小説「とある女性のケース」

とある女性がネット恋愛に嵌りかけた、と言うお話です。 話の聞き手は一応精神医学の専門家と言う設定ですが、話の流れでしゃべり過ぎてる感が否めないですね……、本職の方はこうじゃない(まずはクライエントの話を聞く事からスタートする)筈なのでご了承ください。 ※裏設定みたいなもの:2年以上通院していて、ずっと話は聞いているという状態です。 作品の中の夫婦は8年連れ添っていて、旦那様も精神的な疾患を患っていて同じ先生にかかっています。
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古明地なお @nao_komeiji

小説を書きました。 フィクションです。

2016-07-01 06:07:46
古明地なお @nao_komeiji

「私は結ばれない恋をしたんです。だから苦しいんです」 そう呟くと、彼女は項垂れた。 僕は半身をずらして彼女を見やり、カルテに走らせていたペンを止めた。

2016-07-01 06:08:27
古明地なお @nao_komeiji

「貴女は今の旦那さんを愛していながら――彼女をも愛してしまった、と?」 ふむ、と頷き、彼女に話すのを促す。 彼女は何も話さずこくり、と頷いた。 まるで僕がしたように。 いや……僕よりも深く、頷いた。

2016-07-01 06:08:51
古明地なお @nao_komeiji

「私は彼女にシンパシーを感じていたのかも知れませんね……」 ポツリと呟いた彼女の眼差しには、何故か光が宿っていた。 どうしたのだろうかと思いつつ、もしもの事を考え、彼女に問いかけてみる。

2016-07-01 06:09:36
古明地なお @nao_komeiji

「その“女性”は、本当に“女性”なのでしょうか?」 ハッとした表情を浮かべ、彼女は僕を見つめてきた。 「い……いえ……。そう言えば……」 「なんでしょうか?」 「私は、あの子の事はネットでしか知りません……」

2016-07-01 06:10:12
古明地なお @nao_komeiji

ふぅむ、と息をつき、彼女を見つめる。 彼女の瞳には動揺の色が窺えた。 「ネットでは、性別を誤魔化す人はよくいますからね。貴女が以前恋をした“女性”は確か……直接会話した事もあるし、彼氏も居たから“女性”だと判断されたのでしょう?」

2016-07-01 06:11:01
古明地なお @nao_komeiji

以前彼女が話した過去の話を切り出してみる。 彼女には過去、年下の女の子に恋をした事があったのである。 それもまた、ネットでの知り合いで……彼女はその子に彼氏が出来たからそれを喜び、安心して“恋心”にピリオドを打ったのだと言う。

2016-07-01 06:11:41
古明地なお @nao_komeiji

「先生……」彼女は震える声で僕に何かを問いかけ始めた。 「あの子が“男性”なら、なおの事、赦されませんよね」 彼女は悲しげに微笑みながらもそう問いかけてくると、少しだけほっとしたように息をついた。

2016-07-01 06:12:18
古明地なお @nao_komeiji

あぁ、と僕は考えた。 彼女はもう、心の準備段階に入ったのだろう。 過去に“あの子”から何かしらを仄めかされたのかも知れない。 「そうですね。“彼女”の性別がどうあれ、貴女がその方に対して恋をしている事で苦しいのならば、割り切らなければなりませんよ」

2016-07-01 06:13:08
古明地なお @nao_komeiji

わざと口調を強くし、彼女にそう告げた。 「割り切る……って?」彼女は僕の話を真剣に聞いている。 さて、何と言ったら良いのだろうか。 彼女は思い込みが激しい。 下手な事を言えばはねつけられてしまうだろう。

2016-07-01 06:13:42
古明地なお @nao_komeiji

そうすれば、彼女は自分の現実の夫との間柄を捨ててまで“あの子”の元に行ってしまうかも知れないのだ。 「僕が知っているケースですが」と、注意深く話し始める。 「僕が聞いた事がある話だと、そう言った“ネットでの恋愛”で、現実の恋人が出来ない事の代償行為をしていた方がいたそうです」

2016-07-01 06:14:28
古明地なお @nao_komeiji

彼女は驚いたような目をして僕を見た。 それが何を意味しているかは何となく分かったが、素知らぬ振りで話を続ける。

2016-07-01 06:15:01
古明地なお @nao_komeiji

「その方は、現実逃避の為にネットで恋人を作り、結婚をし、自分は幸せだと言い張って、ネットや現実の周りの方の話を聞かずその“ネットでの結婚相手”と“仮初めの幸せ”を得ました。が……常識的に考えて見て下さい。その方は、現実の幸せを得られていますか?」

2016-07-01 06:16:24
古明地なお @nao_komeiji

彼女の目には憐憫の光が灯り、「いえ……、その方は……、きっと逃げたんだと……思います……」とだけ呟き、そのまま俯いた。 やはり僕の考えた様に、彼女も件のケースに陥りかけていたのだろうか? そう思いながら、僕は続ける。

2016-07-01 06:16:58
古明地なお @nao_komeiji

「貴女が苦しみから逃れるには、現実から目を背けずに、自分が本当は誰を愛しているかをもう一度1から考えてみる必要があると僕は考えます。貴女には家庭がありますよね?何よりも代え難いと言っていた家庭が。それが貴女の“現実”です」

2016-07-01 06:18:34
古明地なお @nao_komeiji

「先生……、現実の世界はとても辛いです……逃げたくなります……」 すがるような彼女の眼差しを受けつつも、僕は続ける。

2016-07-01 06:19:10
古明地なお @nao_komeiji

「いいですか?どんな夫婦でも辛い局面は何度も迎えるものなんです。貴女と旦那様はそれを一歩ずつ乗り越えてこられた。並大抵の努力がなければ成せませんよ?そこに愛情がなければとっくに別れていても不思議ではないんです」

2016-07-01 06:19:51
古明地なお @nao_komeiji

彼女の膝に置かれていた拳がピクリと震えるのを僕は見てとった。 彼女も、夫も、二人を思いやりながら心を磨り減らしてきたのを僕は知っていた。

2016-07-01 06:20:31
古明地なお @nao_komeiji

「だから、現実の世界を大切にしましょう。貴女が無理が出来ない身体なのは旦那様は充分ご存知ですから。少しずつ、ずれてしまった関係を元に戻していきましょう」 彼女は、はい、と頷き、少しだけ涙ぐんでいたようだった。

2016-07-01 06:21:02
古明地なお @nao_komeiji

彼女が診察室を出てから少しだけ考える。 ネットでの恋愛は楽しいと感じる人はいるだろう。 しかし、それが「辛い現実から逃避をする為だけのものだった」としたら……?

2016-07-01 06:21:35
古明地なお @nao_komeiji

僕は、過度にネット恋愛をしている人達に対して“ネット依存の可能性”を危惧していた。 尤も、当本人達からして見れば「ほっといてくれ」の一言だろうけど。 ~完~

2016-07-01 06:22:45
古明地なお @nao_komeiji

あとがきに代えて。 現実の精神科医はここまで話したりはしません。 どちらかと言えばカウンセラーがその役割を担っています。 もしかしたら、作中の「先生」はカウンセラーか臨床心理士かもしれませんね。

2016-07-01 06:29:13