幾夜幾花

エス的な呟きを気ままに更新していくのであった……。 女学生的なアレで思い浮かべる大正~昭和初期の少し前、女子は6年制の尋常小学校を出て後は義務教育ではなく、高等女学校>実科高等女学校(必ずしも4年制でない)という形でした。大正9年から高等女学校の5年生が認められ、4年生よりも5年生の高等女学校が最難関となりました。「幾夜幾花」シリーズはその辺りをふわふわした設定で書いているので、大正っぽい話から戦後の六・三・三制の話みたいになったりと設定は浮遊します。 続きを読む
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洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

あの岸では今夏も、待宵草の黄色い花弁が昼を偲んでいることでしょう。昏き時刻に誰かを想って、物憂げに咲く美しき方。揺れる湖面に映るは、ただ先も後も無き漂流の鏡心。私は日の隠れるのを目にすると、思い出してしまうのです。あの方、永久に誰かを待ち続ける、狭間の迷い人のことを。 #一夜四花

2016-07-26 01:37:30
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

家族旅行でとある温泉旅館に行った時のこと。有名な療養地でもあるそこは物静かな雰囲気の中に伝統の息遣いを感じさせる風光明媚な場所でした。私の泊まった旅館の別館は独立していて、屋根の付いた渡り廊下は野外にありました。一日温泉街を巡った私は夕刻、庭を見ながら涼んでおりました #一夜五花

2016-07-27 02:40:02
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

緑の松に流れる温泉の池、バランス良く配置された石が構成の美を醸し出します。私は夢中で庭を隅から隅まで眺めようと、本館から別館へ向かう渡り廊下にまでいつの間にかやって来ていました。別館には行かないようにと言われておりましたが、渡り廊下は大丈夫だと私は思っておりました。 #一夜五花

2016-07-27 02:43:13
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「あら」と、その声は渡り廊下から庭を見ていた私にはやけにはっきりと聞こえたのです。「すみません、私……」声の主は別館側からこちらに近づいてきました。薄暗かったものですから、お顔はよく分かりませんでしたが、その方のお声は極楽に響くという天女の楽器のように雅でありました。 #一夜五花

2016-07-27 02:46:08
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

私はその方の御顔を一目見たいと思いつつ、見てはいけないのだという強制的な気分に支配されました。そのお方は私と一定の距離を保ったまま私にこの庭のお話をしてくださいました。仄か風に乗って漂ってくるのはルクリアの花の香り。暑さに弱いとされるその香りは別館の令嬢にピッタリです #一夜五花

2016-07-27 02:52:12
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

私は勝手な想像でそのお方の整った顔立ちを思い浮かべつつ、お話に耳を傾けました。そして気がつけば、庭の美など忘れ、ただそのお方のお声の素晴らしさに聞き入っていたのです。私は滞在期間の間ずっと、薄暗い時刻にその場所に行って、麗しいお声に癒されました。 #一夜五花

2016-07-27 02:55:33
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

控え目なルクリアの君。私は結局一度もお顔を拝見できぬままに去ることになったのです。しかし、帰ってから知ったのですが、あの別館には病で容貌のひどく爛れたさる高貴なお方が世を忍んでいるとも聞きました。それが真実かは分かりませんが、私の態度が正しかったことを信じています。 #一夜五花

2016-07-27 02:58:44
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

美しい夢のお方。何者も及ばないお声から想像された容貌はきっと、病にかかられる前のものだったのでしょう。だからこそ、私の中で永遠の美を保つのです。最後の日、ルクリアの花が一輪、庭の隅に控え目に咲いていたのを覚えています。あぁ、ルクリアの君……その桃色の唇の震える美よ…… #一夜五花

2016-07-27 03:02:56
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

寮の御庭から塀を越えて伸びる山茶花の花が咲いた寒い日に、そのお姉様は訪ねてきました。私は寮の中の最年長でしたので、お姉様ができることは喜ばしくありましたが、さりとて慣れぬ暮らしなのだからと、寮長の仕事は私が引き続き行うこととなっておりました。 #一夜六花

2016-07-27 21:47:49
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お姉様は舞い降りる雪のように静かに寮の門をくぐりました。私はお姉様の伏目と泣きホクロから目が離せず、またその肌の透き通る明度は雪解水の清純さを湛え、すらりと伸びた四肢と小さなお顔がいみじくお美しく、同じ制服であっても着る者が違えばこうも神々しく映るのかと感服致しました #一夜六花

2016-07-27 21:52:48
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お姉様は年齢の低い私を「寮長」と呼び、私は気恥ずかしさに「はい」とか「ええ」とか答えるばかりで、お姉様の御名前もお呼びすることは叶いませんでした。お姉様が入寮されたことは人少ない寮の関心事となり、皆がお姉様を質問攻めに致すものですから、私が仲裁せねばなりません。 #一夜六花

2016-07-27 21:56:30
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

滅私の心地でその場を仕切り、明日も学校があるのだからとみなさんを宥めるのでした。お姉様はそんな私の様子を鈴の音のように上品なお声で笑いながらで見守って下さり、「あとでお部屋にいらっしゃい」とお声をかけて下さったのです。あぁ、なんという幸福か。私は舞い踊りました。 #一夜六花

2016-07-27 22:01:09
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お姉様の御部屋はまだお片付けが済んでおりませんでしたが、窓からお外が見渡せる二階の隅にあって、寝具と机のみ並んだだけであっても何となく風情のある雰囲気が漂っておりました。お姉様は「先程はありがとうね」と仰って、「何でも聞きたいことがあったら言って御覧なさい」 #一夜六花

2016-07-27 22:05:50
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

私は舞い上がっておりましたので、お姉様の出自からお好きな食べ物まで思いつく限りご質問させていただきました。お姉様は厭な顔一つせず、妹を見るかのようにご自愛に見た目で私を見ていて下さいました。それから時が経ちましたある日、私は山茶花の下に立つお姉様を目撃致しました。 #一夜六花

2016-07-27 22:12:09
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お声をかけようとしてとどまったのは、お姉様がとても悲しそうな表情で山茶花の花を一房取りていたからです。お姉様はそれを持って寮に消え、しばらくするとお部屋の窓際に腰かけて遠くを眺めておりました。 #一夜六花

2016-07-27 22:16:22
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

その髪に山茶花の朱が美しく、紅の引かれた口元がきりっと結ばれる様など一幅の大和絵の如き風情でありました。私のいるところからはよく見えなかったのですが、お姉様は泣いておられたのやもしれません。忍ぶ恋をせめて着飾る山茶花の灯りがいみじう眩しく、健気に見栄えておりました。 #一夜六花

2016-07-27 22:21:14
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「何でも聞いて」とお姉様は仰っていたのに、私はついぞ聞けぬまま、春を迎えて去ってしまった。あの時誰を想っておられたのと、私は今も山茶花を見るたびに問うのです。私はお姉様を想って、同じお部屋の窓から今日も、山茶花の木を見下ろしています。 #一夜六花

2016-07-27 22:26:22
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

隣のお家のお姉様はまだそれほど私と御歳の変わらない方でしたが、手入れされた柔肌の細面にぱっちりと開いた眼の印象的な美人さんでありました。また英語の教師を務める秀才なお方でしたので、私もよくお世話になっておりました。あれは天の泣く水張月のことだったと思います。 #一夜七花

2016-07-28 22:19:51
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お姉様は清楚な印象の白いシャツに落ち着いたベージュのロングスカートという洋風の装いでしたが、その胸に一輪の梔子が飾られていたのです。仄かな花の香とお姉様の御幸せそうな表情から、私はすべてを察しました。その日のお勉強には身が入らず、お姉様もどこか上の空でした。 #一夜七花

2016-07-28 22:28:04
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

それから数日、私は英語のお勉強をサボタージュいたしました。とてもお姉様の御顔を見られなくて、私の顔も見てほしくはなかったからです。私はお姉様の生徒としていつもお姉様に良い処を見せようと懸命になっておりました。お姉様の喜ぶ御顔が私にとっては何より尊ばれるべきものだった。 #一夜七花

2016-07-28 22:32:51
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お姉様の御門の前にお引っ越しのトラックが停まり、がやがやと俄かに辺りが騒がしくなった朝、私は布団を被ってその音を聴いていました。巡る思い出に取り残される心地がして、私は母上のお呼びになるのも聞かず部屋から出なかったのです。バタンと扉が閉まったのは昼過ぎだったでしょうか #一夜七花

2016-07-28 22:38:50
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

私は最後の名残にと、私が窓から顔を出してお姉様の家の方を眺めますと、お姉様はちょうど門の前に立っていて、私に気付いて、こう、胸の前で小さく手をお振りになりました。レンズの小さな眼鏡をかけたお姉様の胸にはやはり梔子の花。私はたまらず部屋着のままで飛び出しました。 #一夜七花

2016-07-28 22:42:06
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

お姉様は私に気付いてやって来て「レディがそんな恰好ではいけませんよ」と優しく抱いて下さいました。私は謝罪の言葉を繰り返すばかり。お姉様との最後の日々を無駄にしてしまったと悔やんでいたのです。お姉様は私が泣き止むまであやして下さり、こう仰いました。 #一夜七花

2016-07-28 22:44:32
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

「We are shaped and fashioned by what we love……今の私はあなたなしではこうはならなかったのよ。私の幸せはあなたの幸せなのよ」と。お姉様は胸の梔子をそっと私に握らせます。その眼鏡の下の優しい瞳はキラキラと輝いておりました。 #一夜七花

2016-07-28 22:49:21
洲央@土曜西“は”45a @laurassuoh

あわれ愛しきはその花姿。ヴェールの奥に潜む叡智の気高さ。 いと甘く香る梔子の花よ、その白き艶姿にも似た、海を越えるその人の名残にしばし漂い、また万人の幸福を表すその匂う陰に、梅雨の涙に窶して濡らす、儚き乙女の傷心を、どうか優しく慰めたまえと……。 #一夜七花

2016-07-28 22:58:03
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