#twnovel しばらく外の空気を吸った後、私は車椅子の車輪を自分の手で回し、進んだ。屋上の縁、手摺りの方へと。彼は疑っていなかった。たまにそうして階下を見下ろすのが私の習慣だったから。
2009-12-01 22:31:58#twnovel もちろん彼は、私がいつもそうしていたことの真意を知らない。私は想像していたのだ。地面と屋上との距離を。それは、だいたい同じに見えた。……私がかつて落下し、下半身を麻痺させた、アパートのベランダと。
2009-12-01 22:33:01#twnovel 私は地面を指さし、言った。「りょうくん、あれなに?」彼はこっちへ来て手摺りから身を乗り出す。「ん、どれ?」「あれだよ。そこの……」「どれかな」彼は私の曖昧な指示に首を傾げながらどんどん身を乗り出していった。足を屋上の床から離す。
2009-12-01 22:36:01#twnovel 子供の頃の公園を思い出した。鉄棒。彼の前転を私が手伝う。足を持ち上げて勢いをつける。彼はぐるんと開店する。私は懐かしさとともに、
2009-12-01 22:37:54#twnovel 彼は、回らなかった。だってここは屋上で、手摺りは鉄棒なんかではなかったのだから。彼は悲鳴をあげる。車椅子から身を乗り出した私の視界から、消えた。
2009-12-01 22:39:24#twnovel 階下の地面から、どさり、と音がした。私は初冬の冷たい息を吸った。シーツの向こう、階段へと叫んだ。「いやあ、誰か来てええええ!」
2009-12-01 22:40:45#twnovel 落下する彼に合わせて窓の外を見ていた入院客がいた。悲鳴を聞きつけた看護婦さんが屋上へ駆け上がってきた。私は狼狽えながら説明する。ーー「りょうくんが手摺りで遊んでいて手を滑らせた」というようなことを、しどろもどろに。
2009-12-01 22:43:46#twnovel 病院は大騒ぎになった。彼の両親が呼ばれた。手術室のランプが点いた。私は大泣きした。彼の両親の前でごめんなさい、ごめんなさい、と。おじさんとおばさんは私を抱きしめた。リコちゃんのせいじゃないのよ、と。でも、本当は私のせいだった。
2009-12-01 22:44:51#twnovel ただし、嘘泣きではない。私は本当に怖かったのだ。もし彼が死んでしまったらどうしよう。そうならないことを祈った。大丈夫、私の計算ではそうならないはずだ。病院の高さは私がかつて落下したアパートのベランダと同じくらいだ。だったら、彼も。
2009-12-01 22:47:37#twnovel 彼も私と、同じになるはずだ。両足を麻痺させて、歩けなくなるはずだ。車椅子になって、入院して、私とおんなじになるはずだ。彼はお見舞いから帰らなくなる。私は寂しくない。引け目も感じない。彼だって私に苛立たずに済むようになるーーそれが、私の目的だった。
2009-12-01 22:51:17読んでくださってる方、どうもありがとうございます。あとなんか始めてからいきなりフォロー増えて、嬉しくはあるのですが、Twitter小説やるのたぶんこれが最初で最後なのでその辺すみません。
2009-12-01 23:01:22#twnovel いつしか私は泣き疲れて、祈り疲れて、寝てしまう。そして起きた時にはもう、彼の手術は終わっていた。目を覚まし、上半身をがばりと起こす。横に看護婦さんがいた。「リコちゃん……」私は尋く。なによりも早く。「りょうくんは?」
2009-12-01 23:07:20#twnovel 「あの、リコちゃん……」「りょうくんは!?」私に気圧されたように看護婦さんはたじろぐ。そしてゆっくりと、慎重に、話し始めた。
2009-12-01 23:08:54#twnovel 「落ち着いて聞いてね、リコちゃん。りょうくん、助かったよ。ううん……手術はね、しなかったの。必要なかったの」「それって……」「外傷はかすり傷だったし、内臓にも異常はなかったから」「……え」「……でもね」
2009-12-01 23:12:23#twnovel その続きを聞き終わると、私は車椅子に乗った。押してくれようとする看護婦さんを睨み付けて制止し、病室がどこかを問いただし、もどかしくドアを開けて部屋を出て行く。五つ隣。二〇六号室。看護婦さんは追ってこなかった。私の頭に、さっきの彼女の言葉が反響していた。
2009-12-01 23:15:23#twnovel あのね、でもね、リコちゃん。りょうくん、脊髄に大きな損傷を負ったの。手術室に入って、でも、ちょっと手術じゃどうにもならないことがわかって……。ごめんね、リコちゃん。リコちゃんの時とおんなじ、だったんだ。
2009-12-01 23:18:48#twnovel リコちゃんの時とおんなじ。リコちゃんの時とおんなじーーだったら。私は歓喜していた。「だったら……」私は、成功したんだ!
2009-12-01 23:21:37#twnovel 私は歓喜して、二〇六号室のドアを開けた。それでも喜びを隠しながら、叫んだ。「りょうくん!」彼の両親がこっちを向いた。それを無視して、ベッドに寝ている彼に注視する。彼は目を覚ましていた。頭はこっちを向いていた。そして、彼は言った。
2009-12-01 23:24:26#twnovel 彼の両親が言った。苦しげに、血を吐くように。「脊髄が……傷付いたんですって」「……半身不随だそうだ」「ごめんね、リコちゃん」そこで彼らは泣き出した。私は意味がわからない。半身不随? でも、だって。だったら……私と同じになるはずなのに。違う。違う?
2009-12-01 23:28:50