名前を取り戻した男#2 辿り着いた場所◆2(終)
「オハヨウ!」 いつもの朝に、いつものミェルヒの声。エンジェはソファの上で身をよじった。カーテンの隙間から朝日が差している。同居している集合住宅のあちこちから、朝の支度の音が響くオーケストラ。 ガシャガシャと赤錆の鎧を揺らしてミェルヒが部屋に入ってきた。 41
2016-06-10 17:14:16_エンジェは喜びを隠さない笑顔で言う。 「ミェルヒ、おはよう」 声を聴いただけで、表情を見ただけで分かった。ミェルヒが帰ってきたのだ。当人はというと、機嫌が良すぎるエンジェに戸惑いを隠しきれないようだ。エンジェはソファから飛び起きる。 42
2016-06-10 17:20:35「昨日は酔っちゃって覚えていないんだ。何があったっけ」 「おいおい、人違いのお嬢さんと飲んで楽しんだじゃないか。お嬢さんはもう起きて朝食の準備を手伝ってくれているよ」 「そう……」 そういうことになっているらしい。それであっけなく事件は終わった。 43
2016-06-10 17:25:08_ある日、エンジェとミェルヒは街外れの公園で例の街娘を見た。 「お久しぶり」 「奇遇ですね! 散歩ですか?」 二人はエンジェの描いた絵を公開しに来たことを説明した。イーゼルを組み立て、今回の新作を立てかける。よく晴れた、積雲シルフの気持ちよく泳ぐ日だった。 44
2016-06-10 17:29:54「ところで……その肩のオウムはいったい……?」 エンジェは気になってしょうがない。街娘の方に、大きなオウムが止まっているのだ。大人しいもので、微動だにしていない。 「ああ、この子は……私の新しい家族です」 街娘はエンジェの絵を見ながら言う。 45
2016-06-10 17:36:34_エンジェも、自らの絵を隣で見ながら会話した。 「オウムを飼い始めたのですか、素敵ですね」 「動物屋さんで見かけて一目ぼれしてしまいましてね、それ以来いつも一緒なんです。この子も、私の心が分かるようで、とってもいい子なんです」 そう言ってオウムを撫でる街娘。 46
2016-06-10 17:41:14「名前はつけたんですか?」 「ええ……メイオン。きっとあなたはメイオンなんです。メイオンの生まれ変わりです。そう信じれるのです……」 エンジェはそこで思い立った。このオウムはメイオンなのだ。メイオンはオウムに憑依したのだ。 47
2016-06-10 17:45:46_オウムがエンジェを見て鳴き声を上げる。 「メイオン?」 反応はない。もしかしたら、鳥に憑依したことで完全に鳥になってしまったのかもしれない。人間の思考を捨て、鳥になることで自らの持つ情報を破壊したのだ。変異術の使い手が最後に使う方法に似ていた。 48
2016-06-10 17:51:39「ほら、今笑った」 街娘はそう言ってメイオンをくすぐる。メイオンは彼女の手に頬ずりをする。 (そうか、何も心配いらないんだ) 彼女は気づいている。それを知っただけでも、エンジェは安心できた。 (鳥になんかならないなんて言ってたくせにさ) 49
2016-06-10 17:57:05「じゃあ、私たちはこれで……メイオン、行くよ」 エンジェは二人の過ぎ去る後姿を見て思う。 (彼は、名前を取り戻せたんだね) ミェルヒはというと、何が何だかさっぱりわからないようだった。 50
2016-06-10 18:02:17【用語解説】 【獣への変異・憑依】 人間の心を保ったまま動物に姿を変えることは非常に難しく、時間経過とともに動物の心に塗りつぶされて、人間の心は消滅してしまう。これは動物の感情が人間とは大きく異なるためである。人間への愛情から、人間の感情をなぞることで心を保つ解決策もある
2016-06-10 18:10:23【次回予告】 故郷に幾度となく勝利をもたらした、若く、麗しい将軍。そして彼に献身的に仕える女官フレイメア。一方、敵の魔法使いである妖婦ギリはこの将軍を陥れようと影から策を練る……。 次回「若き名将と罠を張る女」 全50ツイート予定。実況・感想タグは #減衰世界 です
2016-06-10 18:20:49