「高橋源一郎さんの「午前0時の小説ラジオ」第3夜をとぅぎゃりました。

「高橋源一郎さんの「午前0時の小説ラジオ」第3夜です。第3夜のテーマは「一度だけの使用に耐えうることば」です。
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高橋源一郎 @takagengen

「ことば」22・「ぼくは決めていることが一つある。もし、自分の子どもが殺されたら、その殺した人間を、裁判になど委ねず、自分の手で殺したいと思っている。それが実際に可能なのか、ぼくにもわからない。そんなことがないことを祈るだけだけれど。その理由は、ぽくにも説明できない」

2011-02-17 00:52:42
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」23・「もしかしたら、きみの親たちも、そう思っているかもしれないね」。それが、ぼくの「答え」だ。もしかしたら、それさえいわないかもしれない。そんな思いがぽくの中にはあり、もし「一度だけの使用に耐えうることば」がぼくにもあるとしたら、その思いから生まれるのかもしれない。

2011-02-17 00:56:29
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」24・「正解」ではなく、「一度だけのことば」を、送り届けたい。そのためには、相手を見つめる必要がある。そうでなければ、そんなことばは出てこない。「機の思想」という考えがある。ある、大切な瞬間を見逃すと、大切ななにかを失ってしまう、という考えだ。

2011-02-17 00:59:42
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」25・教育も、愛の技も、いつでも可能なのではない。それが可能な瞬間は、ほんとうに短く、それを見抜くためには、愛の感情をもって、見続けるしかないのである。「倫理」もまた、その果てにしか生まれない。「原理」によって、生きることはできないのである。

2011-02-17 01:02:00
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」26・高森和子さんは「幸せな男」というタイトルのエッセイを書いている。高森さんは、自分の母親が老いてゆくなりゆきを書いたエッセイで有名だ。これは、その高森さんのエッセイを読んだ読者の物語である。「大野さん」という名前の、その老人は、幸せな生活を送っていた。

2011-02-17 01:05:20
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」27・「大野さん」夫婦は、近所に住む大学教授の息子夫婦と孫娘と密接に交流していた。孫を預かる時は、「大野さん」にとって至福の時だった。ある時、「大野さん」の奥さんが亡くなる。けれど「大野さん」は決然として独り暮らしを続けた。しばらくたって、次の不幸が「大野さん」を襲う。

2011-02-17 01:08:32
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」28・「大野さん」の息子が交通事故にあい、そのせいで、痴呆症に陥ったのである。3年の後、息子の妻は、孫娘を連れて実家に戻り、再婚した。そのすべてを「大野さん」は認め、老いた身で、赤ん坊のように失禁する痴呆の息子を世話をするようになった。

2011-02-17 01:12:20
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」29・やがて息子も亡くなり、自分も病院に収容された孤独な「大野さん」を、高森さんは見舞う。ゆっくりと自分の人生について話していた「大野さん」は、最後にこう言うのである。「その半年後ぐらいでしたかいな、わたしは腰を痛めてしもうて、あいつの世話も思うようにできんように…」

2011-02-17 01:14:31
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」30・「…なってしまいましてな。毎晩、彰の寝顔を見ながら、この先どうしたもんかいなあ…、考えあぐねました。けどなんぼ考えても、ええ案は浮かべしません。しかし、なんとしても生きていかないかん。思いきって入院さすことにしました。彰、病院へ行くんやで。腰が治ったら迎えに…」

2011-02-17 01:16:47
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」31・「…いってやるからなって言うと、わたしの眼を見て、コックリ頷きました。入院の当日は、冷えこみのきつい日でしてな。明け方、なんやしらん息苦しなって眼エが覚めましたんや。そしたら、便の臭いが部屋中にこもってて、彰はノートに顔を伏せて眠ってました。早うおしめを替えて…」

2011-02-17 01:19:31
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」32・「…やろうと思うて、抱き起こそうとしたら……、冷とうなってました」「……」「かあちゃん、と書いてありました。痴呆になってから、はじめて読める字で書いてありました」「……」「よかった」「?……」「よかった、といまは思うてます」「……」「順当にいけば……」

2011-02-17 01:22:09
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」33・「…わたしから逝くのが普通ですが、どうもうちは逆さまになっしもうてハハハ……。しかし、考えようによっては、女房、子供に想いを残さんと逝けるということは、正直、ホッとしています」柔和なおじさんの顔には一家の長としての責任を全うした満足感が漂っていた。

2011-02-17 01:24:13
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」34・「幸せな男やと思うてます、わたしは」。

2011-02-17 01:24:51
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」35・「よかった」の一言が、「大野さん」の「一度だけの使用にたえることば」だったとぼくは思う。そのことばを理解できる高森さんの前で、死に近いベッドの中から、それを言うために、「大野さん」は待っていたのである。

2011-02-17 01:26:49
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」36。どの瞬間、どんな相手に、どんなことばを向ければいいのか、誰にもわからない。わかっているのは、そんな瞬間が必ずあることだ。あるいは、ほんとうは、すべての瞬間、ぼくたちはそんな風にことばを使わなければならないのかもしれないけれど。今晩はここまでです。ご静聴ありがとう。

2011-02-17 01:29:21
高橋源一郎 @takagengen

おはようございます。昨晩で、「小説ラジオ」三晩目に入りました。少し体も慣れてきたみたいです。「さよなら、ニッポン ニッポンの小説2」、都内の書店では、今日から売り出されると思います。アマゾンの予約も始まりました。やっと、みなさんに読んでいただけると思うと、嬉しいです。ではでは。

2011-02-17 07:15:20