「Live With You」

Twitter小説
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藤原祐@FANBOX始めました @fujiwarayu
#twnovel 屋上の青空は澄み渡っていた。背もたれに首を預けながら、私はそれを見上げる。吸い込む空気は冷たく、冬の訪れを否応なしに感じさせた。「気分はどう?」私の後ろに立った彼が、視界の上から顔を覗かせた。だから私は応える。「うん、消毒液のにおいが身体から抜けていくみたい」
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#twnovel 「一日中病室にいたんじゃ、気が滅入るよね」彼の言葉は優しい。でも、私はそれに素直に頷けるほど素直ではない。「気が滅入るとかはないよ。だって私はずっとここに住んでいるみたいなものだもん」彼は、ごめん、と謝った。胸が痛んだ。どうして私はこうなのだろう。
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#twnovel 私の憎まれ口に彼は困った顔をした。だから私は耐えきれなくなって、わざと震えた。「寒くなったわ」「そっか。じゃあ、戻ろうか」彼は優しく笑む。私の腰掛けた車椅子の取っ手を掴み、押し始める。そして病院の屋上、そのドアを開け、病室へと私を連れて戻った。
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#twnovel ーー階段を一段ずつ、慎重に、私が車椅子から、転げ落ちないように。
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#twnovel 私が「空が見たい」と我が儘を言う度に、彼は車椅子を押して階段を上り、帰りは車椅子を支えて階段を下りる。それはもう、何度も繰り返された行為だった。私がここに入院した五年前から。私の足が動かなくなった、五年前から。
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#twnovel あの時小学生だった彼も、もう中学生になった。最初は一時間近くかかっていた階段の上り下りも、今では十五分とかからない。鍛えている、と彼は言ったことがある。リコちゃんを屋上に連れて行くために鍛えてるんだよ、と。
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#twnovel けれど私は、それが、その時間の縮まりが、たまらない。ーーかつて一緒に走り回り、遊んでいた私を置き去りに、彼はどんどん成長していく。手慣れてきた? 筋肉がついた? 違うよ、りょうくん。それだけじゃない。私は……歩けず、やせ細っていくばかりの私が、軽くなってるんだ。
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#twnovel そして十分後、私たちは病室へ着く。彼は私を抱えてベッドに座らせ、窓のカーテンを開ける。椅子に腰掛けて他愛ない話をして、見回りにきた看護婦さんの「こんにちは」という挨拶ににこやかに笑う。午後五時、日が暮れかけた頃に彼は帰った。いつもの時間。私はひとりになる。
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#twnovel 違う。ひとりになる、ではない。改めてひとりだということを実感した、だ。だって、彼はーー彼には彼の生活があって、私への週三回のお見舞いはその一環でしかなくて、でも私にとっては、そうではないのだから。彼と一緒にいる時間が、私の生活のすべてなのだから。
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#twnovel 最初はよかった。来てくれるだけで嬉しかった。顔を見ると安心した。話を聞くのが楽しかった。学校のこと、勉強のこと。一緒にゲームをしたり、リンゴを剥いてくれたり、そのすべてで私の入院生活は華やかなものに感じられた。
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#twnovel いつからだろう? 私がりょうくんの来訪を、心から喜べなくなったのは。いつからだろう? 彼が帰った後は、彼が来ない日よりもずっとずっと気分が沈むことに気付いたのは。いつからだろう? ーー歩けない自分に、引け目を感じ始めたのは。
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#twnovel 彼が駆け込んで来る月曜日の夕方。彼が来ない火曜日。彼が来ない水曜日。彼がお菓子や果物を持ってくる木曜日の日暮れ。彼が来ない金曜日。彼が一日中いてくれる土曜日。彼が来ない日曜日。その繰り返し。ずっと。今までも。これからも、だろうか。
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#twnovel わかっている。私はたぶん日を追うごとに痩せていき、彼は日を追うごとに逞しくなっていく。私は日を追うごとに彼の来訪を疎ましく感じ、彼は日を追うごとに機嫌の悪くなる私に手を焼き始める。日を追うごとに、私たちは、駄目になっていくんだ。
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#twnovel なんとかしなきゃ。ずっと思っていた。解決策はわかっていた。一年くらい前からずっと考えていた。なかなか勇気が出なかったけれど、いつかはやらなくちゃいけない。私がこれ以上やせ細ってしまわない内に。彼がこれ以上、私に愛想を尽かさない内に。
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#twnovel その日、私は決心した。期日は今から二週間後。彼が屋上に連れて行ってくれる、土曜日。晴れたら、やろう。
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#twnovel 彼がお見舞いに来た。私はいつものように「外の空気が吸いたい」と言った。彼もいつものように頷き、私の車椅子を押し、車輪を階段に一段ずつ乗せ、屋上へと連れて行ってくれた。
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#twnovel 幸運なことに、空は晴れていた。幸運なことに、初冬の刺すような空気と暖かい太陽の光、干されたシーツがそこにあった。幸運なことに、看護婦さんはいなかった。すべてが私を祝福してくれているようだった。
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#twnovel しばらく外の空気を吸った後、私は車椅子の車輪を自分の手で回し、進んだ。屋上の縁、手摺りの方へと。彼は疑っていなかった。たまにそうして階下を見下ろすのが私の習慣だったから。
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#twnovel もちろん彼は、私がいつもそうしていたことの真意を知らない。私は想像していたのだ。地面と屋上との距離を。それは、だいたい同じに見えた。……私がかつて落下し、下半身を麻痺させた、アパートのベランダと。
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#twnovel 私は地面を指さし、言った。「りょうくん、あれなに?」彼はこっちへ来て手摺りから身を乗り出す。「ん、どれ?」「あれだよ。そこの……」「どれかな」彼は私の曖昧な指示に首を傾げながらどんどん身を乗り出していった。足を屋上の床から離す。
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#twnovel 子供の頃の公園を思い出した。鉄棒。彼の前転を私が手伝う。足を持ち上げて勢いをつける。彼はぐるんと開店する。私は懐かしさとともに、
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#twnovel 彼は、回らなかった。だってここは屋上で、手摺りは鉄棒なんかではなかったのだから。彼は悲鳴をあげる。車椅子から身を乗り出した私の視界から、消えた。
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#twnovel 階下の地面から、どさり、と音がした。私は初冬の冷たい息を吸った。シーツの向こう、階段へと叫んだ。「いやあ、誰か来てええええ!」
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