「Live With You」

藤原祐@カクヨムで連載中です @fujiwarayu

#twnovel 落下する彼に合わせて窓の外を見ていた入院客がいた。悲鳴を聞きつけた看護婦さんが屋上へ駆け上がってきた。私は狼狽えながら説明する。ーー「りょうくんが手摺りで遊んでいて手を滑らせた」というようなことを、しどろもどろに。

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#twnovel 病院は大騒ぎになった。彼の両親が呼ばれた。手術室のランプが点いた。私は大泣きした。彼の両親の前でごめんなさい、ごめんなさい、と。おじさんとおばさんは私を抱きしめた。リコちゃんのせいじゃないのよ、と。でも、本当は私のせいだった。

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#twnovel ただし、嘘泣きではない。私は本当に怖かったのだ。もし彼が死んでしまったらどうしよう。そうならないことを祈った。大丈夫、私の計算ではそうならないはずだ。病院の高さは私がかつて落下したアパートのベランダと同じくらいだ。だったら、彼も。

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#twnovel 彼も私と、同じになるはずだ。両足を麻痺させて、歩けなくなるはずだ。車椅子になって、入院して、私とおんなじになるはずだ。彼はお見舞いから帰らなくなる。私は寂しくない。引け目も感じない。彼だって私に苛立たずに済むようになるーーそれが、私の目的だった。

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#twnovel いつしか私は泣き疲れて、祈り疲れて、寝てしまう。そして起きた時にはもう、彼の手術は終わっていた。目を覚まし、上半身をがばりと起こす。横に看護婦さんがいた。「リコちゃん……」私は尋く。なによりも早く。「りょうくんは？」

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#twnovel 「あの、リコちゃん……」「りょうくんは！？」私に気圧されたように看護婦さんはたじろぐ。そしてゆっくりと、慎重に、話し始めた。

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#twnovel 「落ち着いて聞いてね、リコちゃん。りょうくん、助かったよ。ううん……手術はね、しなかったの。必要なかったの」「それって……」「外傷はかすり傷だったし、内臓にも異常はなかったから」「……え」「……でもね」

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#twnovel その続きを聞き終わると、私は車椅子に乗った。押してくれようとする看護婦さんを睨み付けて制止し、病室がどこかを問いただし、もどかしくドアを開けて部屋を出て行く。五つ隣。二〇六号室。看護婦さんは追ってこなかった。私の頭に、さっきの彼女の言葉が反響していた。

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#twnovel あのね、でもね、リコちゃん。りょうくん、脊髄に大きな損傷を負ったの。手術室に入って、でも、ちょっと手術じゃどうにもならないことがわかって……。ごめんね、リコちゃん。リコちゃんの時とおんなじ、だったんだ。

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#twnovel リコちゃんの時とおんなじ。リコちゃんの時とおんなじーーだったら。私は歓喜していた。「だったら……」私は、成功したんだ！

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#twnovel 私は歓喜して、二〇六号室のドアを開けた。それでも喜びを隠しながら、叫んだ。「りょうくん！」彼の両親がこっちを向いた。それを無視して、ベッドに寝ている彼に注視する。彼は目を覚ましていた。頭はこっちを向いていた。そして、彼は言った。

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#twnovel 「いお、あん」呂律の回らない、左半分が奇妙に歪んだ顔で。たぶん、私の名を、呼んだ。

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#twnovel 私の思考が、止まった。

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#twnovel 彼の両親が言った。苦しげに、血を吐くように。「脊髄が……傷付いたんですって」「……半身不随だそうだ」「ごめんね、リコちゃん」そこで彼らは泣き出した。私は意味がわからない。半身不随？　でも、だって。だったら……私と同じになるはずなのに。違う。違う？

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#twnovel 違う。違った。下半身じゃなくて、左半身。彼の顔は歪んでいる。悲しそうな右目と、焦点も定まらなければ感情も読み取れない左目が、私を見ていた。

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#twnovel 私は急に怖くなった。醜くなり果てた彼の顔を反射的に気持ち悪いと思い、そんな嫌悪感を覚えてしまった自分がたまらなく汚らしいものに感じた。自分のしたことがどういうことなのかを一瞬で理解した。熱が冷めるようだった。全身が震えていた。ーー麻痺して動かない足を、除いて。

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#twnovel 「　　」彼の父親がなにかを言っている。「　　、　　」彼の母親が泣きながらこっちに歩んできた。私を責めるような顔ではなかったように思う。私は呆然としたまま、唇をわななかせ、ゆっくりと首を振り、呟く。「……厭」

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#twnovel 車椅子を反転させる。背中にりょうくんの視線。耐えられなかった。自分でも気付かない内に泣きじゃくっていた。それでも必死で車椅子の車輪を回す。後悔だか罪悪感だかよくわからないものが、両手を動かしていた。たまらなかった。私は、病室を出た。……死のう、と、思った。

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#novel 死のう。死んだ方がいい。りょうくんが私と同じになればいいのにと、そんな考えを持ってしまった私なんかもう厭だ。思い通りにならなかった現実なんてもう厭だ。耐えられない。耐えたくない。だから死のう。死んで、罪を償おう。死のうーー。

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#novel 外はもう夜になっていた。病院の蛍光灯だけが私を照らしていた。私はりょうくんと同じ目に合おうと思った。屋上から飛び降りて、死んでしまおうとした。廊下を進み、そして階段へと辿り着く。

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#novel 屋上へ行こうと、車椅子を押す。がたり。車輪が階段にぶつかった。あれ、おかしいな？　もう一度。がたり。おかしい。どうしてだろう。どうして上れないんだろう。いつもは上れるのに。今日はまだ土曜日、いつも屋上へ行っている日なのに。

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#twnovel がたり。がたり。がたり。がたり。がたり。がたり。何度も何度も試して、ようやく気付く。「あ、そっか」

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#twnovel 「りょうくんがいないから、のぼれないんだ」

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#twnovel ひとりじゃ、階段は上れない。りょうくんに押してもらえないと、上れない。でも、りょうくんはもう、車椅子を押せない。二度と、押せない。がたり。がたり。がたり。何度やってもやっぱり駄目。駄目。死ねない。空は遠い。

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#twnovel そろそろ零時、日曜日。もう次の月曜日は来ないのに、放課後の彼は病室に駆け込んできてくれないのに。それを確かめるように、私は階段へと車輪をぶつけ続けた。先に進めない私。最初から先に進めなかった私。後戻りはもう、許されない私。