バイオテック・イズ・チュパカブラ #5
インガオホー! 組み伏せられた不利な態勢から、ニンジャスレイヤーは右のパンチを敵の顔面に向けて放つ! チュパカブラは悠々と反応し、命中の直前でその手首を掴み上げる! だがニンジャスレイヤーは流れるような動きで、親指のバネの力を使い、中指の先端を敵の顔面に叩き込んだ!「イヤーッ!」
2011-04-24 23:19:54「CHU!!」チュパカブラの左眼球がトーフのように破壊され飛び散る。体が仰け反り、ニンジャスレイヤーの肩口から嘴が抜かれた! 怪物はそのまま前方に大きくジャンプして、課長室の戸口へと逃げ去ってゆく。ニンジャスレイヤーはブレイクダンスじみた動きから、ネックスプリングで立ち上がった。
2011-04-24 23:28:42「ナンシー=サン、廊下にいる研究員と脱出してくれ。私はチュパカブラを追う!」バク転から勢いを付けて転前方宙返りをして課長机の上に乗ったニンジャスレイヤーは、ナンシーが気丈な顔でうなずくのを確認すると、そのまま大車輪のような三連続側転で課長室を出て、逃げたチュパカブラを追った!
2011-04-24 23:37:11ニンジャスレイヤーは非常ボンボリに照らされた廊下を駆けながら、スリケンを投擲する。だが敵はスーパーボールのように上下左右を飛び跳ねるため、移動ルートを予測できない。流れ弾は、工場のかつての賑わいを偲ばせるショドーや集合写真、色褪せたバリキボーイの等身大ポップなどを破壊するのみ。
2011-04-24 23:54:49「CHULHULHU!!」チュパカブラはショウジ戸を何枚も破壊しながら逃げ回り、ガラスを突き破って工場外へと飛び出した。すでに陽は暮れ、サイレン塔からは錆び付いた定時放送が流れている。ニンジャスレイヤーもそれを追い、重金属酸性雨が降りしきるタマチャン・ジャングルへと消えた……。
2011-04-25 00:09:19一方その頃。廃工場から南に数十キロ離れた温泉旅館ニルヴァーナでは、食事を終えたムギコがミニバイオ水牛のモウタロウとフートンに入っていた。『品質』と大きくショドーされた、高級羽毛フートンだ。「随分早いのね」と戸口の母親。「疲れちゃったの」とムギコはあくびを返す「ね、モウタロウ!」。
2011-04-25 00:15:37「車の移動が長かったからね」戸口に立つ父親は、廊下に置かれた屋外有毒ガスモニターの数値が安全域にあるのを確認しながら言った。「じゃあムギコ、先に寝ていなさい。お父さんとお母さんは、温泉に入ってくるから」。2人は部屋の電気を落とすと、桶と簡易ガスマスクを持って露天風呂に向かった。
2011-04-25 00:19:38「モウン」。モウタロウは嬉しそうに鳴きながら、隣にいるムギコの頬をべろべろ舐めた。いつも部屋の隅に置かれたミニ牛小屋で寝ている彼は、久々のスキンシップが嬉しいのだろう。だが、ムギコの様子がどこかおかしい。彼女はぱちりと目を開け、四つん這いで静かにフスマに向かった。
2011-04-25 00:28:49「よし、いない」ムギコはフスマをそっと締め、四つん這いのままテレビの前に向かった。ポケットから100円玉を何枚か取り出し、スリットに入れる。キャバァーン!キャバァーン!クレジット投入音が鳴り、暗い和室をテレビの蒼ざめた光が照らした。モウタロウが不思議がって彼女の後ろに近づく。
2011-04-25 00:33:18ムギコはTV本体に備わったボール状装置を回し、チャンネルを変える。チャンネルが多すぎ、ボール状でなければ全番組をカバーできないのだ。オイラン天気予報、サムライ探偵サイゴ、バイオ生物根絶を訴える過激派団体の電波ハッキング放送……違う、違う、急げ、急げ。ムギコの掌に冷汗がにじむ。
2011-04-25 00:39:49育ちの良いムギコは、家でのTV視聴を厳しく制限されてきた。実際、暗黒メガコーポの過剰消費プロパガンダに汚染されたネオサイタマのTVプログラムは、どれも酷いものだ。だからといって禁止されると、学校で話題が合わず、ムラハチの危険性が高まる。ムギコはそうした恐怖に怯えていたのだ。
2011-04-25 00:51:44先週も危うくボロをだすところだった。ムギコは思い出して身震いする。オイランドロイド・アイドルデュオ『ネコネコカワイイ』の最新プロモビデオについて級友たちが語っている輪に入ったはいいが、その映像をまだ観た事がなかったのだ。
2011-04-25 00:56:51ムギコは確かにネコネコカワイイの大ファンだったが、ムラハチを恐れてもいた。ムラハチとは陰湿な社会的リンチである。学校でムラハチにされたら、それが死ぬまでずっと続くのではないか……ムギコもまた、そういったありふれた恐怖に怯えていたのだ。
2011-04-25 01:05:09ついに目的のチャンネルを発見する。だが画面には、有料コンテンツを知らせる文字が。キャバァーン!キャバァーン!ムギコは惜しみなく100円玉をスリットに投入した。ノイズが晴れネオサイタマ・ヒットチャート番組が映し出される。「今日のゲストはネコネコカワイイです!!」「ワー!スゴーイ!」
2011-04-25 01:07:59ズンズンズンズズポポポポーウズンズンズンズズポポポポーウ電子的なサンプリング音声のイントロが鳴り、いよいよ新曲『ほとんど違法行為』がスタートする。ヘキサゴン型の浮遊ステージに乗ったオイランドロイド2人のシルエットが映る。「ワー!スゴーイ!」観客はすでに熱狂の渦だ。
2011-04-25 01:10:56タコ型巨大マシーンがスモークを吐き出し、ついにショウジドが開け放たれる! キーボードとサンプラーの前に立つ2人の姿が見えると思った瞬間……ここで異常が起こった! ムギコのTV画面にダルママークが出現し、ネコネコカワイイの姿を覆い隠したのだ。ナムアミダブツ! 性的コンテンツ保護だ!
2011-04-25 01:13:31キャバァーン!キャバァーン!ムギコは必死に100円玉をスリットに流し込み、性的コンテンツ解除ボタンを叩く。するとダルママークが消滅し、サイバーサングラスをかけたネコネコカワイイ2人の顔のアップ画像がついに映った! 「カワイイヤッター!!」ムギコは興奮し、狂ったようにジャンプする!
2011-04-25 01:16:05「モウタロウ、ごめんね! 今忙しいから寝ておいて!」ネコネコカワイイの性的なオイラン衣装を見て頬を紅潮させたムギコは、息を荒くしながらがら立ち上がり、新曲のダンスの練習を始めた。急がなくては。タイムリミットは両親が帰ってくるまでだ。「5万円ー」ついに歌唱パートが始まった!
2011-04-25 01:19:36「モウン、モウン」何度鳴いても振り返ってくれない。彼女は一心不乱にオジギやステップやネコネコカワイイジャンプを繰り返すのみ。モウタロウは落胆した様子でフートンに戻る。すると、微かに隙間の空いたフスマが目に入った。興味を抱いたのか、彼はそれを押し開け、トコトコと廊下に出るのだった…
2011-04-25 01:28:06第1巻「ネオサイタマ炎上」より 「バイオテック・イズ・チュパカブラ」#5終わり #6へ続く #NJSLYR
2011-04-25 01:29:13