまま、ゾンビはトラックを運転していた。 「ベイベー俺は風になる……」 1
2016-04-05 17:21:08_レックウィルはスーツの袖をめくり、時間を確認した。ちょうどお昼の真ん中、トラックが暴走を始めてから5時間が経過している。 「ご機嫌だね」 「ああ、サイコーよ」 レックウィルの仕事は、ゾンビの浄化と、トラックの停止だ。 2
2016-04-05 17:27:18「ベイベー俺は風になる……」 ゾンビはトラックのハンドルを握ったまま、どこまでも突っ走っていた。トラックの巨大な3連蒸気エンジンは唸りを上げ、乗用車に不可能な時速100キロで爆走する。 「そこ右だよ」 「了解ー」 レックウィルのナビにハンドルを切るゾンビ。 3
2016-04-05 17:31:56_赤煉瓦の街並みは、トラックがいま暴走しているクノーム市の有名な観光スポットだ。ただそんな気分になれなかった。猛スピードで景色は過ぎていくし、ゾンビは腹の出た中年だし、何かにぶつかったらレックウィルは死んでしまうだろう。赤煉瓦の家など、衝突したら全壊は避けられない。 4
2016-04-05 17:35:41_トラックの積み荷も問題だった。さっきから荷台のヒヨコがピヨピヨとさえずっている。高級品種のクノーム鶏のヒナだ。10匹でこの街の平均月収ほどの値段がする。それがトラックの荷台いっぱいに入っている。絶対に無事に停車させなければならない。 「ベイベー俺は風になる……」 5
2016-04-05 17:40:13_このクノーム市は露天掘りの跡にできた街である。地下には巨大な坑道が張り巡らしてあり、あちこちに大きな風穴が空いている。落ちたら、死だ。 トラックのタイヤが小石を跳ね飛ばし、飛ばされた小石は遥か下の空洞へと落ちて消えていった。 6
2016-04-05 17:45:42「ベイベー俺は風になる……」 ゾンビはさっきから同じ歌の同じフレーズを繰り返している。妄執によって精神に異常をきたしているのが分かる。死霊は未練によって思考が次第に単純化され、凶暴化し、いずれ破滅するのだ。それは避けられない運命だった。 7
2016-04-05 17:52:29「その歌、好きなのかい?」 「ああ、サイコーの歌だ。この歌のように生きたかった。クソみたいな人生だったよ。俺の人生に足りないのは、爽快感だった。いま俺は風になる。風になって、この街を駆け抜ける……」 「ああ、それはいいね」 8
2016-04-05 17:58:14_暴走は止めなければならないが、死霊の未練を解消し浄化するのもレックウィルの仕事だ。レックウィルは霊障コンサルタントであり、死霊の浄化が専門だ。 「お前は風になれる……どこまでも走っていいんだ。あ、そこを左だよ」 「了解風になる~」 9
2016-04-05 18:25:53_永遠にこのドライブに付き合う必要はない。何か手を打たなければ、いずれ事故を起こしてしまうだろう。レックウィルには秘策があった。しかし、それをするにはもう少し時間が必要だった。 そもそも、何でこんなドライブをしているかというと、ことの発端は5時間前の出来事だった。 10
2016-04-05 18:30:03【用語解説】 【鶏】 高度に家畜化された鳥類の一種。ヒナは地球のものと変わらないが、成長によって目も鼻も口もなくなり、飛ぶこともできず、歩くこともできない肉塊になる。口の代わりに栄養補給用のノズルが形成され、効率よく流動食を食べられる。科学文明であるエシエドール帝国の産物
2016-04-05 18:34:37